第3話 期待

 僕は瀬野先輩のいる屋上を後にし、即座に図書室に向かった。

 この学校の図書室は、そこらの図書館や本屋で手に入れれる本はほとんどそろっているほどのとんでもない図書室になっている。

 そんなに多くの書斎を収納できる教室は学校内になかったらしいので、図書室は学校とは別館に設けられている。

 もはやここの図書室は図書室と呼んでいいのか僕も少し混乱している。

 もちろんこの図書室にも勉強スペースは用意されているのだが、本来の用途で使用する生徒は少なく、ドストレートに言ってうるさい。

 僕は、帰宅部でバイトのないときはここの本を借りては家で暇つぶしとして読んでいるので、大方の本の場所を理解している。

 同級生たちは、放課後に携帯をいじることが大半と聞き、僕も便乗しようとしたが、僕は娯楽関係のセンスも壊滅的なため、すぐに飽きてしまうのだ。

 SNSに関しては、有益な情報を集めるのは好きだが、たまにグロ画像などが流れてきて心臓に悪いのであまり利用しない。

 連絡用アプリケーションは、人から何か送られたときは返すが、自分からは必要時以外は送らないようにしている。どうも、自分の不必要な言葉で時間を取らせてしまうのは申し訳なさが浮かんできてしまい苦手意識が芽生えるのだ。

 おかげさまで、見た目に対して趣味がどうのとこうのと何度か言われて少し傷つく時もあった。まぁ、悪気はないのを理解しているので咎めはしない。

 要するに、今時珍しい俗に言う読書家的な人間なのである。

 その知識を活かし、迅速に必要資料を見つけ出し、図書室を後にした。


 僕は、家に帰るとすぐさま自室でテストの事前学習ワークを一通り行った。

 その後、間違ったところの解説を穴が開くほど読んだ後に、再度解きなおした後、先ほど図書室で借りた資料と今回出される出題範囲を照らし合わせ、付箋を貼り、中学時代の教科書を引っ張り出し、自分が解きやすい最適の解き方を見つけ出す。

 今回のテストは途中式の記述が求められない形だと容易に推察できたため、数学は自分のオリジナル途中式。と言っても、解き方を組み合わせて自己流にアレンジしただけだがな……

 僕が思うに、教科書等に記載されている解き方はあくまでも多くの人が解きやすい解き方だと思う。

 だから、典型的な勉強のできない子は式の成り立ちを理解できない場合がある。

 これは、自分に合っていない解き方しか知らないので、多くの人が解きやすいだけでその解き方が自分に合っていない解き方だっただけかもしれない、だったら自分に合った解き方を探せばいいと思う。

 だから、途中式を点数化するのは個人的に納得いかない。

 そんなことを思いながら僕は”僕の途中式”を作った。

 それを活用して、さっき借りて来た応用問題集を解いてみる。

 先ほどよりもかなり解く速度が上がり、正答率も上がった。

 この一日は、この動作を単元別でそれぞれ行った。

 結果として、数学はなんとかなりそうな状態にはなった。

 幸い今回のテストは3教科しかないためこの調子で行けば何とかなりそうではある。

 僕は、一度頭の整理をするために眠りに着いた。


 睡眠には頭の中を整理する役目がある。その効果を僕は今日初めて痛感した。

 そのことを僕は今日初めて痛感した。と言うか、昨日の自分がいかに頭の整理が出来ていなかったのかを痛感した。

 一度冷静になって考えてみて欲しい。

 なぜ僕は、憧れの先輩との進展を味わうことも喜ぶこともなく、勉強に励んでいるのだろうか?

 先輩の人気は僕が一番知っている。彼女は人気だ。だから、何人もの人間が恋をし玉砕していった。

 しかし、僕はチャンスを貰えたのだ。これ以上に喜ばしいことがあるだろうか?

