二十四、大焦熱地獄

 第七の地獄、大焦熱地獄の上空を飛行中に、

 プルートーは首をかしげた。


「おかしい。あそこだけ

 火が消えて、地面が露出している」


 プルートーは火が消えている場所に

 雲を近づけさせた。


 そこには、無数の罪人が集まってきていた。


 先頭には、僧の格好をした者がいて、

 地獄の鬼と激しく格闘していた。


「なかなかやるな」


 マタヨシが感心して言うと、プルートーも、


「そのようです。

 その辺の鬼じゃあ太刀打ちできませんね。

 あれは人ではないな。

 神か――。あるいは

 悪い神に憑かれた人間か。

 いずれにせよ、捨て置けぬな」


 そのとき、地獄を覆っていた雲が切れて、

 明々と日が差し込んできた。


「やや。なんだ、あれは」


 プルートーは天を指さして言った。


「あそこをごらんなさい。

 地獄の天井が開いて、何かが降りてくる」


 マタヨシは驚いて言った。


「まさか、天は、

 あんな悪党に慈悲をかけるのか!?」


「いや、そうではないようです。

 こいつはたまげた!」


「なんだ?」


「不動明王のお出ましです」


 天から雲に乗って降りてきたのは、

 人間の僧に化体けたいした不動明王であった。


 マタヨシは拍子抜けして言った。


「なんだ。よぼよぼの爺さんではないか。

 あれが不動明王か?」


「見ると聞くとじゃ大違いってやつですか? 

 みてくれで判断してはだめですよ。

 あれは有名な憤怒の相じゃない。

 あの程度の相手なら、

 あれで十分だと判断したのでしょう」


 不動明王は言った。


「これ、そこの坊主。

 これこれ、そこいらの、

 生臭坊主ども。

 仏道をさかしまにする異端者ども。

 汝らは最も罪深きもの。

 おまえのことじゃ。

 仏の名をかたる悪党どもめが。

 謗法ひょうぼうの罪だけでも死に値するというのに、

 死してなお生きながらえようとは、

 おこがましいにも程があるぞ。

 明王の炎に焼かれて、

 のた打ち回って、

 灰も残さず死ぬがよい」


 プルートーは慌てて言った。


「いかん、離れるぞ! 

 さあ早く――。

 牛頭よ、目一杯飛ばせ! 

 逃げ遅れれば、貴様とて

 命は無いものと知れ」


 彼らが急いでその場を離れると、

 背後で、大地を覆い尽くす

 巨大な火柱が上がった!


 マタヨシは「どうなったのか」と聞いた。


 プルートーは言った。


「芋虫みたいに丸まって、

 燃えながら地面をうごめいている。

 なんと醜く、憐れな姿だろう。

 しかし、あの調子じゃ、

 生きたまま千年は燃え続けるな?

 明王の火でもってしても、

 煩悩は焼き尽くせぬというのか」

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