第54話 後輩で元カノで、これからは

 あのあとの事を話そう。


 陽菜は泣き止んだ直後にやってきたおじさんとおばさんから流石にやり過ぎだとこってり絞られ、そのあとにやってきた蘭からもお叱りを受けていた。


 どうやら、おじさんたちには自分が睡眠時間を削ってる事を言わないようにと蘭と凛を口止めしていたらしい。


 それでよくバレずに2週間近くもやり切ったもんだ。


 完全に気が抜けたのか、あのあと陽菜は熱が上がって、1日入院したけど、次の日にはすっかり元気になっていた。健康体が過ぎる。


 るなには電話をして、途中で放置して帰った事をちゃんと謝った。


 理由をちゃんと話すとるなは「そんなの怒れる訳ないじゃないですか」と不機嫌ながらにも最後には許してくれたので、よかった。


 そして、偽彼氏の必要が無くなった俺の部屋に、陽菜と有彩は戻ってきたんだけど、ダサい事に、今度は俺が風邪を引いて、休みの間寝込んでしまう形になった。


 原因は雨の中を走った事により、濡れた身体を長時間放置した事。


 完全に夏が近いし、気温も高めだし大丈夫だろ余裕余裕と放置したのが仇になった形だ。


 


 休みの間、陽菜と有彩と、俺の風邪の事を聞いたるなが見舞いに押しかけてきて、俺は3人の美少女に、慌ただしくも甲斐甲斐しく世話をされたのはまた別の話だ。


 そんな事があったけど、休み明けにはすっかり復活し、俺たちの関係も生活も晴れて元通り。


 そして、終業式も近くなってきた7月のある日。今日は球技大会の日だ。


「はぁー疲れたぁ……」


 昼休憩になって、俺はグラウンド脇のベンチに腰をかけていた。


 例年よりも早く梅雨も明け、夏を感じさせる青空の下、吹く風とても気持ちいい。


「どうにかここまでは勝ち上がってこれたね」


 隣に座って、膝に弁当箱を置いた遥が爽やかに笑う。


「まあな」


 実際は結構危なげ無く勝てる試合ばかりだったんだけどな。クラスメイトの野郎どもが女子にいいとこ見せようとしていつもより張り切ってるし。


 いつもはリア充を追い回している無駄な身体能力を正当に活かしている訳だ。


 ……まあ、相手チームにリア充やらイケメンやらがいたら率先して潰そうとするから、ファウルしまくって退場すれすれだったりもするんだけど。


「お疲れ様です、理玖くん」


「お待たせーりっくん」


 遥と談笑していると、弁当箱を持った陽菜と有彩がやってきた。


「おーお疲れ、2人とも。女子も勝ってるんだろ? お互いに昼からも頑張ろうぜ」


 試合が被って見に行けてないけど、女子の方も順調に勝ち進んでいるらしい。


 今日家を出てから殆ど顔を合わせていなかったけど、昼は一緒に食べたいと陽菜から言われ、こうして集まっているという訳だ。


「あれ? るなちゃんはいないんですか?」


「あー、なんか家の用事? とかで早退したみたいだぞ?」


 るなのクラスはすぐに負けたらしく、全ての試合が終わるまで時間がかなり空いてしまうみたいだったし、峰月家の事は教師たちも知ってるから、すんなりと帰してもらえたらしい。


 ……というか、俺がいる=るながいるになってるのは、もうすっかりるなが俺たちの輪に入ってるって事だよな。


「そうなんだ。じゃああたし、りっくんのとーなり!」


「あっ!」


 陽菜が素早く俺の隣に腰をかけてきて、肩が軽く当たる。


 元通り関係になったとは言ったけど、病院での出来事以降、なんか陽菜の距離がもっと近くなったような気がするのは、気のせいか?


 鼻歌を歌って、ご機嫌そうにしている陽菜とは対照的に、なぜか有彩の方は不機嫌そうにむくれてしまった。


 そんなにこのベンチがよかったのか?


