第18話 ぼっちでもダンジョン攻略できます!


 暗闇に歌が響く。



 ――『とらと~ら♪と~らとら♪』



 視界はきかない筈なのに、まるで誰かにジィッと見つめられているような。


(誰だ……?)


『虎やないよ?狐だよ?』


『こんこん♪どっちも変わらんよ?』


『そうやね、そうやね!だぁって、お肉は食べちゃうもんねぇ!』


『今日はとびきり美味しそう!』


『こらこら味見はいけへんよ?お料理するまで待っておき?』


『丸ごとがぶっ!じゃ、はしたない。おばんざいにして、ちょこっとつまむんが狐流』


『お出汁の準備できてはる?お野菜たくさん、お揚げも入れて――』


『『ふふふふふっ……!』』



 ――『とらと~ら♪と~らとら♪』



 あの女狐はここ『紺牢庵』は狐の檻屋敷だと言っていた。

 ぐつぐつと漂う出汁の匂い。落下の長さからして、ここは地下深くまで掘られた狐の隠れ屋敷といったところだろう。会話の内容から察するに、俺はおそらく捕えられ、少しずつ味わって食べられる定めなようだ。現に曜子も『あとで行く』と言っていた。だとすれば、落下の衝撃で殺すというよりは生きたまま少しずつ身を削られるのが定石――


 そんなことを冷静に考えていると、地底の匂いを感じる距離まで落ちてきた。どうやら最下層なようだ。


(どうする?運動神経使うの、苦手なんだよなぁ……)


 この暗闇だ。俺ではおそらく着地の瞬間を見極めきれない。ある程度の痛みは我慢して脚力強化でなく皮膚組織の強化を行おうと考えていると、耳元でキィキィと声がした。次の瞬間、首根っこにぐんと力がかかる。


「マスター!死なないでぇ!」


「メルティ……!?」


 コウモリの姿から少女の姿に戻ったのか、小さな手で一生懸命俺の襟首をつかんでパタついている。


「ふぇ、重いぃ……!」


「ついてきてたのか?メアリィと一緒にレストランの下見に行ったんじゃ――」


「だって、メアリィが『マスターは絶対行くから、こっそりついてってあげて』って言うんだもん!メルティも名物デザート食べたかったぁ!」


「ごめんって。今度レストラン連れて行ってあげるから――うぐぇっ!首締まる! それ以上あげようとしなくていいから、ゆっくり下ろして!」


「ふぇ……も、無理ぃ……!」


「メルティもうちょっとがんばれ!まだ早っ――」


 どぐしゃぁ……!


「痛ってぇ……!」


 うかうかしてたら、身体強化をする前にパッと手を離された。


「あああ……!打撲した!メルティ、そういうとこだぞ……」


「ふぇ……!メルティがんばったのにぃ!」


「ああ、ごめんごめん。助けてくれてありがとな?」


 暗闇の中、夜目がきくメルティに光源となりそうなものを探してもらうと、炎を灯せそうな木の棒を拾ってきてくれた。


「――【発火ファイヤ】」


 火を灯して辺りを照らすと、そこは何もない円形の広間だった。所々に散らかった何かの残骸。おそらくここは一旦落としておく保管場所で、何らかの方法で眠らせるか気絶させるかして牢に繋ぐのだろう。

 北では馴染みのない妖狐だが、高い知能を持ち、妖術を扱うとは聞いている。であれば催眠術くらいできて当たり前か。


「さ、行こう。妖狐の相手はメルティには難しいと思うから、俺がなんとかする。杖に隠れてな?」


「え~?メルティできるもん!」


「そういうとこで意地張るのがダメなんだぞ?メルティはもう十分仕事してくれたよ、ありがとう?」


 いくら満足に魔術が使えないとはいえ、俺だってそれなりに勇者パーティでダンジョンにもまれてきたのだ。これくらいの妖怪屋敷どうにでもなるだろう。

 それに、ブラッディは魔族の管轄領地の都合上東の領域には手を出せない。だが、万一にもメルティがピンチになればきっと駆けつけてきてしまう。それはそれで面倒なことになるのでメルティにはできるだけ大人しくしておいて欲しいのだが――


「メルティがマスターを守るの!」


 本人はやる気十分だ。ゴスロリ服をひらりと翻しこれ以上ない程ドヤる。不覚だが可愛いしその気持ちは嬉しい。その可愛さに俺はあっさり妥協した。


「じゃ、一緒に行こう。はぐれないように手を繋いで?」


「うん……!」


(自分の使い魔は、主の俺が守らなきゃダメだよな)


 小さな手の温もりにそんなことを誓いつつ、たいまつを手に俺は地上を目指した。


      ◇


 ――だが。



「そっち行ったよ!捕まえて!」


「もう!あいつどうして催眠と魅了が効かないん!?頭沸いとるんちゃう!?」


「麻痺と毒矢も効かへんよ!ほんっとになんなん!?おとなしく捕まりやぁ!」


「ふざけ、んなっ……!!捕まるわけないだろ!!」


 行けども行けども和服女狐の嵐。あいつら分身でもしてるのかワンフロアに一匹の看守かと思いきや、目を離すたびに追手の数が増えている!

