運命の相手に僕は化ける。

柏木 慶永

第1話 『理想』

 5月の中旬。

 日本人なら、必ず一度はやってくるだろう5月病が完治か悪化しているであろう、この頃。

 紅葉ヶ丘高校に今年から通いだした僕は、幸いにも前者であり学校にも少しづつ慣れてきて、友達も出来てきて、日々平和に暮らしている。

 僕は、この学校で最も楽しみにしている時間がある。それが、昼食だ。

 この学校には中庭を眺めながら食事を楽しめる、大きく清潔感のある食堂がある。

 ここの食堂のメニューは日替わり定食以外は全部食べたがどれもおいしかった。特に、カレーシリーズはまさに絶品と言う言葉が相応しいような完成度のものが並んでいる。

 その中でも、僕が一番気に入っているのは、カツカレーだ。

 この食堂を営んでいるの一人にインド出身の人が居るらしく、毎日その人が厳選したスパイスから作られたルーが使われており、コシヒカリ米にこれがよく合うのだ。

 ここにうま味がギュッと詰まった肉汁とサクサクとした衣の触感を運ぶ、皿の半数ほどを占めるカツが完璧なハーモニーを奏でる。

 もちろんこれを毎日食べれるのは、確かに僕の楽しみではあるが、楽しみはこれだけじゃない。

 そろそろだろうか……あ。

 僕は、食堂に今さっき来た女性に目を引かれる。

 彼女は、昨年の紅葉ヶ丘高校の文化祭で毎年行われるミスコンにて圧勝を飾った2年生の瀬野 楓先輩。

 ミスコンに選ばれて当然であろうというほどの、整った顔をしていて、彼女のパーツの一つ一つが彼女の魅力をこれでもかと言うくらい詰めている。

 容姿について僕が語ること自体が罪だというくらいの美貌が詰まってるというだけ言っておこう。

 あれで、ノーメイクだなんて、いまだに信じられない。

 彼女の魅力はそれだけではない。

 性格面でも完璧なのだ。

 先輩後輩問わず、相談があるのならば全ての者に耳を傾け、明るい声や行動で全力で相談に乗るのだ。そして、その人とともに感情を共感してくれるのだ。

 これだけ聞くと、それほどと思うかもしれないがこれが実はすごいことだということは、青い狸がいろんな道具をポケットから出す漫画で知っている人は多いだろう。

 まぁ、凄いことなんだ。

 その性格のおかげで、老若男女問わず人気で、学校の教師も誇らしげにいつもいる。

 そして、彼女を語る中で最も重要なところ。それは、学力だ。

 彼女は、高校入学後一度たりとも、全国模試を含むテストで3桁以外の点数を取ったことがないのだ。

 つまるところ、今現時点の日本で一番の頭脳を持った高校生なのである。

 毎度全教科、満点を取られているので、全国模試の難易度はいい意味で彼女のせいで格段に上がっている。

 まぁ、おかげさまで僕も苦しんでいる。

 しかし、彼女はそれでも満点を取り続けており、テスト制作者もお手上げだそうだ。

 そう、僕の真の目的はそんな彼女をこの瞳に焼き付けることにある。

 包み隠さずに言う。僕は、彼女が好きだ。

 今まで、恋と言うものをしたことがなかった僕は、彼女に一瞬でハートを射止められた。射貫かれた。

 しかし、学年の問題上、頻繁に出会うことは難しい。

 だから、学年関係なく会えるこの場所は、僕にとってここはエデンなのである。

 今日は、週明け。二日間見ることが出来なかった瀬野先輩を思う存分眺めるとしよう。

 ………………。

 いつ見ても、素晴らしいとしか言いようがない。

 こんな彼女に目を引かれないのはもはや罪と言えよう。

 僕は、カツカレーを慣れた手つきで口に頬張りながら、味も忘れ、彼女が注文して座るまでのわずか数秒を大いに味わう。

「まぁた、お前はカエデを見つめてる。よく、飽きもせず見れるなぁ。いくら、見てもカエデは振り返らない。諦めなって?」

 そんなことを言いながら、僕の一日の活動栄養分補給を邪魔するのは、生まれる性別を恐らく間違えたと思うくらいに豪快に僕の席の前で肉うどんを食べている淀川 夏姫だ。

 僕の家から徒歩2分で着く場所に住んでいる俗に言う幼馴染で、『淀川屋』という、定食屋で看板娘として働いている一応一つ年上の先輩。

 『淀川屋』には、バイトとして即座に採用してくれたので感謝している。

 淀川……やっぱり苗字は言いにくいな。夏姉は見た目や性格通り男子にも勝るほどの高い運動神経と、悔しいけども僕が足下に及ばないくらいに料理が出来る。

 ちなみに、失礼ではあるが見た目通りのアホである。

 しかし、噂ではそこそこ男子に人気らしい。

 ……他人の思いを否定する気は一切ないが、理解が出来ない。

 あと、夏姉は瀬野先輩の唯一無二の親友なのだ。

 これが、悲しいことに自称ではなく事実らしい。

 そんなことを思いながらいると、僕の至福の時間は終わりを告げてしまった。

 僕は、少し落ち込み、遅れながら夏姉の上げ足に反論する。

「うるさいなぁ、夏姉は。僕だって無理なことはわかってるよ」

 当たり前だ、この学校で一番有名な人材。色恋沙汰の情報も拡散は早い。

 そして、信じきれなかった僕は、きちんと遠くからではあるが確認した。

 彼女は間違いなく、恋をしている。

 お相手は、僕。という、まるで漫画やドラマのような展開では残念ながらなく、サッカー部の五十嵐 努先輩だ。

