二十二、衆合地獄

 マタヨシは、第三の地獄、衆合しゅごう地獄で、

 凄まじい地獄の責苦を見た。


 鉄の象によってぐしゃぐしゃに踏みつぶされ、

 苦しみ悶えて死ぬ人間たちの姿があった。


 鉄の岩山のあいだに挟まれ、徐々に押しつぶされ、

 血を流して死ぬ人間たちの姿があった。


 彼らが流した血は、集まって河となり、

 血の池に流れ込んでいった。


   *


 マタヨシたちは、岩山から離れたところにある

 青い林の方に向かった。


 木の上に、静かにたたずむ女の姿がある。

 その女を見て、マタヨシは目を見張った。


「どうしました? 

 知り合いでも見つけましたか?」


「あれは、まさか――」


「牛頭よ、雲を地面につけろ」


 マタヨシは雲から地面に降りて、

 女がいる木のほうに向かった。


 彼は、木の上に立つ女に向かって言った。


「あなたはなぜここにいるのか? 

 あなたはなぜいつもおれの夢に出てきて、

 おれを苦しめるのか?」


 マタヨシの目には、その女が

 昔の知り合いに見えているのである。


 女は言った。


「これは夢ではありません。

 さあ、早くわたしのもとにいらして。

 早くわたしを自由にしてください」


 マタヨシは一瞬、すべてのことを忘れかけた。

 過去の苦しい思い出も、楽しい思い出も、

 悲しい出来事も忘れて、

 彼は、枝に手をかけ、木に登り、

 女のところに行こうとした。


 そのとき、ホトケがマタヨシをはねのけて、

 木の幹にしがみついた!


 ホトケもまた、木の上の美女を

 捕えようとしたのである。

 

 マタヨシは正気に戻って叫んだ。


「やめろ! その女に手を出してはだめだ」


 木の葉は鋭い剣となり、来る者に襲いかかった。


「羅刹女の誘惑に乗るな! 

 命がいくつあっても足らんぞ!」

 

 ホトケは忠告を無視して、

 木に登ろうとしたので、

 彼の身体には無数の剣が突き刺さった。


 さすがのホトケも、このときばかりは、

 苦痛に顔を歪めて悶絶した。


「むぐぐ、こいつはたまらん!」


 マタヨシは力ずくで

 ホトケを木の幹から引きはがした。


「おい、大丈夫か!」


 ホトケはうろたえた表情で言った。


「面目ねえ」


「くそっ、まんまとしてやられたか。

 やつはどこだ?」


 そのとき、樹上から女の悲鳴が聞こえた。


 見ると、プルートーが、

 木の上を縦横無尽に飛んで、

 美女を追いかけ回していた。


「おい、なにをやっているんだ!」


「なにって、見てわかりませんか? 

 追いかけっこですよ」


「追いかけっこだと?」


「わたしもたまにはこうやって、

 息抜きしないとねえ」


「あんたはおれたちの

 身の安全を保障すると言った。

 神ともあろう者が、

 自分で決めた約束を果たさないのか?」


「ちっ、冗談の通じんやつだ」


 プルートーは空から降りてくると、

 木の上の羅刹女に向かって言った。


「すまないが、こいつの

 手当てをしてやってくれ」


 女が傷に手をかざすと、

 傷はたちどころに癒えた。


 女は、木の上にひっかかっている

 見知らぬ男を指して、


「この男はどうするか」と聞いた。


 プルートーは答えて言った。


「そいつはおまえの好きにしていいよ? 

 もともとここの罪人だ。

 待てよ? なぜそんな

 わかりきったことを聞く」


 羅刹女は男の腕のあたりを無言で指した。 


「こいつの腕の入れ墨は、

 焦熱地獄の罪人のものではないか。

 なぜこんなところにいる?」


 羅刹女は「さあ」と首をかしげて、


「わたくしに聞かれましても。

 大方、暇をいただいて

 いらしたんじゃないでしょうか」


「ふむ――。こういう輩は、

 ここによく来るのか?」


「いいえ。でも、ごく稀に。

 最近も、何人かいらっしゃいましたかしら」


 プルートーは言った。


「なるほど、詰めが甘いな。

 おのれの心に隙があるから、

 罪人なんぞに付け込まれるのだ」


「どういうことだ?」とマタヨシが聞くと、


「いえね、わたしの古い友人が、

 下で馬鹿やってるみたいなんで。

 ちょっと挨拶しに行こうかと思いまして」


 プルートーは雲に戻ると、


「牛頭よ、焦熱地獄に向かうぞ。

 わたしも力を貸す。

 超特急で行くから、

 あなたたちは振り落とされないように、

 しばらく雲に伏せていなさい」

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