第10話 幸三⑧

「どんなにうまくてもよ、せいぜい大学のサークル程度じゃ、発表の場なんて学園祭とか定期演奏会とか、新入生勧誘演奏会とか、そういうのしかないだろう」

 軽音学部なんだから、演奏会じゃなくてライブだろう、と思いながらも、黙っておく。

「だから、やつらのステージを見ようとすると、部活関係の行事をチェックするしかないんだよ。四月に開催された、新入生勧誘の路上演奏会も、俺はちゃんと見たんだぜ。六月の定期演奏会も観に行った。軽音は内輪なサークルだからな、部外者が観に行くのは、けっこう緊張したよなあ」

 実は自分もそのライブへ行っていたこと、しかも成吉との共通の知人と一緒に行ったことは隠しておいたほうがよいだろう、と思う。

「それから、十月の学園祭までの四か月間、俺は本当に楽しみにしてたんだ。しかし、そこにやつは現れなかった。片割れの太郎とかいう男が一人で歌っていただけだった。どうしたのかと太郎を問い詰めて、奴は活動休止中だということを知ったんだ」

「へえ。なんで休止してるの?」

「知るか、そんなこと。俺は奴の舞台に興味はあっても、私生活には何の興味もない。しかし可哀想に、太郎の奴、一人で歌っても全然盛り上がってなかったな」

「それは一人だからね、にぎやかなほうがみんな楽しいだろうし」

「馬鹿言え、去年の学園祭なんてすごかったんだぜ。お前はあのつまらん女とくだらないとこに出かけて知らなかったんだろうが、ずいぶん派手にやってたぜ」

「僕の観た扉は、地味で、割と静かにギター弾き語りして姿しか知らないけど」

「それがいいんじゃないか。自信のある奴は、あれこれ手を出してみても、最終的には一番シンプルな形で勝負するもんなんだよ」

 あまりにも褒めるので、何かの冗談かな? と思ってしばし考える必要があった。すべて信じた後に、「ばーか、だまされやがって」と言われたことは数知れない。しかし、一分ほど待ってみても、成吉は「ばーか」とは言わない様子だった。

「それと、あいつトロそうに見えるけど、成績もずいぶん優秀らしいぞ。なんでお前はそんな奴と仲良くなれたんだ?」

 やはり成吉だ、さりげなく僕をけなすことは忘れない。

 しかしながら、彼の口から、こういう同世代の、しかも身近にいる人物に対して複数の褒め言葉が出るなんて、かなり珍しいことだった。相当彰のことを買っているようだ。彰は見かけによらずすごいやつなのかもしれない。

「成吉君も、彰と仲良くなりたいの?」

「仲良くするとかそんなことはどうでもいいんだよ。ただ、頭がよくて才能があるやつが身近にいると、何かと便利だろう。俺だったらもっとうまく利用するのにと思ってな」

 岩村さんは、さっきから僕達の話をずっと聞いていたようで、とうとう噴き出した。

「利用するって…。成吉さん、すごいこと言いますね」

「ああ、人は利用するに限る」

「この人に必要なのは、友達じゃなくて都合よく動いてくれるパシリだけだから」

 と有泉が口を挟む。

「まあな」

「もしかして、平林さんは、パシリなんですか?」

 岩村さんが冗談めかして言う。

「どう見てもそうだろうが。本人はわかってないようだが」

 成吉が静かに答えると、彼女ははじけるように笑い出した。

「言い返さなくていいんですか?」

「まあ、言わしとけば」

「真実だから、反論できないの」

 と有泉が念を押すように付け加える。こういうときだけは、二人とも気が合うようだ。

 やがて、彰がこちらに戻ってきた。

「何話してたの?」

 ちょっと機嫌が悪そうである。

「決まってるだろう、お前の悪口だよ」

 と成吉。軽く受け流すかと思ったが、彰はちょっと顔をしかめた。

「じゃあ、悪いけど僕はそろそろ」

 そう言って上着と鞄を持つと、さっきのテーブルへ向かい、鈴木さんに何か話しかけた。彼女は嬉しそうに荷物を持つと、二人で連れ立って外へ出て行った。

「あの人、鈴木さんじゃないの?」

 腹が満たされて、食べ物以外のものにようやく目を向ける余裕ができたのか。有泉が今更ながら僕にささやく。

「あの人、須長君の彼女ですよ」

 岩村さんが誰にで言うでもなく、ぽつりとつぶやいた。

 びっくりして、「どういうこと?」と訊こうと思ったのだが。

 彼女は軽く笑みを浮かべているようにも見え、今にも泣き出しそうな様子にも見えたので、僕はなんと返答していいのかわからず、軽く相槌を打つだけにしておいた。

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