第4話 ”おめでとう”の意味

 全国模試が無事終了し、その後に来た中間テストも終えた。

 そんな、テスト地獄の合間にバイトをこなし、財布が若干太り、次の先輩の要求が金銭関係であっても、何とか対応できるような状態にはなった。

 まぁ、あの先輩に限って、金銭関係は無いか。ははは……

 やっべぇ……平然を装って早くも2週間。自分の出来ることはやり切り、テストの結果も僕の人生の中では、最高記録を叩き出している確信はあるけれど、果たして全国一位は取れているのだろうか。

 テスト返却でこんなにももどかしい気持ちになったことは無い。

 心配でテスト終了後何日かは眠れなかった。

 ……恋かよ……いや、恋だな(悟り)

 精神的に疲労もかなりのものになっている。

 だから、気を紛らわせるためにバイトを散々した。

 バイトをしているときが、一番気がまぎれるものだったからだ。

 と言うか、信じるしかなかったのだ。自分が頂点に立っていることを。でなければ、僕の彼女の理想になるという、目標の好機が完全に途絶えてしまうのだから。

 でなければ、僕の理想は遠くへ行ってしまうのだから。

 だから、僕は半信半疑の状態の自分を無理やり信じ込ませ、次のお願いを答える準備をしてきたのだから。

 テストの結果は、今日朝のホームルーム時に返された。

 先生からは「よく頑張った」と言われながら渡されたが、「一位おめでとう」ではない時点で、不安要素が爆発したため、結果こそ持っているが、開けられないまま放課後になっている。

 今から約3週間前に先輩と初めてしゃべった場所、屋上へと向かう階段。

 あの日は、緊張と期待を胸にこの階段を上がったため、軽はずみするボールのように上がれたのだが、今は完全に真逆の負の感情たちが、僕の心をむしばんでいるため、一段一段昇るのに苦労を強いられる。


 数分もの葛藤の末、やっと屋上に着いた。

 そして、ドアの前で大きく深呼吸をする。この屋上まで負の感情を持っていくわけにはいかないからだ。僕は、気持ちを完全に切り替えれたことを自覚した後に思い切って、扉を開ける。

 扉を開けると、先輩が待ってくれていた。僕に視線を合わせ、手で招く身振りを見せた。

 僕は、招かれるがままに先輩の方へ向かった。

 向かう途中、いつか起こった風のようにそよ風が先輩を襲う。

 先輩は、咄嗟にスカートと髪を抑える。

 それでも、抑えきれない手で押さえていないほうの髪が緩やかになびく。

 僕は、一つとんでもないことに気づく。

 僕は、テストの一つでこんなにも緊張して精神的疲労を強いられた。僕が、頂点に立てなかったとして困るのは、僕だけだ。

 けれども、先輩はどうだろうか?

 少なくとも、僕の数百倍の期待と不安を背負っているだろう。僕の目の前にある細い体でだ。

 そして、先輩は毎度その期待達に答え、毎度その不安を跳ね返してきたのだ。

 そこまで、完璧であり続ける彼女の隣に立とうと、立ちたいと望んでいる僕が、彼女の数百分の一の不安で、何を怖気づいているのだろうか、彼女の理想のたった一つでしかないのに、なぜここまでに必死なのだろうか。

 本来、こんなお願い、軽々と果たして、次へ次へと彼女の理想になるための努力を重ね、一秒でも早く彼女の理想そのものになり、彼女の隣に居ても恥ずかしくない人間にならなくてはいけないのに。彼女を待たせて、何をオドオドしているのだろうか。彼女の時間は、僕のものでは決してないし、僕ごときが使っていいものでは絶対にない。そんなこと、無価値の自分自身が一番知っている。

 ならば、一秒でも早く結果を確認し、次のお願いを聞くのか、好機を散らすのかを受け止めなければならない。

 僕は、覚悟を決め先輩の前に立つ。

 そして、早急に全国模試の結果表の入ったクリアファイルを取り出す。

「緊張したかね?」

 先輩は、テストの結果を見る前のつなぎ的な会話を始めた。

 僕は、先輩自身の希望なのであれば時間を奪ってしまっても構わないかと思い、会話に乗る。

「今までで一番緊張しましたね」

「少しは、頂点に立つということの難しさがわかった?わかったなら、私を称え給えー!」

「素直に尊敬しますよ、僕よりも何百倍もの期待を背負って、毎回期待に応えている先輩を。だからこそ、この程度のお願いが出来ない人間は先輩に相応しくないと痛感しました。だからこそ言います、僕はこのテストの結果がどちらであっても素直に受け止めます。もちろん、僕は全力でこのテストに挑みました。さて、結果を確認しましょうか。実際のところ、僕は怖くてこのテストの結果を見ていません。だから、お恥ずかしいのですが、先輩。先に見てくれませんか?」

