第2話 理想と運命

「あなたの理想を教えてください!」

 

 何を血迷ったのかはわからないが、こんな言葉が考えがまとまるよりも先に出ていた。

「えっ?」

 先輩は突然棚から牡丹餅を超えて棚から国家権力が出てきたのかと言うくらいに、目を大きく見開き驚く。

 彼女の曇りの一つもないシンハライトの宝石の様な瞳に僕は再びときめき、溺愛の底無き海に溺れそうになる。

 美しさは罪とはたまに聞くけれどあれはこのことを言うのかもしれない。……いや違う。今は、さっき言った取り返しのつかない爆弾的発言を何とかしなくては。

 完全に、ごまかしにごまかしを重ねて彼女に嘘をつくか?

 ……いや、ダメだ。好きな人に嘘をつくのは僕のポリシーに反する。

 もう、こうなれば思ったことを口に出そう。その方が僕らしいじゃないか。

「えっと、僕は先輩がある人を好きだと知っています。その人が、とんでもなく容姿端麗の美男子で、運動神経抜群で、人気があるのかもそれなりには知っているつもりです。だから、多分僕の本能が悟ったのでしょう。貴方に今告白しても簡単に望みは絶えると」

 我ながら、デリカシーのない包み隠さないネガティブ精神の効いた発言だなと呆れる。

「僕は、今のままでは先輩の思い人の足下に及ばないどころか、先輩以外の人からも心惹かれる場所のない人間です。では、こんな僕があなたの心を惹くにはどうすればいいでしょうか? ただひたすらに勉強をする。自分の容姿や、ファッションセンスを磨く。スポーツに力を入れて結果を残す。確かに、この努力は賢明で効果的なのかもしれません。しかし、それは異性に興味を持ってもらう方法で、意中の相手を射止める方法では決してありません」

 自分が今正気なのなら、羞恥心でぶっ倒れているなと思いながら、言葉を紡ぎ続ける。

「では、意中の相手を射止めるにはどうすればいいでしょうか? 先輩」

 彼女はいきなり質問を振られてピクリと驚くが、さすが天才と言うべきか、自分の思考を瞬時にまとめ答えを出す。

「その子の身近な友達とかに聞くとかかな? 友達の方が、案外本人より知っていることが多かったり、何より安全だから。自分を傷つける可能性が下がるから。私なら、多分そうすると思う」

 僕は、ラッパーのように相手の意見を素材として瞬時で次の発言を組み立てていく。

「流石です、先輩。いい回答です。先輩なら、その行動が最も確実で効果的でしょう。しかし、それは先輩の完答にすぎません。あなたは、学校で確かな実績を残し素晴らしい人格者であるため、全生徒に信頼もあれば人気もある。だから、あなたの答えならばその発言は満点です。では、僕のような一般生徒と呼ぶのが相応しい人間が、先輩の答えを実行したとしたらどうなると思いますか?」

「……疑われる!」

 ドストレートに言われたことで僕の心に何かが刺さった。

「正解です。赤の他人である人間に、君の友達の好みを教えてくれ。なんて言ったら、疑われるのは確実でしょう。だから、僕は現在の行動に出でいます。本人に聞けば少なくとも、疑われることは無いから。確かに傷つく可能性はありますが、僕は好きな人の言葉なら。あなたの言葉なら、傷ついても怖くない。だって、そんなことでめげることのできないほどあなたが好きなのだから。だから、もう一度言います。あなたの理想を教えてください!」

 若干、息切れをしてしまったが、さっきの発言をそれっぽいものにできたのではないだろうか。

 我ながら、なかなか頑張ったのではないかと達成感に満ちる。

 しばらくの沈黙が、僕らを襲う。あるのは、砂ぼこり運ぶつむじ風だけ。

「……くすっ」

 彼女は、咄嗟に思い出し笑いでもしたかのようにくすりと笑った。

「……どうしました?」

 彼女は、僕に左手の平を見せて、僕から目線を逸らして右手で自分の顔を隠し、しばらく肩を揺らす。

 しばらくして、僕に再び目を合わせた彼女の瞳は少し涙かかっていた。

「ごめんね。冷静になってさっきの言葉を考えるとおもしろくて、我慢できなかったの。私ね? ここに来るとき、ナツから告白だって聞かされていたから、どうやって君を傷つけずに振ろうかとずっと悩んでいたの」

