第19話 浮気勇者に鉄槌を


 襖を開けていざボス戦だ。

 ここまで来たら乗り掛かった舟だし牢に捕らえられている奴らの為にも一肌脱ぎますかと思っていたら。懐かしい金の瞳と目が合った。

 『紺牢庵』の最上階で一番美人な緋色の着物の和服美女(狐)とお座敷遊びに興じていたのは、紺の浴衣に身を包んだ赤茶髪の若い男――


勇者ハル!?!?」


「と~らとら♪……あ、ジェラス?」


「とら♪じゃねぇだろ!マヤはどうした!?妻帯者が若い女とお座敷遊びなんてしてんじゃねぇ!この店、奥に寝所がある処なんだぞ!?わかってんのか!?」


「いや、これには深いわけが!」


「ふざけんな!俺がどんな想いでお前らの結婚式に駆けつけたと思ってんだ!!つか新婚だよなぁ!?どこまでもバカにしやがって!くそハーレム勇者ぁ!!」


「待てジェラス!誤解だ!俺は――」


 ――バキッ!


「はぁ……はぁ……」


 気づいたら、勇者を殴っていた。右手が真っ赤になる勢いで。

 躱すこともなくただ呆然と頬を抑える勇者のハル。かつてのパーティ仲間で誰もが憧れ魔王すら倒した奴が、信じられないように俺を見あげる。


「ジェラス……?お前、泣きそ――」


「うるせぇな!どうせ俺は女々しい魔術師だよ!カッコイイ勇者にはなれなかったさ!なりたくもなかったし!俺はただ、マヤが幸せになってくれればそれでいいって思ってたのに……!」


 俺は、予想外の展開に黙って様子を伺っていた女狐に視線を向ける。


「――勇者を喰いたいんだろう?手を貸すぜ?こんなしょうもないハーレム勇者、生かしておくわけにはいかない。マヤのためにも、頼むから……」


「待てジェラス!」


「――死んでくれ、ハル」


「――【【這い蠢く魔手マッドネス・チェイン】】」


 さっきまでぐるぐると渦巻いていた感情が、怒りが、憎しみが、悔しさが、悲しさが。俺の心を塗りつぶしていって術の精度をあげていく。

 俺の影から這い出した黒い蛇は、混乱する勇者を締め上げるとその首に牙を突き立てた。


「ぐっ……!」


「お前光属性だもんなぁ?闇魔法はキライだろ?」


「この威力……!また、腕をあげたな……」


「そんなことないさ。俺はただ、パーティを抜けてマッチング掲示板を漁ってただけだ。俺の心の隙間を埋めてくれる人間を、もう一度大切な人を見つけるために……」


「ジェラス……」


 この世界では、感情や想いの大きさに比例して術技は威力を増していく。たとえそれが、憎悪だとしても――


「特別な修行なんて何もしてない。俺が強いと感じるのなら、それは――」



 『……お前が弱くなっただけだよ?』



 マヤを、大切なものを見失うような真似しやがって……



「――【深淵よりいでし誘い手】……」


 俺は懐から短剣を取り出すと、自らの左腕を派手に切り裂いた。滴る血を浴びせながら、肩に乗ったメルティに呼びかける。


「真性を解放せよ!吸血姫――【永遠の若さを求めし魅惑の乙女クリムゾンエンパイア・メルティ】!!」


 部屋に満ちる血煙と魔力に反応し、少女の姿に戻るメルティ。


「マスター……いいの?」


 問いかける深紅の瞳に、俺は頷いた。


「今できるレベルでいい。メルティの負担にならない程度で。だが、今日は我慢しなくていい。俺の魔力、好きなだけ持っていけ。暴走してバケモノになったら俺が止める」


「安心して?暴走してもマスターだけは殺さないわ?ふふっ……!それじゃあ、いただきまぁ~す!!」


 口を大きく開けてかぷっ!と腕に噛みつくメルティ。その牙は柔く俺の腕を貫くことは無いが、裂いた傷口を舌で抉りながらごくごくと美味しそうに喉を鳴らす。

 その姿が十歳程度の幼女からみるみるうちに十七歳程度の美少女に変化していった。ロング丈のゴスロリ服がミニスカになるレベルに背が伸びる。成長と共に部屋に満ちる魔力が吸い尽くされるようにメルティに流れ込んでいき、徐々に力を吸収される勇者と巻き添えを喰らう妖狐。