「……わかった」

 僕は、ファイルから二つ折りになっている結果表を取り出して、先輩に渡す。

 先輩は、それを受け取り、僕の結果を確認する。

「……………………………………おめでとう。晴也くん」

 僕はその一言を聞き、一気に不安が解ける。

 そして、先輩は結果表を返してくれた。

 僕も、その結果を見るために先輩が再び折って返した僕の結果表を見る。

 

 しかし、何度見返しても、全国一位の数字は書かれていなかった。僕の見間違えでなければ、全国順位の欄には6と書かれていた。

 僕にとっては、とんでもない自己ベストで、テストの点数もすべて90点以上で本来ならば飛んで喜ぶほどのものだが、今回に関してはちっとも喜べない結果なはずだ。

 だからこそ、先輩のおめでとうの意味に理解するまでにしばらく時間がかかった。

 そうか、この”おめでとう”はお願い条件達成のおめでとうではなく、高順位だからのおめでとうなのだと。

 解けた不安は帰ってくることはなく、一瞬だけいた達成感は完全に消え、悲しみが僕の中に満たされた。

 だめだ、どんなに悲しくても悔しくても決して涙だけは流してはいけない。もし泣いてしまったら、先輩を困らせてしまう。同情で貰う条件達成なんて何の意味もないんだから。

 そんなことはわかっている。……わかっている反面僕は、涙を抑えることが出来なく、泣いてしまう。

 最低だ、最後の先輩との会話が涙で終わってしまうなんて。

 いけない、せめても先輩の同情を買ってしまう前に、僕から別れを切り出さないと。最低が、取り返しの無いものになってしまう。

「短い間ではありましたが、ありがとうございました。先輩の恋、か……陰ながら応援させていただきます。では」

 今は、心にもないそんな言葉を口にし、僕は去った。

 が、先輩は運動神経最悪の僕に追いつくくらいには足が速く、すぐに手を掴まれた。僕はここでも先輩に負けているのかと実感し、低い声で先輩の僕への印象を少しでも冷たくしようと疑問を問う。この涙の流れている顔を見せないために、絶対に振り返らず。

「なんですか? 同情はいりません」

「晴也くん、君は何を言っているの? 条件は達成されているじゃない」

「先輩こそ何を言っているんですか! あなたの様な、秀才がまさか1と6の違いもわからないんですか!」

 先輩は、しばらくの沈黙の後、小さな声で何かを言った。

「……って言った?」

「はい?」

「私一度でも、”全国1位”を取ってなんて言った?」

「へ?」

「やっとわかった! 晴也君があの時、諦めるなんて言った意味! 私、学校内の学年1位を取っててつもりで言ったんだけど?」

「……先輩、絶対に逃げないと約束するので、手を放してくれませんか?」

 先輩は、すぐさま手を放してくれた。信用されていることに少しうれしさが沸き上がる。

 そして、僕は今一度結果表を見て、学校内の順位を見る。そこには確かに1と書かれていた。

「先輩」

「何だね? 後輩くんよ」

「すみません、僕てっきり全国一位を取れって意味かとばかり思っていて」

「わかればいいのだよ、後輩くん。流石に私も全国80000位の子に全国1位を取れというまで鬼じゃないよ?というか、ごめんね?今思えば、晴也くんが勘違いをするのも無理はないよ。全国順位を答えた晴也くんに対して1位を取れなんて言ったら、全国順位の1位を取れだと誰でも思ってしまうよ。ごめんね?」

 そうか。今思えば先輩が聞いていた順位はそもそも学校内のものだったのか、それだから先輩は僕の答えた全国順位から大まかな学校内順位を予測し、目標を立てたのか……先輩の言葉を理解できていなかった僕にも非はある。

「僕の方こそすみません。拙い理解力で。でも先輩、僕、次こそは全国1位を取りますよ。でなければ、あなたが良くても僕が納得いかない上に、あなたに相応しくない。あと、先ほどは先輩に少し失言をしてしまいました。何か、お詫びをさせてください」

「じゃあ、お詫びを含めて次のお願いね? 今週の日曜日、紅葉ヶ丘駅前に10時に集合! お詫びはそこでして貰うことにする!」

 気づけば、涙も引き、悲しみと悔しさに開放されていた。

 僕は、笑顔で返事をした。

「了解です。お願いの内容を達成できるように、全力を尽くさせていただきます」


 その後、2週間ぶりに先輩との会話を楽しみ、幸福に満たされて学校から帰ってきた。

 そして、家で自分の日記を読み返しながらしばらくして、とんでもないことに気づく。

 先輩、僕のこと下の名前で呼んでいなかったか?今日はいろいろあったので気づいてなかったが、確かに名前で呼んでくれていた。

 これは僕に対してのご褒美なのだろうか?

 

 

 その後、晴也は今日の分の日記を書き記した後、布団に飛び込んだものの一睡も出来なかったらしい。

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