第48話 同居人にお土産を

「本当家まで送らなくて、ここでいいんですか?」


「ああ。今からちょっとお土産を渡しに行こうと思ってな」


 パレードまで見終えた俺たちは、リムジンに揺られて住んでいる街へと帰って来た。


 俺が降ろしてもらったのは、俺の住むマンションからは少し離れた所。


 言葉通り、これからお土産を渡しに行くつもりだ。


「明日は流石に会えないんですよね?」


「まあ、な。週明けからテストだし、明日はちゃんと勉強しておきたいんだよ」


 偽彼氏としての自分の責任があるけど、それ以上に、やらないといけないことだろう。


 もし、それで成績が極端に悪くなってしまえば、きっと叔父さんに心配をかけてしまうことになるのだから。


 叔父さんが家を出て、1人で遠くに暮らせているのは俺のことを信頼してくれているからで、偽彼氏の責任を言い訳にして、その信頼を裏切るようなことがあっちゃいけないしな。


「……分かりました。確かにそれは大事ですからね。連れまわしているのはるなですし、それで理玖先輩の成績が下がるようなことがあったら嫌ですし、我慢します」


 るなは少し寂しそうな顔をしたものの、頷いてくれた。


 るなは押しが強いけど、こういう素直にこっちの言うことも尊重してくれるところは好感が持てるよな。


 ……暴走しがちなところはなんとかしてほしいと思わなくはないけども。


「じゃあ、また月曜日にな」


「はいっ。あ、るながこっちに来てもいいですか? 一緒に登校したいですっ!」


「はいはい。ちゃんと勉強しろよ」


 はーい、と間延びした返事をしたるなが、運転手に合図をすると、るなを乗せたリムジンは徐々に動き始める。


 窓から軽く顔を出して、こっちに向かって手を振ってくるるなの姿が見えなくなるまで見送り、俺は目的の場所に向かって歩き出す。


 その道中に、お土産を渡す相手にもうすぐ着くという旨のメッセージを送り、歩を進め続ける。


「……まだ来てない、か」


 目的の場所である公園に着いたはいいけど、待ち合わせ相手の姿はまだなかった。


「着いたって連絡はしない方がいいよな。焦らすことになるし」


 そう言った矢先だった。


「お」


 相手の姿が見えて、目が合った。


 片手を軽く挙げると、相手はとたたっと小走りに切り替えて、こっちに近寄ってくる。


 いつもとは違い、長い黒髪を下の方で2つに結っていて、動きに合わせて軽く揺れている。


「すみません、お待たせしましたか?」


「いや、俺もちょうど今来たところだ。有彩」


 やや焦ったような表情を浮かべてお辞儀をしてくる有彩に、そう返す。


 すると、有彩は何故か頬を少しだけ赤らめて、頬を緩めた。


「どうした?」


「い、いえ……なんだか、デートの待ち合わせみたいだなと思って……」


「……言われてみればそうだな」


 そう言われればちょっと意識してしまってむずがゆくなってしまう。


 偽とはいえ彼女とのデートを終えたあとになにを、と思うかもしれないけど、慣れていないので許してほしい。


 同棲するようになって、毎日顔を合わせるようになって、物理的に距離が縮まったから、感覚が少し麻痺していたけど、相手は学校一の美少女と名高い女の子なんだ。


 そんな子からデートみたい、と言われて意識するな、と言う方が無理があるだろう。


 まあ、有彩とは既に取材で仮とはいえ、既にデートっぽいやりとりどころか、手を繋いだりまで済ませているわけなんだけど……こういうのは慣れそうにない。


「ホテル暮らしはどんな感じだ?」


「正直、凄く快適ですよ。ルームサービスも充実してますし。……るなちゃんに高級ホテルのスイートルームを予約したって言われた時はビックリしましたけど」


 有彩はこの1週間、るなが予約してくれたホテルに滞在している。


 お詫びの気持ちだとは話には聞いていたけど、ルームサービス付きのホテルなんて俺がそっちに泊まってみたいくらいだ。


「とりあえず、これ。お土産な」


 手に持っていた紙袋の1つを有彩に手渡す。


「ありがとうございます」


「一応有彩が好きそうなものにしたんだけど、好みじゃなかったらごめんな」


「買ってきてもらえるだけで嬉しいですよ。……でも」


「でも?」


「るなちゃんとのデートで買ってきた物だと思うと……凄く複雑です」


 微笑みが一転して、有彩は何故か不機嫌そうな表情を浮かべる。


 なにが複雑なんだ? ……あ、そうか。


「まあ、有彩の気持ちも分かるけどさ」


「え!? 私の気持ちが!?」


「そりゃそうだろ? 一緒に暮らしてるわけだし。悪い、俺が無神経だった」


「い、いえ……! 気持ちに気付いて貰えただけで、私は……!」


 有彩は頬を赤くして、どこか期待をするような目を向けてきた。


 そんな有彩に俺は微笑みを返し、


「自分が好きな相手と上手くいってない時に他人からデートのお土産渡されたら腹立つってことだよな?」


「っ……! り、理玖くん……! ほ、本当に私の気持ちが……!」


「……? 大げさだな。有彩に好きな人がいることなんて同棲し始めた時から分かってる事だろ? というかそれが理由で始めた同棲だし」


「え……?」


 ぽかんとして首を傾げる有彩。


 なんだ? 今のやり取りの中に不思議に思うところなんてあったか? すれ違うような要素も無かったよな?


