第26話 そろそろ試してみましょうか



 クリストファー殿下ほどではないにしても、フレデリックもシリルも時折ちょっとした仕草に匂い立つような色気を帯びることもあり、油断していると赤面しそうになる。成人前後の子どもだとは思えないほどである。


 少年から大人になっていく過程にいる彼らの、未完成な美しさは危うくて、独特な魅力は目が離せなくなるほどで……画面越しなら耐えられるが、生身を直接相手にするとか無理だとヴィヴィアンは思った。


 婚約者であるシリルにしても、前世ではあんなイケメンは身近にいなかったし、記憶を取り戻してからは変に意識してしまう。

 幼い頃に婚約が決まってから定期的に会っている相手にも関わらず、今まで平気で対応出来ていたことが信じられないくらいで……挙動不審にならないよう平常心を保つのに精一杯になってしまった。

 鋭い彼のことなのでヴィヴィアンの変化など見抜かれてしまっているだろうが……。



「シエル様にも相変わらずお声をかけているとお伺いしていますが、殿下を狙っているとは……」


「……多分ですけど、今は大好きな乙女ゲームの世界だと気づいて、ちょっと舞い上がっているのかもしれません。リリーからの手紙にも、他の攻略対象の周りにもよく出現していると書いてありましたし」


 それだけではなく、相手に婚約者がいようとお構い無いしに多数の男子生徒に声をかけ、令嬢達のひんしゅくを買っているらしい。


「そうですわね。それこそ五名の主要攻略対象者以外のキャラがどなたなのか、分からないぐらいにはたくさん手当たり次第にと」


「困ったことに実際そうみたいです。でも影からの報告では、明らかに殿下に対する振る舞いが他の方とは違うようです。テンションが高いというか?」


「まあ、そうなんですの」


「はい。殿下のルートに入りたいなら、逆ハーレムエンドなど悠長に狙っている暇はないはずなんですけどね?」


「ええ。王族が学園に通う期間は警備も大変になりますし、早く卒業するようにと言われていることでしょう」


「確か、王太子殿下も三年でご卒業されてますしね。彼女的には急がないといけないはずですが、目移りしているみたいです」


「皆様、タイプの違う美形揃いですもの、お気持ちは分かりますが……では今のところ、彼女がどのルートに入るかはまだはっきりしないといっていいようですわね?」


「ええ、少し様子をみる時間がありそうで、こちらとしては助かりますが……」




 ヒロインには各種能力値を上げようと努力している様子もないし、どれが恋愛イベントなのかは分からないくらいそちらには積極的に取り組んでいて、的を絞って攻略している様子もない。

 彼女が高スペックの主要攻略対象者を本気で落としたいなら、成績優秀者でいないと学園で活躍できずに厳しいのに、恋愛に関してだけはチートなせいで怠惰に過ごしているとは……。

 努力すればするほど素敵なエンディングを迎えられるはずなのに何を考えているのか分からない。


 まあ、ヒロインが自己研鑽し始めてしまうと、それに比例して悪役令嬢の未来は悲惨になっていくのだから、この状況が続くのはヴィヴィアンにとっては歓迎すべきことなのだが……。


 ――むしろもっとやれと言いたい。


 王立学園の生徒にとってはこの上なく迷惑だろうが、こちらも命がかかっているのだ。そう心の中で願ってしまうくらいは許して欲しいと思った。




「その間にそろそろこちらも、精霊契約を試してみませんか?」


「いいですわね……って、ああぁぁぁぁぁっ!?」


 マズいことを思い出しましたわ……いえ、思い出さなかったらそれはそれでマズいので思い出してよかったのですけれど……。


「ど、どうしたんです!?」


 突然、淑女らしからぬ奇声をあげてしまったせいで、フレデリック様を驚かせてしまいました。

 申し訳ないですが、でもちょうどいいですわ。例の件が、冒険者ギルドの初依頼を受けた馬車の中で断り損ねた時から、全く進展がないということをお伝えしませんとっ。


「あの、実はですね……まだシリル様の転校を阻止できておりませんの」


「あぁ、なんだ。うん、もう無理だと思いますよ?」


 それを聞いたフレデリックはあっさりと言い切った。


「……え?」


「いや、あれだけヴィヴィアン嬢がその話を切りだそうとする度に、邪魔をしている彼をみたら分かりますって。シリル様は絶対諦めないと僕は思います」


「……そう、でしょうか?」


「ええ。ここは潔く覚悟を決めませんか」


「……と言いますと?」


「つまり、シリル様に頭が変だと思われてもいいですから、今からでもこちら事情を一部分だけ説明して、協力してもらいましょう」


「ううっ……もう、それしかないですわよね」


「はい。むしろこの一ヶ月間、よく頑張ったと思いますよ?」


「わ、分かりました。わたくしも覚悟を決めますわっ」


「頑張ってっ。僕も援護射撃をしますから。とりあえず、前世を覚えているとかこの世界が乙女ゲームに類似しているとか情報は無しの方向でいきましょう。予知夢を視た、ということにすればまだセーフですよね」


「ええ。そうして偶然、二人共に同じ予知夢を視たと気づいて保身の為に転校した……ということにすれば?」


「いいと思います。僕もそれで影を説得できましたし」


わたくしもアリス達にそうやって説明しましたわ。シリル様相手でも、たぶん大丈夫ですわよね?」


「うん。この世界は魔法もあるし、神託とかもあるし……占いで未来視とかも普通にするから、後は僕達が挙動不審にならずにスマートに説明できれば、ちょっと変人扱いされるだけで乗り越えられる……んじゃないかなぁ?」


「変人扱い……」


 グサグサと心にダメージが入るが命には変えられないし、多少のリスクは仕方ないと割りきることにした。





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