十二、柱 廊

 町の北にある柱廊では、

 暇な人たちが『道徳』という題目で

 退屈な即興劇を演じていた。


憲法学者 世間にあるほとんどの事柄が

 科学によって基礎づけられる時代なのに、

 人間の法と道徳だけは、いまだに根無し草だ。

 誰かがなんとかせねば。


神学者 信仰を離れては、道徳は考えられません。

 善なる神を信じ、神の御意志に従う人間だけが、

 正しき人間であり、そして正しき人間のみが、

 正しき道を歩めるのです。(合掌)


進化論者 人間は生まれながらに利己的だ。

 それは進化の過程で人間に備わったもので、

 変えようとして変えられるもんじゃない。

 だからこそわたしは教育の重要性を説く!


犬のような人 おれは人間を探してるんだ。

 もっとましなやつはいないのか?

 情けない世の中になったものだな。

 退屈すぎて、眠くなってきちまった。


ストア主義者 情けは人のためならずというが、

 他人のためでなく、自分のためにしたことなら、

 それは本当の情け、純粋な利他行ではあるまい。

 自分のためにならないと知れば、

 他人を裏切り、他人に情けをかけず、

 他人のために積極的に何かしないような人は、

 不純な動機によって動く人だ。


 自分が助かりたいからこそ、他人を助け、

 そうして、助け、助けられる世の中を、

 理論的に説いたものが、功利主義である。

 そのベースにあるのは、自分を利するという、

 陰謀めいた利己主義であり、

 混じりけのない利他性というものは、

 そもそも考えられていない。


 だから、彼らの道徳の中心となるのは、

 裏切りや、抜け駆けをした人を、

 徹底的に処罰することであり、

 抜け駆けしようとする人はないか、

 お互いに監視の目を光らせ、

 自分に親切にしてくれる人だけを、

 彼らは立派な人と呼ぶ。


 これもまたひとつの世界であり、

 現世で通用している唯一の法ではあるが、

 結局のところ、この法は、

 変装した縁故主義に他ならない。

 親と子、兄弟・姉妹を基礎として、

 人類みな兄弟のような口ぶりだが、

 本当のところは、犯罪集団が、

 彼らの属するところの集団を、

 彼らの『家族』と呼ぶように、

 彼らの親しい者だけが、

 彼らの『身内』なのである。


 赤の他人のことなどは、

 彼らの知ったことではない。

 悪人だって身内じゃ助け合うんだから、

 自分の身内に親切にしても、

 善人と呼ぶには値しない。

 それは言葉の混乱を招くだけでなく、

 道徳の退廃・崩壊を帰結する。


多数派の意見 きみは非常に厳格な、

 利他の教えを説いており、

 たぶんきみのような人間を指して、

 真の仏教徒と呼ぶべきなのだろう。


 だがしかし、きみの教えは、

 あまりに高遠・高尚すぎて、

 普通の人はついていけず、

 きみについていくのをあきらめ、

 きみと相対していると、

 自分が責められているような気がして、

 きみを遠ざけ、きみを煙たがり、

 きみとは口をきかないようになる。


 信者のいない教団なんて、

 からっぽの伽藍堂にすぎないよ?

 きみの教えは要求が高すぎるんだ。

 救いのハードルを上げ過ぎると、

 結局は誰も跳べなくなって、

 その下をくぐっていくしかない。

 それが地に足が付いたやり方で、

 世間で通用する唯一のやり方で、

 わたしどもが従うやり方である。


 きみは尊敬に値する男だが、

 ちょっと世間に疎いようだ。

 ありがとうという言葉だけでは、

 人は飯を食えぬし、他人も養えぬ。

 世間はそんなに甘くはないんだ。

 だからといって、世の中に絶望し、

 世間に背を向けているようでは、

 きみもまだまだ甘ちゃんだなと、

 後ろ指さされても仕様がない。


 いつまでも夢ばかり見てないで、

 きみは世の中に出ていくべきだ。

 世間の毒という毒を飲んで、

 それでもまだきみが、今まで通り、

 純粋なままでいられるとしたら、

 そのときは、わたしもきみのことを

 聖者と呼んで尊敬しよう。


 だが、わたしの知るかぎりでは、

 そういうためしはないんだよ。

 きみも世間の毒を飲んで、

 さっさと大人になりたまえ。(消える)

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