「力を貸してくれ、メルティ。勇者を殺す力を……俺に」


「我らが契約者の願い、疾く叶えよう♪」


 メルティは俺の傷口から血を引き出して赤黒い槍を形成すると、拘束されたままのハルに狙いを定めた。きらりと光る深紅の瞳。


「乙女と契約者の仇敵に、誅罰をくだしてやるわ……!」


「――【血染めの禍ツ杭槍ブラッディ・ステイク】!!」


 俺も負けじと貧血でふらつく頭に鞭を打つ。女狐は共闘を理解したのか、屋敷の魔術弱化を解除したようだ。ほくそ笑みながら両手の中で狐火をこねくり回していた。俺も全霊で詠唱する。


「満たせ幻惑の霧――【逃れられない痛みの走馬灯リジェネレート・ペイン永久夢ナイトメア】!!」


「死に晒せ!ハル!!」


「ヤバイヤバイヤバイ!あれを喰らったらさすがの俺もヤバイ!身体が死ななくても心が死ぬ!!」


 慌てたように身じろぎしだしたハルは腰に刺さった刀をなんとか引き抜くと、拘束を切り払って距離を取った。


「逃げんな!」


「逃げるよ!殺す気か!」


「そのつもりだって……言ってんだろ!!」


「――【包み込む毒雲クラウディ・キャンディ】!」


 新たに召喚された雲は先程の霧を纏って勇者を包み込もうと魔の手を伸ばす。徐々に部屋を満たす毒雲はこちらにも漂ってくるが、術者である俺とメルティにはなんの支障もない。毒雲に身を潜ませながらメルティも槍を振りかぶった。


「逃げ場は無いぞ!やれ、メルティ!」


「絶対に――穿つ!いっけぇ!」


「――【旋風・乱れ椿】!」


 咄嗟に刀で風を巻き起こした勇者は毒雲と幻術を躱す。だが、メルティの槍まではいなせなかったようだ。利き手の肩に赤黒い槍が刺さって液状に戻る。そうして、勇者の血飛沫と俺の血液が混ざりながら溶け、身体に付着した。

 そうなってしまえばあとは簡単。メルティはいつでもあの血の気配を追って奴を狙うことができるのだ。必中でどんな攻撃も当てられる。アレはそういう槍だからな。

 だが、霧を躱されたことに俺は顔をしかめた。


「チッ、チートめ……!」


「はぁ、はぁ……ジェラス、本気なんだな。さっきから俺の苦手な闇魔法ばかり!」


「今更かよ?」


 勇者はようやく事態を理解したのか、キッ!と俺に向き直った。


「話を聞けよジェラス!俺はお前と戦いたくない!」


「お前がそうでも!俺はお前を許せない!浮気すんなくそ勇者!」


「浮気じゃないって!俺はただ――!」


 勇者の戯言を掻き消そうと、女狐が火を放つ。

 弁解の余地なく浴びせられる炎の雨。


「五月蠅いお口やねぇ?お黙りやす?」


 勇者はそれらを刀で斬り伏せて、なんとか体勢を立て直して声を張り上げた。


「俺は浮気してない!狐の城を調査しに来ただけだ!」


「ったく、と~らとら♪じゃねぇんだよなぁ。夫が遊郭まがいの屋敷で遊んでたなんて、マヤになんて報告すればいいんだよ……ん?」


 今、なんて言った?


「宮中で男を(性的に)食い荒らす女がいるからって、きっと妖怪の仕業かもって!俺はその調査と討伐に来たの!自分を囮にしてさぁ!」


 何ソレ。どういうこと?


「またまたぁ♪浮気男の常套句やねぇ?そんなん聞き飽きたわぁ」


「はぁ、はぁ……信じてくれ!ジェラス!」


 目の前に迫るふたつの金の瞳。一方は妖艶な笑みをたたえる妖狐。もう一方は憎き恋敵だった勇者。だが、同時に友人であったのも事実。


(…………)


 俺はまさか、取り返しのつかないことをしたのでは?


