第20話 元パーティの女と再会

 『紺牢庵』で捕虜を解放し、捕まっていた優男どもから『あんたは命の恩人だ!』『本当にありがとう!これでも足りないくらいだ!』とぺこぺこ頭を下げられながら、俺は謝礼金をいただき、妖狐の屋敷を後にする。

 ボス妖狐から得た髪飾りの魔力は、この『紺牢庵』とは異なる気配のものがひとつ。より禍々しく湿った魔力が混じっていた。おそらくそれを辿れば目的の組織に着くことができるはずだ。


 俺は妖狐の秘密結社『QB再生機構』に向かう道すがら、コウモリ姿で肩にとまって毛づくろいをしているメルティに声をかけた。


「なぁ、メルティ?勇者ハルにあって俺に足りないものって何だと思う?陽キャな性格は置いておいて、なんかこう……人間としてさぁ?」


「うーん……『勇者にあってマスターに無いもの』なら沢山あるけど、『足りないもの』は無いと思うけど?」


「え?どういうこと?」


「だから、マスターは既に『十分に満ちた存在』であるということよ?」


「……?」


 なんか、予想外に哲学的な答えが返ってきた。流石は魔界でも良いトコのお嬢さんなだけあって、メルティの教育水準は思いのほか高い。そのせいでお勉強とか知識、教養はあるのだが、いかんせん中身が世間知らずなせいでポンコツなのでメルティは俺の中ではポンコツのはずだったのだが……今回ばかりはその答えに感心してしまう。――だが。


「あの、メルティ?わかりやすく言ってくれないか?人間の俺にもわかるように」


「ん~?マスターってば、案外おバカさんなのかしら?」


 なんだそのにやにや顔。なんかムカつくな。パタパタしたその羽根、洗濯バサミで広げて天日干しするぞ?


 とは思いつつ、ぐっと我慢して下手に出る。


「教えてください、メルティお嬢様。その広い御心で」


「ん~?しょうがないマスターねぇ!そこまで言うなら教えてあげる!って、わわっと……!」


 ドヤるあまりにバランスを崩し、肩から転げ落ちそうになるメルティ。やはりポンコツ感が否めない。メルティは何事もなかったかのようにひらりと肩に乗り直すと再び口を開いた。


「マスターはね?勇者と違って明るくないし、人付き合いも悪いし、性格は女々しくてしつこくて根暗よね?おまけにムッツリ」


「ぐぅっ……!」


 ある程度は覚悟していたが、やはり忌憚のない幼女のピュア意見は胸にぐさぐさと刺さる。てゆーか……


「ムッツリってなんだよ!?」


「ほえ?自覚無かったの?メルティびっくりしたわ?マスターがあんなに――勇者を単騎で殺しにかかるくらいにマヤのこと好きだったなんて。知らなかった」


「そうなのか?はちゃめちゃ好きだったけど?隠してるつもりも無かったし」


「でもオープンにもしていなかったでしょう?それがあんまり表に出ないからムッツリなのよ?」


「そう、なのか……?」


 それはちょっと知らなかった……


 確かに、ムッツリな男ってなんかこう、気持ち悪いイメージがある。思い返せば勇者は爽やかオープンで誰に対しても、誰からの好意にも『いいよ!どんとこい!』みたいなイメージだ。


「そこか……」


 俺と勇者の違い。


 ふむふむと納得しかけていると、メルティは耳たぶにかぷっ!と噛みついた。


「痛!メルティ痛いって!」


「だって、マスターが勝手に納得してるから!メルティが言いたいのはそうじゃなくてね?勇者みたいな明るさや爽やかさが無くても、マスターにはそんなの必要ないってことよ!」


「え……?根暗なムッツリのままでモテると思うのか?」


 そんなわけないだろう。


 その問いに、メルティはぷんすこと頭から煙を出して怒りだす。


「マスターは優しいからいいの!暗いけど、いつも穏やかな魔力でメルティ達を満たしてくれるし、しつこいけど、メルティ達が悪い奴に何かされかけた時はどこまでも追い詰めて報復してくれたでしょ!」


「え――」


 それ褒めてる?と言いかける口を俺は咄嗟におさえる。

 だってメルティの表情は真剣で、少し気恥ずかしいくらいに俺のことを想ってくれているのが伝わってきたから。


「生活リズムがしょっちゅう昼夜逆転してるけど、メルティと夜のお散歩に付き合ってくれるし。イヤなことを思い出してはひとりで鬱になるような女々しいマスターだけど、その分楽しい思い出もたくさん覚えててくれるわよね!?メルティ、マスターが『これ好きだっただろ?』って買ってきてくれるお菓子、いつもの何倍も好きなの!」


「ちょ……!なんか恥ずかしいからやめろって――」


 思わず制止するも、熱く語りだしたメルティの勢いは止まらない。


「あのね、あのね!メルティもお兄様も、そんなマスターとずっと一緒がいいの!百年以上生きてきてメルティのこと少しでも頼りにしてくれたのは、マスターだけなのよ!メルティ嬉しいの!だからマスターはメルティが守るの!マスターがまたワクワクしてくれるようにメルティも――」


「あーもー!わかったって!勇者と自分を比べるのはやめるよ!それが言いたかったんだろ?」


「あのねそれでね!えっと……うん。そうだよ……」


「ありがとう、メルティ?」


 肩の上ではぁはぁと息を切らすメルティを落ち着かせようと顎下を撫でると、メルティは『くしゅぐったい!』とか言いながらごろごろ喉を鳴らし始めた。俺はその夢心地から目を覚まさせるようにメルティの小さなおでこをちょいとつつく。


「メルティ。じゃあ、今夜はもう少し頼りにしてもいいか?」


 目の前にあるのは秘密結社『QB再生機構』の扉。朱に染められた木でできた大きな門構えの組織だ。俺は入り口のスキャン端末に髪飾りをかざして認証させる。

 カチャ。という小さな音と共に正門が開き、同時に少し離れた場所からも湿った空気が漏れ出してくるのを感知した。


(本物はあっちだな……!)


