第9話 幸三⑦

 会場に着くと、開始時間を十分過ぎただけなのに、人でごった返していた。

 メニューは入場料五百円だけあって、すぐに空腹が満たされそうな、揚げ物や肉料理、チャーハン、パスタなどのどっさりしたものが多い。

 皿を取るための列に並んでいると、

「おお、やっぱりお前はとろいな。なに今頃来てるんだよ。一緒に来なくて正解だったぜ」

 山盛りの料理を持った成吉が横をすり抜けて行く。

 彰はこちらを見てにやっとする。

「有泉さんも、もういるんじゃないの?」

「どうかなあ、あの人はそれほど食に興味がなさそうだけど」

 会場を見渡してみると、隅のほうに有泉に姿がある。なんと、彼女は既に食べ始めているのだった。なんてやつだ……。しかもやはり一人でいるようだ。さすが有泉である。

 料理を取り終えると、

「空いてるテーブルないから、僕らも有泉さんのところへ行かせてもらおう」

 などと言いながら、彰はずいずい進んで行った。

 僕らが近づく、それを見計らっていたかのように、どこからともなく成吉も現れた。

「幸三、遅かったな。残念ながら、お前の好きな春巻きは全部とられてしまったようだな。俺は十本とったけど」

「春巻きなら、三種類置いてあったけど?」

 有泉が横から、乾いた声でつぶやく。

「なに? 時間差で種類が増えていたというのか……!? してやられたぜ」

「成吉さんがとってたときって、まさに新しいのが揚がる直前だったんじゃないの? ほら、しなっとしてて、油が回ってるふうに見えない?」

 有泉は、さもどうでもよさそうに言う。

「バイキングで同じのを十本もとるって、けっこう意地汚いよね」

 彰が続ける。

「お前、最近知り合ったばかりなのに馴れ馴れしいな」

 と、成吉。

「悪いけど、君にだけは言われたくないよね」

 彰が返すと、珍しく、有泉までもがクスクス笑っている。

(この穏やかさが、妙に気になるな。ごく普通にパーティーを楽しんでいるはずのに、何なんだろう、この胸騒ぎは…)

 そんな三人を眺めながら、何が気にかかるのか、必死で考えてみる。

 これはいつぞやの図書館と同じ状況なのだ、と思いついたときには、もう遅かった。

「有泉さん、グラタンも補充されてたよ」

 岩村さんが当然のことのように僕達のテーブルに現れた。有泉は一人でいたのではなくて、二人で来ていて、岩村さんは単にお茶を取りに行っていたからいなかったのだ。

にこやかだった岩村さんは、彰を見ると、途端に二つのお茶のカップを落っことした。

 意外にも、自分のタオルを取り出し、床を拭き始めたのは成吉だった。おろおろとしゃがみこむ岩村さんに、

「なんだお前、筋肉痛だったんなら、茶くらい言えば俺が持って来てやったのに。馬鹿なやつだなあ」 

 とやけに優しい口調で話す。まさか……、成吉、お前もか!?

「すみません、タオル洗ってきます」

 と謝る岩村さんに、

「いいから、ちゃんと食っとけよ。時間制限あんだからよ」

 などと偉そうなことを言っている。なにが時間制限だ、たっぷり二時間はあるじゃないか。恰好つけちゃって、こいつめ。

 床が拭かれると、あたかも何もなかったかのような状況に戻った。彰も、岩村さんも、あまり仲良くなさそうだけど、突然帰ったりしたら雰囲気が悪くなることを察していか、立ち去りはしなかった。しかし、確実に話をしにくい空気が流れている。有泉はもともと口数が少ないので何も考えていないかもしれないが、成吉がこれほど無口なのも珍しい。こうなったら食べるしかないと思っているのか、みんな無言で、ただひたすら食べることに集中し続ける。

「彰くーん」

 突然明るい声が響く。一つ向こうのテーブルに、どこかで見た顔を見つける。誰だったか……、ああ、この間占いに来た女子のようだ。鈴木とか言ったっけか。

 彼女はワンピースに軽めのカーディガンという服装で、この間とは違う、軽い色のブーツを履いている。この人も彰と知り合いだったとは。世間は狭い。

 彰は、淡々とそちらのテーブルに向かった。「やっぱり来てたんだ」などと朗らかな会話が聞こえてくる。

 岩村さんは気のせいか、そんな二人が視界に入らないよう、さりげなく体の向きを変えたように見えた。

「なあ、幸三」

 と成吉がささやく。

「お前、最近あの彰とかいう男とやけに仲良しだよな」

「なんだ、嫉妬かよ」

「そうだ、悪いか」

「随分と素直に認めるんだな……」

僕は複雑な心境になった。

「僕だって、成吉君以外の人ともたまには仲良くしたいんだよ。なんでそれがいけないんだ?」

 そこまで面倒見きれないよ、と心の中で呟く。

「お前、なんか勘違いしてないか?」

「俺が彰と仲良くしてるから、彰にやきもち妬いてるんだろう?」

「まさか」

「じゃあ、俺にやきもちやいてるわけ?」

「そうだ」

 今度は呆れて言葉も出てこない。

「あいつ、どっかで見たことあると思ってたら、あの扉の片割れだろう」

「とびら? 何の話だよ?」

「ばーか、お前、そんなことも知らないで、よく今まで生きてこれたよな」

 相変わらず回りくどい言い方をする奴だ。

「だからなんなんだよ」

「扉とは知る人ぞ知る、二人組のユニットだ」

「ああ、フォークソング部でのグループ名か。言われてみれば、たしかそんな名前だった気がするな。よく知ってるね。今年の学園祭でも歌ってたのかな?」

「思った通りだ、お前の情報は古すぎるな。やつは今活動休止中だ」

「なんでそんなことまで知ってるの?」

「決まってるだろう。ファンだからだ」

 冗談で言っているのだろうと思って笑ってやったのだが、成吉はぴくりともしない。


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