 否、あるわけがない。

 僕は、昨日自分でも言っていたが富んだ才もなく、顔はむしろ悪いまである。だから、眼鏡を付けて和らげている。

 眼鏡を付けていなかったときに、とある女性が顔を隠して逃げて行った。

 流石にあの時は、本気で心に傷を負ったなぁ……

 そんな僕にチャンスがやってきたのだ、少しくらい喜んでもいいじゃないか。

 ……いや、ダメだ。今自分の心を喜びの色に変えてしまったのなら、せっかくのチャンスを無駄にする。そんな気がした。

 僕は、喜びの逃し場所として、先輩にチャンスを貰った昨日からの日記を付けようと行動に出た。

「さて、今日も一日頑張るぞい!」

 ……どこからか、「ぞいってなんだよ」と言う声が聞こえた気がした。


キーンコーンカーンコーン


 放課後の始まりを告げる心地良い鐘の音が僕の背中を押す。

 今日も僕は昨日借りた本をカバンに詰め込んで図書室に向かった。

 この本たちには本当に感謝しなくてはいけない。今日の数学の授業で分かった、この本たちのおかげで確実に成長していたことを。

 まぁ、数学はまだマシだから理解が早いのも当然か。いや、自分の成長は素直に喜ぼう。それでこそ、次につながるってもんだ。

 僕は、自然と心躍りながら、図書室に向かった。


 僕は、早々借りていた本たちの手続きを済ませたのち、元あった場所へ戻した。

 その後、今日は英語の勉強をするので、参考になりそうな本を何冊か手に取って、また昨日と同じように借りて家に直行しようとしていたが、勉強スペースに目線が引かれた。

 昨日まで、貸し切り状態のファーストフード店のように騒がしかった場所に誰一人いなかったのだ。

 まぁ、誰もいないのならここで勉強するのも悪くないと思い、僕は椅子に座り、昨日解いたワークの英語のページを開いた。

 ここには、極稀に先生がやってくる。

 もしかしたら教えてもらえるかもしれない。そんな可能性がある上に静かな環境が用意されている。こんな環境が用意されているのならありがたく使わせてもらうに決まっている。

「さて、始めますか」

 僕は、昨日と同じようにワークを一通りやり始めた。

 今になって気づいたが、今日は学習デイと言うものらしい。

 学習デイと言うものは、毎月5の付く日に勉強スペースの使用者を制限するというものらしい。

 学習目的で使用する生徒が気持ちよく勉強できるように制限するというもので、騒がしい人間は反省文を50枚書かされる。と、僕の座っている椅子の前にある白い長机のカレンダーに大きく赤文字で書かれていた。

 ペナルティが重いからかもしれないがルールを守っているのは感心する。

 けど、今勉強する気があるのは僕だけなんだなと考えるとどこか心が寂しかった。

 おっと、いかんいかん集中が切れてきている。

 僕は、エアハチマキを頭に結び、再び勉強を始めた。

 英語は脳に入っている知識を引っ張り出すことがほとんどを占める科目。そんなことは、百も承知なのだがどうも頭に入らない。と言うか、暗記科目と呼ばれるものは本当に出来ない。

 暗記科目以外は、体で覚えられるが、脳には暗記内容が入店拒否されてしまうのだ。

 そんなことも言ってられないので、僕は無理やり頭に叩き込む。

 短期記憶では意味がない、長期記憶に叩き込むんだ。そのことを意識しながら、僕は勉強を……待てよ?あるじゃないか、体で覚える暗記方法が。

 時代をさかのぼること戦国時代。あの時代には、忍びが存在していたのは常識だろう。

 彼ら彼女らは、仕事の中に相手の城に忍び込み情報を持って帰るというものがある。だが、情報と言うものは必ずしも少ないとは限らないし、忍びの全員が暗記力に長けているとは限らない。

 では、どうやって覚えて帰ってきたのだろうか。通説では、情報を聞き取る場所で手の甲にクナイで傷をつけて、その傷の痛みと場所で記憶を引っ張り出すというものがあった。

 時代は変わっているが、もしかしたら現代人にも有効なのかもしれない。

 僕は、そんなことを思い出してカッターをペンケースから取り出し、傷を入れようとした。

 そんな時だった、目の前から冷たい声が僕を呼び留めた。

「そんなことしたら、テストどころじゃなくなるよ?」

 僕は、予期せぬ誰かからの声に飛びあがった。

 あわてて前を見ると、そこには瀬野先輩が座っていた。

「……いつから居たんですか?」

「そうだねぇ……君が単語をなかなか覚えられなくて忍びのことを思い出すところ辺りからかな?」

 ……僕は、一度も先輩に自分の考えを言っていない。あくまで先輩の推理から導き出された答えだ。

 一瞬、思考が読めるのかと思ったが、人間にそんな能力はもちろんない。

 僕の行動から、思考を推察したんだ。そう考え、先輩の洞察力と知識の広さに畏怖さえ覚えた。

「にしても、本気だったんだね。私のこと」

「昨日結構口にしたんですが、本気に見えませんでした?僕の恋」

「そりゃね?ほとんど表情を変えていなかったから……そのぉ、君をほんとに信じられなくて。ごめんね?」

 昔から、僕は表情が硬いと言われることが多々あった。そして、人間の会話の情報割合のうち確か言葉は約3割しかない。この3割で完全に僕を信用してくれなんてことは無理があるってものだ。ましてや、初対面。僕に先輩を怒る権利も動機もない。

