第8話 幸三⑥

 その日は学食で、入場料五百円で食べ放題のイベントが開催される日だった。最初に情報を得たのは僕で、成吉と有泉にも声をかけたのだが、

「つまりそれは、三人で行くってことか?」

 と成吉が意見し、

「ああ、そうだけど」

 と何も考えないで答えたところ、

「なんで好き好んで、こんなメンバーで行動しないといけないわけ?」

 有泉も全然乗り気ではない様子で、

「いいじゃない、いつも一緒にいるんだし」

 その場を上手く収めようとする僕の努力も空しく、

「いたくて一緒にいるんじゃなくて、あんたたちが勝手にこの部室にくるから、仕方なく一緒にいさせられてるだけじゃないの」

「なんだよ、園芸部の部員水増しに協力してやってるのに」

 二人はいつものように、口論を始めた。

「私、食事するときくらい寛いだ気分でいたいの。一人で行くわ」

「俺もだ。お前らなんかと飯食ってたら、胃潰瘍になっちまうよ」

 胃潰瘍という病名は、彼とは最も縁がないように思えるのだが……そうして、僕たちは各自で参加することになったのだった。


 会場に向かう途中で、彰とすれ違う。

 黒いコートに黒縁メガネ、こいつ、こんなに黒が好きだったんだっけ? なにか後ろめたいことでもあるのだろうか。これじゃあ余計に目立っている気がしないでもないけれど。

「最近よく会うね。どこ行くの?」

「ああ、バイキングに」

「僕も行こうかなあ、一人じゃなんだなと思ってたんだけど」

「そうか、じゃあ行こう」

 僕も一人で行くのはつまんないなと思っていたところだったので、ちょうどよかった。

「今日は、あの人達はいないの?」

「成吉君と有泉さんか。なんか、二人とも、一人で行きたいみたいなんだよな」

 彰はそれを聞くと、「ふっ」と笑った。

「そんなに食いしん坊なのか、あの人達は」

「僕達よく三人で行動してるように見えるかもしれないけど、あの二人は実はそれほど仲良しじゃないんだよ。うっかり二人一緒に誘っちゃったから、二人とも、すねちゃったみたいで」

「やっぱりそうだよな、あの二人、どう見ても仲悪そうだよな」

 彰は納得するように、何度も頷いた。

「平林は、どういうきっかけであの人達と仲良くなったわけ?」

 僕がきょとんとしていると、

「別に、文句つけてるわけじゃなくて、ただ、不思議な組み合わせだなと思ってさ」

 と慌ててフォローする。

「まあ、確かに、自分でも、ふと『なんで俺のそばにはこんな人達ばかりなんだろう』と疑問に思うことはあるけれど…」

 話しているうちに、ふと昔……ではなくつい一年前のことを思い出す。 

「確か、それと同じことを、以前に他の人から言われた覚えがある。前付き合っていた人なんだけど、『なんであんな変な人とばかりつるんでんのよ。理解できない』とか言われちゃってさ。『理解できない』なんて小難しい言葉を使うような子じゃなかったのになあ、なんて思ってるうちに、どっかいっちゃったんだよな。

 確かに成吉君と有泉さんが変なのは認めるけどさ、別に彼女に一緒に行動しろって言ったわけでもないし、なんで僕が一緒にいるからって責められないといけないのか、なんか腑に落ちなかったよな」

 ぶつぶつつぶやいていると、彰は、ふふんと笑い、

「なんだか、わかる気がするな」

 と言った。

「平林は、その元カノではなくて、成吉や有泉を選んだんだ」

「そういうわけじゃないけど、誰と仲良くしているかまで事細かに干渉されたら、あんまりいい気はしないじゃないか」

 そう言ったものの、すぐに、成吉は誰と仲良くするか事細かに干渉するよな、と思ったが、気づかない振りをする。

「平林は成吉や有泉さんと仲良くなって、そして一緒にいるうちに、段々あの人達みたいに我の強い人間と一緒にいるほうが楽しくなってきたんだろうな。多分、その彼女さんはそういう人達が苦手だったんだよ。そういう人たちに魅力を感じる平林を、段々遠く感じるようになった。彼らのおかしな話を聞かされるたびに『私は普通よ、なんか文句ある?』と思わざるを得ない状況に陥ってしまった、とか?」