 『やばい?』みたいにそわつき出したメルティが俺のジャケットの裾を掴んで見上げる。


「マスター……?」


「お、落ち着けメルティ。まだヤバくない。深呼吸だ、深呼吸をしよう。すぅ、はぁ……」


 俺は最強魔術師だから、噓発見魔術だって使えるんだ。

 冷静に、冷や汗を拭って唱える。


「晒せ、晒せ。真実を晒せ――【幻影解除ミラージュ・ブレイク】。偽りし者に裁きの雷を」


 追加効果を呪文スペルで上乗せして唱えると――


 バリバリバリッ……!


「みぎゃあああ……!」


 狐が、雷に撃たれて失神した。

 俺とメルティは冷や汗をダラダラと垂らしながらハルに向き直る。


「あの、その……」


 ジーッ。


「ごめん、ハル。疑って悪かった。だから、その、メルティは許してやって――」


 バキッ!


(左でこの威力……!)


 ハルは渾身の拳で俺を殴ると、一言――


「これで『おあいこ』な?」


「……!」


「ジェラスがマヤを大切に思ってくれる気持ち、よく伝わったよ。本気で大事に想ってくれてたんだなって。だから、俺も絶対浮気しないって約束する。マヤを必ず幸せにするからさ?」


「…………」


「だからもう、そんな寂しそうな顔するなよ? マヤに会いたいなら、いつでもウチに来な?俺も待ってるからさ?」


「あ、ありがとう……」


「こっちこそ。信じてくれてありがとう?」


(ああ、くそっ……)


 完敗だよ、勇者。あんたは俺の、自慢の友達だ。


 俺は差し出された右手を握り、治癒魔法をかけた。癒えていく傷に顔をほころばせるハル。俺は精一杯の謝罪としてこの屋敷の後片付けを引き受ける。


「ハル。あとは俺がやっておくから、もう宮中に帰れ」


「え?俺も手伝うよ。せっかく久しぶりにジェラスに会えたんだし」


「いいって。罪滅ぼしには足りないくらいだ。それに、きっとマヤがお前を心配してるから……」


 そこまで言うと、ハルはにぱっと笑って屋敷を後にした。


「あの、マスター?メルティは……」


 俺はおずおずと覗き込む深紅の瞳に向き直り、そっと頭を撫でる。


「俺の為にありがとう、メルティ?疲れただろう?ゆっくり休んでくれ」


「ううん。メルティ、もう少しマスターの傍にいる。疲れてるのはマスターもだから」


「じゃあ肩に乗って?久しぶりに本気出したら、肩が凝った」


 そう言うと、メルティはコウモリに化けて肩で羽休めする。『マッサージしてあげる!ここ?ここ?』なんて言いながら肩の凝りにかぷかぷ噛みついて、それがなんだかくすぐったい。


(ありがとう、メルティ……)


 俺に足りないのはきっと、ハルやメルティの持っている『何か』だ。


(マスターとして、男として。もうちょっとまともな人間になりたいな……)


 どうしたら、まともな人間になれるんだろう?

 捻くれてなくて、拗ねたりしない、まっすぐでまともな人間に……


 『紺牢庵』の牢の鍵を探し主である女狐の懐を探っていると、俺はある髪飾りに目を奪われた。


「これ……この紋章エンブレムは……!」


 まさかのまさか。とんだ拾い物だ。

 東で目を付けていた組織『QB再生機構』。表向きはそれっぽい事業団体のような名前だが、裏では不穏な動きをしている組織としてそれなりに有名だった。

 通称『九尾様再生復活の儀・推進委員会』。先日ハルに倒された魔王の部下であり、あらゆる妖狐の頂点たる『九尾の狐』を崇める妖狐の集団。

 俺は、おそらく入館時に使われるであろう認証紋の入ったその髪飾りをポケットにしまう。


「メルティ。ブラッディに兄妹限定ペアレンタルテレパシーで言伝を頼めるか?」


「なぁに?」


「『例の組織』に寄り道していく――そう、伝えてくれ」

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