第50話 気が付いたら休みが終わってテスト当日になっていた

「……――く」


「……」


「……――りく?」


「……」


「理玖ってば!」


 俺を呼ぶ声と、肩を軽く揺すられる感覚でぼーっとしていた意識が浮上してきて、急に景色が鮮明になった。


「遥……? なんだよ、どうした?」


 鮮明になった視界の中で、遥が心配そうに俺を覗き込んでいた。


「どうしたのはこっちのセリフだよ! 今日1日ずっとそんな感じだよ?」


 遥に言われ、ようやく記憶が蘇ってきた。


 と、言っても今日の記憶だけで、日曜日の記憶は丸々ない。


 気が付いたら月曜になっていて、約束した通り、るなと一緒に登校して、テストを受け終わって、帰ろうとしていると遥に呼び止められて、空返事をして、流されるままに自販機の前まで来たんだった。


 無意識なのにきっちりと飲み物は買っていたらしく、手の中にはカフェオレを持っていた。


「……悪い」


「もしかして体調悪い? それともなにか悩みでもあるの?」


「……悩みの方だ」


「なにがあったの? 理玖がこんなになってるの、初めて見たよ」


 ぐいっとカフェオレを飲み込み、脳に糖分を補給してから、俺は口を開く。


「……陽菜と、ケンカしちまった」


「え?」


 驚いてこっちを見る遥に、力無い笑みを浮かべ、陽菜とケンカした日の事を説明し始める。


「……そうだったんだ」


「ああ。売り言葉に買い言葉で、俺もカッとなっちゃってさ」


 当然、あれから陽菜と会話もしていないし、連絡すら取り合っていない。


 教室でも、陽菜からは断固としてこっちを見ないようにしているのが、伝わってきた。


 顔色はいつもと変わらないように見えたけど、あんなに無茶な詰め込み方をしておいて、いつも通りっていうのは逆に不自然だ。


 絶対無理してるに決まってるのに、情けないことに、俺には陽菜を止める為の言葉が思いつかない。


 ……遥だって、俺を責めるんじゃないか? もっと言い方は無かったのかとか、陽菜の気持ちを汲んでやれ、とか。


 そう思っていたんだけど。


「……うん。今回、理玖は悪くないと思うよ」


「え?」


「理玖の言ってる事、間違ってないもん」


「で、でもさ、俺がなにかやったから、陽菜が怒ったんだろ? 陽菜があんなに感情的に怒るなんて、初めてなんだしさ……」


「僕は理玖だけじゃなくて、高嶋さんから結構話を聞いたりするし、高嶋さんの方の情報を合わせて考えても、今回の事は高嶋さんの暴走、かな」


 そうなのか……? 


 いや、確かに遥も中学の時から陽菜の相談に乗ってるっぽいし、その遥がそう判断したなら、そうなんだろう。


 だとしたら、問題は、一体なにがあそこまで陽菜を追い立て、暴走に追いやったのかということになるんだけど……。


「だから、理玖が謝っても事態が収まることはないと思うし、余計に高嶋さんを追い詰めることになると思うから、高嶋さんが謝ってくるまで謝らない方がいいよ」


「……分かった」


「高嶋さんも、きっと自分が悪いって思ってるはずだから。僕から話を聞いてみるよ」


「……ありがとな。助かる」


 天使かよ。マジで遥と友達でよかった。


 友人に対して心の中で最大限の感謝を向けつつ、俺は残っていたカフェオレを全て飲み干し、缶をゴミ箱に放る。


「帰る?」


「ちょい待ち。るな置いて帰ったらなに言われるか分からん」


 教室に俺の姿が無かったから、今頃探し回ってるかもしれない。


 ……いや、それならるなからなにかしらのメッセージが大量に送られてくるなりしてそうだけど、さっきら俺のスマホは沈黙を保っていた。


 そう思った直後、スマホが小刻みに震え始める。画面を確認すると、るなからの電話だった。


 俺は遥に片手を立てつつ、通話ボタンをタップした。


『あ、もしもし理玖先輩? 今どこにいるんですか?』


「悪い、今自販機のとこだ。ちょっと遥と話してた。場所行ってくれたら俺がそっちに行くぞ」


『いえ、大丈夫です。近くなので、るながそっちに行きます。では』


 耳元でプツッと音がしたので、俺はスマホから耳を離した。


 それから10秒も経たない内に、るなが廊下の角からひょっこりと姿を現した。


 マジで近くにいたんだな。


「お疲れ様です。理玖先輩、遥先輩」


「うん、お疲れ様。……じゃあ、理玖。僕は邪魔になりそうだし、帰るよ。また明日ね」


「ああ」


 遥は去っていく際、こっちを半身で振り返り、小さく手を振ってからまた背中を向けて歩いて行った。


「悪い。探させたか?」


「いえ、るなが先輩の所に行こうとしたら、ちょうど電話がかかってきて、今まで話してたんですよ」


「そうなのか」


 通りで電話がさっきの1回だけだったはずだ。


 納得していると、るながどこか真剣味を帯びた表情で俺を見上げてきていた。


 いや、というよりは、なんか緊張してる?


「……電話、お爺ちゃんからだったんです。こっちに来る日の連絡でした」


「……それで、お爺さんはなんて?」


「期末テストの最終日、るなと先輩に会いに来るそうです」


 4日後、か。いよいよだな。


 デートだとか、一緒に過ごしてきて、それなり準備はしたつもりだけど、やれることは全部やった、とは言い切れない。


 そもそも、偽彼氏なんてなにをどうやったら正解になるのか、なんて分からないのだ。


 まあ、今更どう足掻いてもあとはるなのお爺さんが来る日を待ち構えることしか出来ない。


 陽菜の事もあるけど、今はそっちの方に集中しよう。


 どうにか意識を切り替えるように努めつつ、俺はるなにどこか店に入って昼食を済ませてから、デートをしようと提案した。


 最後まで、偽彼氏としてやれることはやっておかないとな。


 



 ――そして、るなのお爺さんが来る日がやってきた。

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