「うーん、言われてみれば、そんな気がしなくもないな」 

 大学に入ったばかりだったら、おそらく僕も、有泉や成吉のような人物を遠巻きに見て「有泉が今日もこんな愚行を働いていた」とか、「成吉がまた馬鹿なこと言って、ついていけねえぜ」とこそこそ陰口をたたく側の人間だったと思う。

 成吉か。彼との出会いはどんなんだったのか。出会ったばかりの頃、成吉は当初ごく無害な、可愛そうなくらいに大人しい少年に見えたていた。後から見ると、少し話した後に「この人なんか違うかも?」とは思ったかもしれないけれど、自分から声をかけたのに、急に遠ざかるのもどうかと思い……、そうこうしているうちに、いつの間にかずるずると成吉のペースに引きずり込まれていったのだった。

 有泉は、話す前から風変わりな人だとうわさでも聞いていたし、自分でもそう思っていたけれども、接してみると案外普通な部分も多くて。いまいちつかめないけど、目の色変えて陰口叩くほどではないな、と思っているうちに、気づけば僕は「平林」というよりも、「有泉とよく一緒にいるあの男」として知られている始末だ。

 以前付き合っていた彼女とは、一年の夏頃に合コンで知り合ったのがきっかけで、あまり深く考えずに付き合うことになったのだが、僕が二年になってやれフォルクローレだ、園芸部だと忙しくなってくると、最初は笑いながら僕の話を聞いていたのに、段々と「もうあの人達の話はやめてよ、私ついていけないんだけど」などと言うようになり、次第に「あの人達と縁を切らないなら、別れよっかな」と言うようになった。

「それで結局、その人は僕と別れてから、僕の友達の一人と付き合い始めたんだ。その友達というのが、最初は成吉君とも仲良くしてて、一緒にサークルを作ろうとしてた奴なんだ。

 彼女とは最初は特に知り合いじゃなかったと思うんだけど、『幸三君がおかしくなった』だとか相談していたみたいで、そのうち二人がくっついちゃってさ。彼女と付き合い始めると同時に、そいつもさっと僕らの前から姿を消した」

 たまに構内ですれ違うことがあっても、もはやお互い会釈すらしていない。以前はあんなに毎日一緒にいたのに、だからこそなのか、一度疎遠になってしまえば、きれいに他人同士になれた。二人は二人で楽しくやっているようだから、まあいいけど。

「その友達も疲れちゃったんだろうね」

 彰は遠い目をしている。

「何に?」

「君は……疲れないの?」

「そういえば……疲れるとか考える暇もないくらい、振り回されてるのかな? もしかして」

 彰は半ばあきれたように、

「若いっていいね」

 と笑った。

 考えてみれば、あの二人と過ごす時間が多すぎて、それまでなんとなくつるんでいた友人とは縁遠くなってしまっていることに気づく。

 わんぱくな坊やとわがままなお嬢さんの面倒を一人でみているようだ。あるいは、突然双子の子持ちになった主婦のような。忙しいとか、生きがいだとか言っている暇がなく、そんな言葉に気づくまもなく。好き好んでしているのか、そういう損な役回りを引き受ける星のもとに生まれてしまったのか、単に利用されているだけなのか。

「そろそろ春休みだし、しばらく一人旅にでも出ようかな」

 と言うと、彰は微笑みながら、

「きっと、あの二人が喧嘩してないか気になって気が休まらないよ」

 と言った。まさに的を得た発言だった。

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