「はい、りっくん! お弁当!」


「ああ。サンキュー」


 陽菜が満面の笑みで渡してきた弁当箱を開くと中身は普通のよくある弁当。


 ん? 有彩が作ったにしては、なんか卵焼きとか形も不揃いだし、少し焦げてる?


「そのお弁当竜胆さんが作ったの?」


 遥も気になったらしく、首を傾げていた。


 その可愛さだけで、俺は飯を食える自信がある。


「ううん、あたしが作ったの」


「ご馳走様でした」


 即座に弁当箱の蓋を閉めた。


「まだ食べてないじゃん! どうして逃げようとするの!?」


 立ち上がりかけた俺の腕を、陽菜ががっしりと掴んでくる。


「ええい離せ! こんな所にいられるか! メイドイン陽菜は危険過ぎる! まだ午後の試合が残ってるんだ! ここで倒れる訳にはいかない!」


「大丈夫だってば! ちゃんと有彩にも見てもらいながら作ったし、この日の為に店長にも教えてもらいながらたくさん練習したんだから!」


 そ、それなら……いや、でもなぁ……。


「陽菜ちゃんの言う通りですよ。きちんと監修しましたし、陽菜ちゃん、この日の為に頑張ってたんです。食べてあげてもらえませんか?」


「……りっくん。お願い。あたし、頑張ったから。食べてほしい、な」


 自信無さそうで、不安そうにしながらも、その声には真剣味が帯びていた。


「あーもう分かったよ! そんな顔されたら断れないだろうが!」


「りっくん……!」


 やけくそ気味に叫んでから、俺は箸を握り締め、最初に口にする物を吟味して、卵焼きに箸を伸ばした。


「……本当に大丈夫なんだよな? なんか陽菜が作ったって聞くと、この焦げも包んだチョコがはみ出してるんじゃないかって思えてきたんだけど」


「「……」」


 有彩と遥が否定しないあたり、どうやら2人も俺と同意見らしい。


「大丈夫だよ! さっきも言ったでしょ? 有彩も見てくれてたんだから!」


 その見てくれてた本人がチョコ包んでる疑惑を否定しなかった事にはツッコまない方がいいんだろうか。


 気になる部分はあったけど、俺は意を決して、卵焼きを口に放り込み、


「……美味い」


 思わず呟いていた。


「ほ、ほんとに!?」


「ああ! ちょっと甘いけど、十分美味い! すげえな陽菜! 本当に頑張ったんだな!」


 今までの陽菜からしたら想像もつかない程に、卵焼きは美味かった。


「や、や、や……やったぁ! 聞いた!? 有彩、小鳥遊君! りっくんが美味しいって言ってくれた!」


「おめでとうございます、陽菜ちゃん!」


「すごいよ! おめでとう!」


 ……もしかして、陽菜が毎日バイトのシフトを入れて、遅くまで働いてたのって、店長に料理を習ってたからなのか?