「構いませんよ」

「そ、ありがと」

「初めてだったんです。恋と言うものをしたのが。僕、小学4年生くらいに大好きなドラマがあって、最終回で『君を誰よりも幸せにする。だから、結婚してくれ!』と言ってプロポーズをするシーンがあるんです」

「それって『空き瓶ラブレター』てドラマだったりするのかな?」

「よくわかりましたね。正解です。で、ここからが本題なのですが、この言葉を真に受けた柳少年は、幸せにしたい=好きだと考えたんです。そして、この考えは今でも変わりません。けれども、あなたに出会ってから、この考えの一部が変わったんです」

「ほうほう、きかせたまへ!」

「今までは、好き=幸せにしたいなのなら、なぜ自分が幸せにさせる必要があるのだろうか、その人の幸せを心から願うのなら、その人の考えや思いを見届けるために、その人にとって最も幸せになれると思う行動をさせてやるのが本当の好きなのではないのかと、思っていました。だから、自分の恋を実らせるのは結局『君を幸せにする』なんて言葉を自分の利益のために放ち、相手を縛るものだとずっと思っていました。だけれど、今は、あなたに、先輩に出会ってわかったんです。”その人”を今までの考えが出来ないくらいに好きになるのが恋なんだと。僕は、まだ”その人”を見つけられていなかっただけなんだと。改めて言います。僕、柳 晴也は、瀬野 楓先輩のことが心の底から大好きです。だから、僕はあなたの理想になれるのなら、文字通り何でもします」

  一日ぶりの長い沈黙が僕たちを襲った。と言うか、僕は好きな人の前で緊張もしていないように、こんな長々と話していることが信頼にかけている要因なんじゃないか?

 ……いや、僕は緊張して言葉にならない時間すら惜しいから、頑張っているだけなんだ。本当は、ものすごく緊張しているんだ(自己内解決

「へ、へぇー」

 平然を装おうと本を見ながら、先輩は返答したが、顔は真っ赤に染まっている上に、本が逆さまなので、僕はくすりと笑う。

「そ、そうだ。昨日、何で私の右の中指を見てから、返事したの?」

 僕のことを彼女はきちんと見ていたんだと気づかされると、うれしさのあまり笑みが零れてくる。

 いかん、質問に答えなくては……

「先輩、自分の中指と僕の中指を見て、何か違うところはありませんか?」

 と言い、僕は先輩に手のひらを見せる。

 刹那、正解の回答が出された。

「タコがあるかないかかな?」

「正解です。そして、僕が先輩の一般的に言う無茶ぶりを了承した要因です」

「と、言うと?」

「努力で頂点を取っていない人には、そんなタコイボは出来ませんから。これで、無茶ぶりだと思っていたものは可能なお願いだと、確信に変わりました。なら、僕に出来ることは先輩の要求にただ答えるだけですよ」

「通りで、昨日から早速逃げることなく数学の勉強を始めたわけなんだ!」

 ……。

「僕、昨日数学の勉強したって言いましたっけ?」

 その言葉を放った途端、彼女は顔をこれ以上になく、赤を通り越して紅色と呼べるまで赤くなった。

「知らない!ハイ、昨日のご褒美!じゃ、頑張ってね!」

 と、先輩は捨て台詞を吐きながら、おしるこを置いてその場を去った。

 ……しるこは多分糖分が多いから、選んでくれたのだろう。頭の栄養源の塊だからね、しるこは。

 そんなことより、僕はこのしるこの別の意味が珍しく頭がさえているのか、即座に分かった。

 先輩は、普段自動販売機で飲み物を買うときは絶対に「正午の紅茶」シリーズしか買わない。

 ストーカーに近い行動をしてきた僕は熟知している。

 しかし今日、先輩が買っていたのは水だった。

 根拠としては、カバンの中に少し見えるペットボトルのキャップが青だったから。

 そして、この学校の自販機でキャップが青い飲み物は水しかない。

 そして、今は月末。先輩の家のお小遣いシステム、又はアルバイトをしていて、その給料日が月初めだと仮定する。そこから導き出される答えは、金欠なのだ

 それだから、先輩は150ml最安値の水を買い、僕にしるこを買ったのだ。

 それだけでは、答えは導き出されない。先輩の、昨日の発言を思い出してみよう。ご褒美をあげるという言葉の前に”いつか”と言っていた。

 別に今日じゃなくていいのだ。ここから導き出される答えは、図書室で僕が勉強しているのを見つけ、頑張っているから応援の意を込めて、自分の好物を我慢してまで買ってきてくたということだ。


 結論 期待されているのだ。僕が、本当に全国一位を取ることを。


 答えなくては、先輩の期待に。僕は、昨日以上にこの一週間、本気で勉学に励んだ。

 

 そして、僕のテストとの、全国の高1生との戦いに挑んだ。

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