七、河 原

 そこは夕闇が立ち込める広い河原だった。

 死出の衣をまとう人々のあいだに、

 鬼たちが跋扈ばっこしている。


 河原へと続く、大地のそこら中に

 人間たちの姿がある。かれらは、

 ごつごつした岩を避け、しずしずと歩む。

 暗い森の方から、大地を横切って、

 賽の河原を目指して歩いてくる。


 かれらのほとんどは、目を閉じて歩いてくる。 

 かれらはまだ、夢を見ているのである。


 笑っている者もあるし、泣いている者もある。

 うつむき暗い顔をしている者もある。

 泣き叫んでいる者は、さながら、

 地獄の責苦を受けているかのようだ。

 そのわきを、鬼たちが堂々とかすめ過ぎる。


 マタヨシは、しばらくその場に立ち尽くして、

 恐るべき光景を、自分の眼で見ていた。


 (近くを通りかかった僧侶が歌った。)


  楽しき者は、幸いかな。

  悩める者は、罪の意識に怯え、

  支度のできておらん者は、

  驚き戸惑う。子供は、

  見えなくなった母親の姿を、

  不安げに探しておる。

  あわれ。罪なき者たちに、

  仏の加護がありますように。


 河の近くでは、鬼が人間の行く手を制していた。

 河に入ろうとする者を、容赦なく杖で突き、

 転んだ者は、子どものように泣いた。


 鬼の身の丈は、十尺。(約三メートル。)

 鋭い角と牙があり、筋は逞しく、

 肌の色は、夕闇で黒っぽく見える。

 

 鬼は、河原のあちこちにいて、

 手に鉄の杖をもち、慣れた手つきで、

 ときに乱暴に、人間を冥府に導く。


 かれらには、逆らわぬことだ――。


 マタヨシは、自分のほうに歩み寄ってきた

 一匹の鬼を見て、思わず後じさりした。


「なんという、恐ろしさか……」


 鬼は、鉄の棒を携えて、彼に迫ってきたが、

 害を加える意図は、ないらしかった。


「脇道に逸れぬよう、監視しているのか?」


 そのとき、河原の向こうのほうで、

 女性の絶叫が聞こえた。

 見ると、そこには他の鬼とは一風変わった、

 奇妙な鬼がいて、女性の着物をはぎ取っていた。


「いやああああああああ!!」


 女性の震える声が、紫苑の空気にこだました。

 その戦慄の悲鳴は、しばらくすると止み、

 辺りには、夕闇が立ち込めた。


 (僧侶はこのように歌った。)


  花は枯れ、実は朽ち果てて、

  虚像であったことが露わになる。

  女性や子供は、恐ろしさのあまり、

  絶叫し、泣いている。

  多くは白い衣を身に着けている。

  河原は、腰を落ち着けるには、

  あまりに荒涼としすぎていて、

  夕闇が垂れ込めたような空の色が、

  人々の不安を掻き立てる。

  

  誰もかれもが孤独であり、

  生前に孤独を知らなかった者は、

  気が急き、子供のように泣く。

  自ら立って行く者は、幸いかな。

  背後から、金棒を持った、

  恐ろしい鬼によって、急かされる。

  かれらは、後から来る者たちに、

  道を開けなければならない。


 マタヨシは、奇妙な鬼がいるほうに歩いていった。

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