 美男子で、エースストライカーで、人気もある。俗に言う勝ち組である。

 それに対して、僕は比較的低身長にヲタ感ある眼鏡に、目立った才は無いと来た。

 勝率を例えるなら、将棋でプロに王将のみで勝つくらいの確率だろう。

 まぁ、要するに勝ち目がないというのが猿でもわかる戦いなのだ。

「けれども、けれどもだよ夏姉? 無理と好きを諦めるはイコールじゃないと思うんだ」

 僕は、信じきれない心情から確認と言う行為ののち信じるしかなくなってしまった。もちろん、ショックではあった。

 しかし、僕はそれだけで彼女を諦めることが出来なかった。

 どこかの凄い作品の一人の登場人物が言っていた。『心惹かれる子に好きな人がいるのは当然。恋をしているからその子は輝くんだよ。だから人は理不尽に恋に落ちるんだ』と、この言葉を僕はこの瞬間納得していた。

 そうか、だから先輩はあんなにも綺麗なのだと。

 これが僕が出した答えだった。好きという気持ちに嘘をつく。この行為がもはや罪であり、後悔の種であると。

 僕が彼女にこっぴどく嫌われても僕が僕のできる最大限の努力をして出た結果なら僕は素直に認めるつもりだ。

「ふーん……まぁ、せいぜい頑張ったら?」

 一応腐っても10年近く隣にいる幼馴染。僕を止めたところで無駄だということくらいは十分承知なのだろう。

「ありがとうな、夏姉」

「まぁ、いいよ。私が困ることは一つもないし……そうだ! 放課後、カエデを屋上に呼んであげようか? そこで、告白するなり、友達になるなり、襲い掛かるなりすればいいよ!」

 いや、最後のはどう考えてもだめだろ。

「って、おい夏姉! そんなイキナリ無理だって!」

「まぁ、頑張れよ! 若人よ!」

 そんなことを言いながら、17歳の一応女子高生は、僕のカツカレーのカツの一切れを素手で取って、口に投げ込んで僕の前から消えていった。

 はぁ……どうすっかなぁ……夏姉!お前を一生恨んでやる。いきなり、飛んだ難題をイキナリ持ってきやがって!ありがとうよ!



 風が強く吹く屋上。もうすぐ、春が終わりを迎えるが、ここは肌寒い。

 夏姉からの、難題を押し付けられて約2時間。授業のことは全く頭に入らず、この難題をどう切り抜けるかを考えに考え込んでいた。

 しかし、しかしだ。彼女と二人きりで会話が出来ると考えると無意識に心が高ぶる。頬が緩む。その反面、これが最悪、最初で最後の彼女との会話になるわけだ。

 そう考えると、いたるところから溢れんばかりの冷や汗が湧いて出てくる。

 どうしよう、どう切り抜けよう。何を伝えよう……うぅ、胃が痛くなってきた。

 頭が混乱してきたその時、緑のペンキで塗りたくられた鉄の重く冷たいドアが開いた。

 ドアの向こうには、一方的にはかなり見慣れた女性が居た。

 心臓が、労働基準法を破るとともに、体感温度が肌寒さを完全に打ち消す。

 ドアから一直線にこちらに向かって歩いてくる彼女の髪は風に揺られ、僕はそんな単純な状況にいちいちときめく。

 そして、彼女は僕の前でぴたりと止まる。

「えーっと、君が柳 晴也くんなのかな?」

 この状況で初めて間近に見る彼女が予想をはるかに超える美しさのせいで、混乱をさらに加速させる。

「あ、はい! 初めまして、柳 晴也って言います」

 だめだ、頭の整理がまだ終わっていないせいで、会話がおぼつかない。

 彼女の清潔で高貴な香りが風に乗せて僕の鼻へと送る。

 今、目の前に憧れの先輩がいるのが信じられず、これが夢なんじゃないかと思えてきた。

「えーっと、晴也くんは、どんなお願いをお姉さんにお願いしたいのかな?」

 その言葉をかけた先輩の表情は、わずかに暗くなり再び明るくなる。

 その時、僕の混乱した脳は確かな推理を本能的に導いた。


 彼女は、告白から避けたいのだ。


 告白で傷つくのは、告白した当人だけではないのはもちろんだ。当然だ、大切な人から自分のさらけだした愛に壁を立てられるのだから。

 その傷つく本人からすれば、傷ついたのは自分だけだと思うかもしれない。が、現実は両者が傷つくのである。

 まぁ、言うまでもなく知ってるだろう。

 彼女のような飛んだ容姿なら、こんな状況に招かれることなど星の数に並ぶほどあるだろう。

 そのたび、彼女は招かれる回数分苦しんできたのだろう。

 この一カ月、彼女を他の人からすれば気の狂うほど彼女を見続けた僕だ。そんなこと考えるまでもなかったのだ。

 僕の最優先事項は、彼女と付き合うことでも彼女と友達になることでもない。彼女を悲しませず、彼女の笑顔を見届けることだ。

 そのためなら、僕は何でもしたい。

 どうする。どうすれば彼女を悲しませない言葉が出せる。

 考えろ。この人生一度たりとも本気で回転させたことのない脳だ、意外な引出しに何かあるかもしれない。

 考えろ……考えろ……考えろ。

「……あ」

「……?」

「……さい」

「ごめんさい、もう一度言ってもらっても?」

「あなたの理想を教えてください!」


 何を血迷ったのか、散々考えた僕の頭の答えは、この発言へと導きだされていた。 

 

 

 

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