 だって有彩は、好きな相手と離れない為に俺と同棲を始めたんだから。


 首を傾げていた有彩だったけど、やがてなにか自分の勘違いに気付いたように、頬をひくっと引き攣らせた。


「もしかして、今までの話って……!?」


「え? だから、有彩が好きな人と上手くいってない時に俺が誰かとデートしてるのが気に食わないって話だろ?」


「ふぐっ!?」


 確認の為にさっき言ったことをもう1度繰り返すと、有彩がまるで腹パンをもらった時のような声を上げた。


 ぷるぷると羞恥に悶えるように震え、顔が徐々に真っ赤に染まっていく。


「だ、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……! ちょっとトラックにはねられて異世界転生したくなっただけですから……!」


「それ遠回しに死にたいって言ってない!? 全然大丈夫じゃないだろ!?」


 今の一瞬で死にたくなるような勘違いってなんだ!? というか俺にはなにが勘違いだったのかすら分からないんだけど!


「うぅーっ……! どうしてこんな核心を突きまくった奇跡のような勘違いが起こってしまうんですか……!? 意味合い的に全く間違えていないのが恐ろしすぎますよ……! いや、諸々と全部自業自得なんですけど……!」


「お、おい有彩?」


 なんか高速の小声でぶつぶつ言い出したんだけど……やっぱり大丈夫じゃなくないか?


「はっ! す、すみません。取り乱しました」


「あ、ああ」


「こ、こうして顔を合わせて話すのは久しぶりですし、もう少し話していたいところですけど、今のままだとまたなにかやらかしそうなので……もう戻りますね」


「結局なにをやらかしたんだ? 俺よく分かってないんだけど」


「ひ、秘密です! お土産ありがとうございました!」


「あ、おい!」


 有彩はお礼を言うや否や、普段の運動苦手っぷりからは想像がつかない速さで去って行った。


 ……俺も帰るか。いつまでもこうしてても仕方ないし。


 有彩が走って行った方から視線を切ると、ポケットの中のスマホが震えた。


 取り出して見てみると、


『色々とすみません。テスト、お互いに頑張りましょうね』


 という文字の後にデフォルメされた犬が頑張りましょー! と拳を突き上げている可愛らしいスタンプが続けて送られてきた。


 俺はやや迷い、文字は返さずにおー! と拳を突き上げているデフォルメされた犬のスタンプだけで返信した。


 それから返信を待たずにスマホをポケットにしまおうとして、


「ん」


 ポケットに入れる前にスマホが再び震えた。


「……電話? 誰から……って、蘭から? 珍しいな」


 画面に表示された名前は、陽菜の妹の蘭。


 蘭から電話なんていつ以来だ? って早く出ないと絶対文句言われる。


「もしもし、蘭? どうした?」


『——遅いっ。ただ電話出るだけなのにどれだけ待たせるのよ』


 案の定、右耳につけたスマホから蘭の不機嫌そうな声が聞こえてきた。


「悪い。珍し過ぎて固まってた。なんか用か?」


『用があるから電話したんじゃない』


「それもそうだ。で、なんだ?」


『あー……あのさ……』


 ……? なんでもハッキリものを言う蘭が言い淀むなんて電話に続いて珍しいな。


『お姉の、ことなんだけど、さ』


「陽菜がどうかしたのか?」


『……お姉、最近なんか根詰め過ぎっていうかさ……理玖、なんか知らない?』


「……いや、知らないけど」


 ここ1週間、学校でも挨拶したりとか一言二言くらいしか話してないし、様子が変とか……あ、でも。


「確かに陽菜にしては余裕無さそうにしてたりすることが多かったような気がするな」


 休み時間の度にノートを開き、テスト勉強をしていたり、体育の時間になんか肩に力入り過ぎてたりしてた。


 その余裕の無さは、なんだか陽菜らしくなかったよな。


『……やっぱり。同棲も急に一時的に中止とかするし、訳分かんないんだけど』


「陽菜から聞いてないのか?」


『聞いても教えてくれなかったのよ。急に同棲止めた日から、お姉、毎日バイトで夜遅くに帰って来るし、帰って来てからもいつ寝てるのか分からないくらい勉強してるし……本当に訳分かんない』


 蘭の言葉からは、言い方はキツいけど、陽菜の身を案じているということが伝わってくる。


「分かった。俺が陽菜に話を聞いてみる」


『……いいの?』


「ああ。ちょうどそっちにお土産渡しに行こうと思ってたところだから」


『……ん、分かった。なら、お願い』


 その声を皮切りに電話を切り、俺は今度こそスマホをポケットにしまった。

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