 だとしたら、倒れるまで頑張った陽菜のこの味は、努力の味だよな。


 笑顔を弾けさせる陽菜を見ながら、俺はしみじみと幼馴染の成長の感慨にふけりつつ、卵焼きをもう1つ、口の中に放り込んだ。






「……惜しかったなー、女子」


 球技大会の全試合が終了して、部屋に帰ってきた俺は、陽菜と有彩に向かって、改めてそう口にした。


 結果としては、男子は昼からの試合ですぐ負けてしまったものの、女子は準優勝という快挙。全クラス中2位なんて、目覚ましい結果だろう。


「だねー。あー疲れたー」


 陽菜が体操着のまま、ぼふりとソファに倒れ込んだ。


「陽菜ちゃん、なにか飲みますか?」


「ありがとー有彩ー。じゃあアップルジュースおねがーい」


 陽菜がソファに突っ伏したまま、くぐもった声で言う。


 どこか声に疲労感が滲んで聞こえるのは、結構動き回ってたからだろう。


 昼から殆ど空いてしまった時間で、女子の試合を見学していたけど、運動神経がいい組にカウントされている陽菜は結構出ずっぱりだった。


 そりゃ疲れるよな。


 もしかしたら、陽菜はシャワーを浴びてすぐに寝落ちするかもな。


「はい、理玖くんもどうぞ」


「ん、サンキュー」


 そう思っていたんだけど、有彩がジュースを片手に陽菜の近くに寄ると、


「そうだ! 打ち上げしようよ!」


 勢いよくガバッと起き上がった。


「打ち上げ?」


 聞き返すと、陽菜は受け取ったジュースをぐいっと飲み干す。


「そう! 打ち上げ! 最近色々あってバタバタし過ぎてたけど、もうすぐ夏休みだし、1学期もお疲れ様でしたーみたいなやつ!」


「いいんじゃないか? 部活ある組は予定がどうか分からないけど。有彩はどうだ?」


「私もいいですよ。賛成です」


「よーし決まり! じゃあ早速予定を——」


 ——プルルルル。


 陽菜の言葉を遮ったのは、俺のスマホの着信音だった。


「あー、悪い。……るなからだ」


 画面を確認し、通話を開始する。


「もしもし?」


『もしもし。突然すみません、理玖先輩』


「いや、いいけど。どうかしたのか?」


『理玖先輩ってもうお部屋に戻ってますか?』


「……? ああ、もう部屋だけど」


『なら今からそっちに行きますね』


「えっ、おい?」


 既に電話は切られていた。なんなんだ、一体。


 怪訝に思っていると、今度は部屋のインターホンが鳴り響いた。


 うん? タイミング的にるなだろうけど、早過ぎないか? もう部屋の前にいる時に俺が部屋にいるかどうか確認の為の電話だったのか?


 俺はモニターを確認する事なく、玄関へ向かい、扉を開けた。


「お疲れ様ですっ、理玖先輩っ」


 そこには、やっぱりるながいた。


 手にはなにか紙袋を持っている。


「ああ、お疲れ。とりあえず上がるか?」


「はいっ、お邪魔しますっ」


 立ち話もなんだったので、俺はるなを部屋へと通す。


 あれ? そう言えば……。


「なんか家の用事とか言ってなかったっけ? 終わったのか?」


「いえ、それはまだなんですけど。というかここに来るのがその用事の締めくくりだったりします」


「え?」


 リビングへと戻ると、陽菜と有彩が少し驚いたように目を見開いた。


「あれ? るなちゃん今りっくんと電話してたよね?」


「部屋の前にいたんですか?」


「んー……当たらずとも遠からず、ですね」


 意味深な言い方に、俺と陽菜と有彩は3人同時に首を傾げる。


 そんな俺たちの様子を見て、るなはにっこりと笑みを浮かべて、紙袋の中身を取り出した。


 渡されたのは、引っ越しそば?


「——今日からお隣に引っ越して来ました、峰月るなですっ! 改めて、よろしくお願いします!」


 ……は? 引っ越して来た? ……は!?


「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇええええええっ!?」」」


 突然告げられた言葉に、俺たち3人は揃って声を上げた。


「ちょっ、ちょっと待て! 隣には山本さん一家(就職浪人中の息子がいる)が住んでただろ!? その人たちはどうした!?」


「息子さんの就職先を是非峰月グループでと言ったら喜んで部屋を明け渡してくれましたよ? ご両親にも新しい住み場所として一軒家を提供しました」


 流石金持ちすげえ!? 


「というわけで、これからはお隣さんとして、理玖先輩にもうアプローチしていきますので、覚悟しててくださいねっ♪」


 口を開けたまま唖然とする俺たちをよそに、後輩で元カノの峰月るなは、可愛らしく敬礼のポーズを取って、ウィンクを決めてみせたのだった。







***


あとがきです。


長らくお待たせしてすみませんでした!

これにて2章は終わりとなります!


新作の書き溜めや3章の執筆を続けて行っていこうと思うので、書き手として本格的に復帰するのは来年になってしまうと思います。


またお待たせしてしまう形とはなりますが、よければフォローや評価をしていただけると嬉しいです!


来年はもっと速度を上げて書けるように、あまりお待たせすることのないように頑張ります!


本当にお待たせしてすみませんでした!

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