 俺は『まかせて!』という元気な返事に頷いて、怪しげな地下室へと足を踏み入れた。


      ◇


 九尾様の復活を目論む『QB再生機構』。

 俺がこの結社に用があるのは、俺が追い求めている『アーク』という組織が東の拠点としている実験施設がここにあるらしいという噂を耳にしたからだ。


「チッ、アタリかよ。胸糞悪い……」


 目の前に並ぶ培養槽に入った魔術師たちの標本に、思わず舌打ちが出る。

 水の中でこぽこぽと泡を出しているのは、無数の管に繋がれたワンピース姿の人間。その前に張られている札には、その者の名前と属性、特色と思しきものが記載されていた。


(属性適性、呪術耐性についての検査結果、担当者、次回実験予定日……)


 水槽の中の人物は目を閉じたまま微動だにする気配がないが、『次回』があるということはまだ生きてはいるのだろう。いったいどんな実験をされているのかは不明だが、その内在する魔力は今にも尽きそうな者からはちきれんばかりに肥大した者まで、多種多様な被検体が保管されていた。そして、無数にある管のうちのひとつがある部屋に集約されている。


(膨大な魔力反応……九尾の繭でもあるのか?)


 いずれにしても、かつて同じようによからぬことを企んでいる組織に姉の命を奪われた身としては見るに堪えない光景だ。


「よし。ぶっ壊そう」


「はぁ~い!」


 やる気満々で少女(十七歳フォルム)に変身するメルティ。俺は『血をくれ♡』と疼く瞳に待ったをかける。


「その前に『アーク』に繋がりそうな資料がないか探すのを手伝ってもらえるか?」


「探し物?どんなのを探せばいいの?」


 メルティは俺が復讐を目論んでいることを知らないし、教えるつもりも無い。

 きょとんな表情に、俺は諭すように説明した。


「資料を探して欲しい。横文字の多い資料だ。東の国では馴染のない言語を用いているもの。『アーク』『箱舟計画』とかが書いてあればアタリだな。できそうか?」


「宝探しね?ふふっ……小さい頃はお兄様とよくしたものだわ?街へ行っては美味しそうな匂いの人間を探して、一番美味しいのを見つけた方が勝ちなの!メルティは鼻がきくからそういうのは得意よ?」


「それは頼もしいな」


 そうして見つかったのが俺なのだろうか。だが、俺がふたりに出会ったときメルティはすでにバケモノ化していたので、そういうわけではないのだろう。

 そんな暴走メルティを討伐に行って、使い魔にして帰って来たのが俺だった。おかげで依頼主からは『眷属にされおって!』とかあらぬこと言われて石を投げられ、報酬を踏み倒されたりはしたが、こうしてマスター想いな可愛いメルティと強力なお兄ちゃんを味方にすることができたので、結果はオーライすぎるくらいだ。


「メルティ、手分けしないで一緒に探そう。何があるかわからないから。メルティは同じ部屋の反対の棚を探してくれ。いいな?」


 俺は自信満々に胸をはるメルティに釘を刺し、資料を漁り始める。

 すると、背後から囁くように声をかけられた――


「あらぁ?どうしてあんたがここにいるのよ?ジェラス」


(気配が……!?入り口に敵性探知の術をかけたのに解除してきたのか!?俺の術を?何者――)


「てめっ……!」


 思わずメルティを庇うようにして立ちはだかると、そこには怪しげな笑みを湛えた妖艶な美女が佇んでいた。胸元の大きく開いた黒のドレス。藤色の髪をふわりと払って蠱惑的な足取りでこちらに向かってくる。


 見たことのない女だ。

 だが、この声には覚えがあるような……


「何故、俺の名前を知っている?」


 鋭く睨めつけると、女はぽかんな表情で首を傾げた。


「え。ヤダ。ひょっとして覚えてない?」


「新手のナンパか?胸元のはだけた女にはトラウマがあってな。悪いがよそを当たれ」


 ローザを思い出して吐き捨てるように言うと、女は腹を抱えて笑い出した。


「ちょ、やだぁ!ほんとに気が付いてないの!?あたしよ、あたし!元勇者パーティのリリカよぉ!」


「……え?」


 俺は思考する。


(待て待て!リリカはこんな派手で露出度の高い女じゃなかったぞ?フードを被ってウジウジしながら一途に勇者を目で追うだけのあいつが、こんなナイスバディで胸たぷたぷな美女のわけないだろ?)



 これは罠だ。



 警戒しつつも出方を伺っていると、リリカの名を騙る女はとんでもないことを言い出した。


「ねぇ聞いて?あたしも最近色々あってパーティ抜けたのよ!ここで会ったのも何かの縁だし――あたしとイイコトしなぁい?」


「……はぁ!?」

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