 どうやら、僕が咄嗟に出た言葉は僕を、僕の人生を救ったらしい。

「でも、君があんまりにも斜めのお願いを私にしてきて、正直嬉しかった。心が解放されてほっとしていた。だから、しばらく安心して君の考えを聞いてたの」

 彼女は急に、両手で自分の顔を覆い隠す。

「そしたら、君がいきなり……す、好きだとかを……私に何度も言うから……」

 数分ぶりに我に返るトリガーになった言葉だった。

 そして、僕は二重の意味で赤面する。

 ……初めて見る先輩の赤面。好きな人の見たことのない表情を知る。この瞬間ってものはこれほど、衝撃的なのかと学ばされる。

「あの、ごめんなさい。僕……我を忘れて……」

「今後は気を付けたまえよ? 後輩君」

 この土俵の広さも、人気の秘訣なのだろうなと思い、先輩の寛容な心に深く感謝する。

「ところで、後輩君。唐突だけれど、運命の人が自分の隣にいる確率はどのくらいか知っている?」

「えーっと、それはドレイクの方程式を用いたものでしょうか?」

 彼女は、静かに微笑みながら2回頷いた。

「記憶が正しければ確か、5023垓分の1だったはずですが。合ってますか?」

 彼女は、僕の前に親指を立て、正解とジェスチャーした。

「よく知ってるね! この”運命の人”って言葉。君が言ってた、”理想”ととても似ているとは思わない?」

 なるほど、先輩の言いたいことが大体だがわかった。

「今から、先輩が言いたかったこと、僕が答え合わせしてもいいですか?」

 先輩は、少し驚いた後、期待に満ちた表情になった。

「君の答えが合っていたら、ご褒美をしんぜよー」

 若干楽しんでるんだと、いやでもわかった。

「では、参ります。そもそも運命の相手の確率を聞いて人間は二種類の考えがぱっと出てきます。一つは、運命の相手の確率がこんなにも低いのだから、今自分がしている恋愛は奇跡なのだから、この恋愛を大切にしようという考え。もう一つは、運命の相手の確率がこんなにも低いのだから、今の恋心は妥協。または、偽物である。でなければ、ほとんどの人間が宝くじの一等を容易く引く運気が備わっていることになるから。という考え。そして、先輩はどちらかと言うと後者の考えである。ここまでは合っていますか?」

 先輩は、軽く首を縦に振る。

 この時点で、僕の考えがほぼ確実で正解なのがわかる。

「つまり、君。ここでいう、僕の恋は偽物である確率が高い。私は、それでも後悔をしないから恋をしている。けれども、君はどうなの? 恋に対する覚悟はあるの? と言うことではありませんか?」

 先輩は、ひとりでに拍手を始めた。

 しばらくした後、先輩は口を開いた。

「すごいね、君。正解だよ! なに? 心が読めたりでもするの?」

 僕は、少し苦笑しながら、首を横に振る。

「またいつか、君にはご褒美をあげるとして、君には覚悟はあるの?」

 こんなこと聞かれるまでもなかった。だから、僕は迷うこともなく答えた。

「先輩にとっての運命の相手が五十嵐先輩なら、僕は完璧な先輩の理想の相手になって見せます。そうすれば、先輩のいう”理想”と”運命の人”が似ているという論から、方程式を作って、先輩の運命の人が隣にいる確率を5023垓分の2にして見せます! そして、僕はその2のうちの1になって見せます! 僕は、あなたのためなら何でも、どんな試練でも乗り越えて見せます!」

 先輩は、下唇に人差し指がかかるくらいで考える人(立っているバージョン)的なポーズをとって、疑いの目を少しやりながら、小悪魔のような笑みを見せた。

 僕のハートはこの人生で何度目か数えられないくらいに彼女に撃ち抜かれていたが、いまカウントが1増えた。

「言ったね? 口では何とでもいえるから、証明を含めて私の理想を手加減なしでどんどん言っちゃうから! その理想になることが無理だったら、素直に諦めてね? 私、大きく口を叩いておいて、いさぎの悪い人が大っ嫌いだから!」

 そう、手加減なしで言ってもらわなくては、意味がない。むしろ、その条件は僕にとっても好都合だ。

「どんとこいです!」

「じゃあ、まず学力! 君、全国模試の順位どのくらい?」

 何の取り柄が無いのが僕の取り柄。もちろん、富んだ学力などあるはずもない。

「だいたい80000位くらいですかね。僕、頭悪いんで」

 少し皮肉を聞かせ、答える。

「じゃあ、来週の全国模試、1位とってよ!」

 僕は、一瞬フリーズする。最初から難易度があまりにも高いからである。

 僕は、可能なのかを確認するために先輩の右手の中指に目線をやった。先輩のある症状を見るためである。その後、僕は笑顔で答えた。

「男に二言はありません! わかりました、取って僕がいかに本気なのかお見せしましょう!」

「よく言いました! じゃあ……、多分テストの結果が返ってくるのが3週間後くらいだから、テストが返ってきたその日に、この場所に放課後集合! ってことでいい?」

 僕のこの一週間すべきことが今決まった。

「わかりました。では、僕はあなたの約束を果たす努力を今からしますので、またお会いしましょう。本日は、無茶なお願いを聞いてくださりありがとうございました。あと、これからよろしくお願いします」

 そう言って、僕は急いでその場を後にした。

 

 富んだ才の無い僕にとっては、時間を惜しみなく費やす。これこそが最大の武器なのだから。

 


 

 

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