第8話 ご褒美のケーキ



「では、フレデリック様のお使いになる影とも、連携をとったほうがよろしいですわね」


「そうですわね。というわけでお嬢様、お身の安全を確保するためにも、フレデリック様の影と繋ぎをとること、お許しくださいませ」


「ええ、それは構わないけど、まずはケーキをいただいてから……」


「いいえ、どうぞ先にお手紙にしたためてください。一刻も早くご了承を得ませんと」


「ええぇ、今から? ケーキを食べた後じゃだめですの?」


「駄目ですっ。まずはお届けするのが先ですわ……ほら、お早く!」


「はぁ、わたくしのケーキ……」


「早くやればそれだけ早くケーキが食べれますよ、お嬢様。頑張ってください」


「分かりましたわよっ」





 というわけで早速、協力体制を取ることを提案し、その旨を記した手紙をセレスに託してお使いに行ってもらった。


 その間にアリス自慢の、ホイップクリームがたっぷり乗ったイチゴのケーキをサーブしてもらい、いそいそと引き寄せる。



 ――ふわぁぁっ、もう、見れば見るほど美味しそうですわぁ。



 でも今なら分かる。このケーキが暴力的なほどのカロリーの塊だということが! だからアリスがたまにしか作ってくれなかったのだということも……。


 早速、一口分をサクッ切り取ると、ワクワクしながら口に運ぶ。


 キメが細かくしっとりとした生地がシュワシュワと口の中でほどけ、スポンジの間に挟まっている濃厚なバターミルクの風味と、それに絡まりつくイチゴの酸味がまた程好くて……いつもながら素晴らしい。


 絶妙で味わい深いハーモニーが、口の中いっぱいに広がっていく……これぞ至福の味です。


「美味しいわ……生きてて良かったぁ」


「ふふふっ、それはようございました」


「ええ、とっても幸せよ。次は是非、アップルパイが食べたいわ」


「そうですね……では、甘さ控えめでよろしければ明日にでもお作りいたします」


「お願いね!」


「はい、承りました」




 念願のケーキを前に、若干浮かれ気味に堪能しながら食べていると、アリスが言った。


「そうそう、シリル様からお手紙が届いておりましたよ」


「まあ、三日前にもお返事を出したばかりですのに……もうですの?」


「そのお手紙の内容を……だと思いますけれど?」


「……やっぱり、アリスもそう思う?」



 ――婚約者であるシリル様相手に、手紙ひとつで直接挨拶もせずに王立学院を転校したのはまずかったか……。




「はい。それに、あの方のことですから早くお返事をなさらないと、ここまで乗り込んで来られるかもしれませんよ」


「ええぇぇぇっ。めんどくさいですわねぇ」


「お嬢様っ。仮にもシリル様は婚約者なのですから、面倒くさいなどとおっしゃってはいけません」


「……分かってますわよ」


 私とわたくしより一歳だけ年上なだけですのに、きっちりした方ですからきっちりと対応しないとややこしくなりますの。



 ――でも、婚約者のご機嫌取りより自分の命の方が大切なのは当然ではありませんこと?


 説明しづらい特殊な事情があるのですから、仕方ないではありませんか。


 この学園に入学する為の試験準備で忙しくて、直接お会いするのをお断りし続けてしまったのは申し訳なく思いますけれども…… 。

 わざと避けていたとかではなく、本当にただ時間がなかっただけなのですが、問題はその言い分があの方に通じるかどうか……。




 ――しかし前世を思い出してから、婚約者に以前ほど興味が持てないのは助かっているのですが、これって悪役令嬢的にどうなのでしょうか……乙女ゲームの役割を放棄してないです?

 元々、こちらの世界のわたくしも恋愛脳ではなかったですし。そこへ更に、前世で三十数年生きた大人の女の知識が中途半端に入り影響を及ぼしたようで、宰相家なんて堅苦しくて窮屈そうだなぁなんて思うようになってきてしまいましたし。


 心配なのは、わたくしが予定とは違う道を歩き始めたことにより、シナリオの修正力のようなものが働いてしまうのではないか、もしそうなってしまったらどう対処すればいいのかしら……と言うこと。


 ……う~ん?


 こんな非日常的な体験、滅多にありませんでしょうし、一人で考えていても全く解決策は出てきませんわねぇ……はぁ、困りました。


 モヤモヤする気持ちを落ち着かせようと、新たに入れ直された紅茶をいただく。


 ほっと一息つけたのはよかったのだが……ああ、なんてことっ。


 余計なことを考えている内にわたくしの大事なケーキがっ。いつの間にか楽しみにしていた最後の一口を、無意識に食べきってしまっているじゃありませんか!?


 ――久しぶりですし、もっとよく味わって堪能しておきたかったというのに……。


 アレですわね。美味しいものを食べている時はその食べ物だけに集中しませんと、何だか損した気分になるものなのですね……もったいなかったですわ。




 空っぽの空を見つめて若干、凹んでいると……。


「さあ、お嬢様。 おやつが終わりましたので、シリル様宛にお返事をお書きください」


 容赦なくアリスの指導が入りました。


「は~い……」


 ――仕方ありません……。


 気は重いですが、思いきって筆をとることに致しましょう。





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