 おまけにフロアを通過する度に捕まってる奴に『俺も出してくれ!』なんて言われて、そいつが声をあげるせいで番人狐にもすぐに気づかれるし!


「これだから集団行動はイヤなんだ!!」


「待ってくれ!俺も手伝うから、鍵を破壊してくれ!」


「いいから静かにしろ!ボス狐を倒せば、お前らはまとめて助かるんだから!一個一個牢を破壊してたらキリがないって!!」


「マスター……メルティもう走れない……」


「あああ!言わんこっちゃない!大丈夫か?コウモリに化けて俺の肩に乗れ!」


 俺は『ぽひゅん……』と情けない音を出してコウモリに化けたメルティを肩に乗せ、板張りの廊下を疾走した。


(出口はどこだ……!?来たときに通ったお座敷の場所が全然わからない!!)


 そのうえ【空間透視】を使おうとしても、追手が来るからおちおち探知も行えない!


「くそっ……!ボスを倒すしかないのか!?」


 捕虜たちにはそれっぽく『ボスを倒せば助かる』なんて言ったが、通りすがりの俺が奴らのためにそこまでしてやる義理なんて無論ない。だが、このまま登れば最上階にいるのはおそらく――


「行き止まり……」


 目の前に“いかにも”な襖がある。紺の下地に金の刺繍。鶴の舞う空と月夜をバックに、狐が吠える絵が描いてある。今まで見た中で、最も高級そうな襖。


(絶対いるよなぁ……)


 追手から放たれる狐火を水と氷で相殺しては発生する水蒸気で姿をくらまし、幾星霜。結局外に繋がる出口が見つからないまま最上階まで来てしまった。


 窓を割って外に出ることも当然試した。だが、窓の外にはご馳走を逃がさないためにご丁寧に格子が張ってあったし、それを破壊できるような威力の高い術を出せる程この屋敷の結界や弱体呪術は甘くない。屋敷のいたるところに張られた札と紋様が獲物の術を封じ、魔力を吸い取って、隙あらば煙や幻術で眠らせようとしてくる。


(『紺牢庵』、大した細工の屋敷だよ。破格チートな力を持った勇者か脳筋騎士じゃなければ強引に破壊することは不可能だろうな……)


 だが、捕えられている男どもは皆見た感じひょろそうな優男ばかりだった。ジョブ的には魔術師か召喚師、それか白魔導士ヒーラー。良くてもせいぜい狩人アーチャーってとこだろう。だとしたら、この『魔力殺し』に特化した屋敷の突破は無理無茶無謀。妖狐は筋力よりも魔力に寄った妖怪だというから、食事の好みも『魔力が高い奴』なんだろうが――


「ふふっ……ターゲットが悪かったなぁ?いや、むしろ“良すぎた”のか?」


 ここまで来たらやるしかない。俺は眼前の襖を見据える。


勇者かべ聖女ヒーラーもいないけど……)


 ――さぁ、ボス戦だ。


 屋敷のボスには、少し痛い目見てもらおうか?


 たとえパーティを抜けてぼっちだろうが、使える魔術に制限がかかっていようが構うもんか。俺は最強魔術師なんだから。その報い、とくと味わわせてやるよ。


「この俺に牙を剥いたおバカな狐さん……ど~こかな?」


 ――『とらと~ら♪と~らとら♪』


 中から聞こえる楽しげな旋律。


 俺は勢いよく襖を開けた。


「はい、と~ら!虎捕った~!」


 歌い終わった中の人物と目が合う。緋色の着物の和服美人。

 ハッとしたように見つめるその目に、俺はにやりと笑みを向ける。


「虎じゃないなぁ……狐だろ?」


 と口元を歪めたのも束の間。座敷に四つん這いになって『とら』をしている男と目が合う。


「――え?」


(ちょっと待て。なんでお前が、こんな遊郭まがいの店にいるんだよ……)


 ――勇者……!

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