第47話 偽彼女との休日デート③

「これで大体回りましたねっ」


「ああ、そうだな」


 あのあとも、写真を撮ったり、テーマパークの世界観に合わせたレストランで昼食を済ませたり、色んなアトラクションを2人でワイワイとしながら巡った。


 気付けばいい時間になっているし、残すところはあとパレードと——。


「ところで理玖先輩」


「絶対に嫌だ」


「先輩」


「絶対に嫌だ」


「……せんぱ」


「絶対に嫌だ」


「……」


「絶対に嫌だ」


 どんなに名前を呼ばれようと、無言のジト目を受けようと、俺は屈さない。


「ここまで引き伸ばしてまで乗りたくないんですか! 絶叫系に!」


「ああ、乗りたくない! 絶対にだ! なにがあっても乗らない!」


「言ってることは男らしくないのになんでそんな無駄に男らしいんですか!?」


 そう。残すところはあと、パレードと絶叫系アトラクションのみなのだ。


 ここまで来たらなにがなんでも逃げ切ってやる。普段から培われた俺の逃走スキルを見せてやる。


「激しくないタイプのアトラクションは乗れてたじゃないですか!」


「激しくないからな! 激しいやつはアトラクションの世界観とか関係なく現実の空を振り回されるやつだろ!? 最初に乗ったやつみたいに!」


 最初のあれがトラウマになりかけてるんだよ! 人類はなにが楽しくて重力に振り回されることに快楽を見出したんだよ!


 るながむーっと頬を膨らませながら睨んでくるけど、残念ながら可愛いだけで全く怖くない。


「じゃあ膝枕させてくださいっ!」


「なにがじゃあ!? 話の脈絡おかしくない!?」


 この一瞬の間に俺の意識飛んでたの!? 小説なら何行か下手したら何ページか飛ばしたかくらいの話の繋がらなさなんだけど!


「さっき言ったじゃないですかっ! 膝枕をしてあげたいと!」


「それ俺がふらふらになったらって話だったろ!?」


「理玖先輩今のままだとふらふらになりそうにないですし、アトラクション全コンプが出来ないならせめてそっちだけでも成し遂げたいんです! るなは転んでもただじゃ起きませんよ!」


 諦めが悪いのはるなの美徳だと思うけど、今この時だけは諦めも肝心だという言葉を辞書に刻んでほしい……!


「さあ! 選んでください! 絶叫系に乗るか、膝枕されるか、絶叫系に乗ったあとで膝枕をされるかを!」


「しれっと最後に強欲の3択目を足すな!」


 そもそもジェットコースターか膝枕かってどういう2択!? え、なにこれ本当に選ばないと駄目? ……駄目かぁ。


 チラッとるなを窺うと、頬を膨らませたままこっちを睨み、徹底抗戦の構えを取っていた。


 付き合いは短いけど、るながこうなったら簡単には引かないであろうことは想像に難くない。


 かと言って、今からるなを説得出来る折衷案を思いつけるわけでもなく。


 どうやら、俺には突きつけられた2択から選ぶしか選択肢はないらしい。


 と、なるとだ。


 俺の目は必然的に2つの間で行き来することに。


 1つは空高くあちこちうねるように作られた鉄のレール。


 2つ目はスカートから伸びて、ちらちらと見え隠れしているるなの太もも。


「くっ……!」


 心象的には、圧倒的に膝枕に傾く。


 そりゃジェットコースターと膝枕、どっちにするかと聞かれれば、男なら膝枕を迷わず選ぶだろう。


 前に陽菜と有彩から膝枕をされたわけだけど、あれは1度だけで満足するようなものでもなく、何回されてもいいもんだ。


 じゃあ迷う必要はないだろと思うだろうけど、問題は場所だ。


 ここは人通りの多いテーマパーク内で、膝枕をするということは必然的にベンチで行うということになる。


 そうなると、行き交う人たちから膝枕の現場を目撃されるという羞恥プレイが発生してしまうわけだ。


 それは俺のメンタル的に非常によろしくない。


 ……この際、ジェットコースターにきちんと心構えをして乗って、苦手を克服するのを選んだ方がいいんじゃないか?


 いずれ誰かと付き合うことになれば、また遊園地に来る可能性の方が高いだろう。


 るなにはもう弱いところを見せてしまったから隠す必要はないので、ごねてしまっているけど、本来ならもし彼女の前でジェットコースターに怖いから乗りたくないなんてごねる彼氏がいたら、恐らく高確率で情けないと見られ、破局への道へと加速することは間違いないだろう。


 そうならない為にも、今この瞬間に耐性を付けておくことは大事なんじゃないか?


 ……よし、俺は覚悟決めたぞ。ジェットコースターを克服する!


「るな、俺は——」


 確固たる意思を持ち、口を開こうとした瞬間。


 ——ゴォォォォォッ! 


 と、ジェットコースターが俺の視線の先を通過して行った。


 悲鳴が物凄い勢いで遠ざかっていくのを聞いた俺は、


「——膝枕でお願いします」


 さっきの確固たる意思は呆気なく粉微塵になった。






「理玖先輩。るなの膝枕はどうですかっ」


「あ、ああ。うん、いい感じ、だ」


 目の前を通る絶叫マシンに心折れ、近くのベンチに座った俺たちは、早速膝枕を始めていた。


「む……。なんか誤魔化してませんか? もしかして、るなの太ももになにかご不満でも……?」


「い、いやそうじゃなくてだな……!」


 るなの膝枕には全く文句はない。柔らかいし、バニラみたいなすげえいい匂いがするし、本当に文句なんてつけようがない。


「じゃあなんでそんなに視線が泳ぎまくってるんですか?」


「……どこ見ていいか分からないんだよ」


 左に顔を向ければ、こっちを見ている通行人と目が合って気まずいし、上を向けばるなの顔と、男心をくすぐる立派な胸の膨らみ。


 なら右を向けばいいのかと思えば、その先にはるなのお腹がある。


 つまりは、どこを向いたとしても気まずいのである。


「……なあ、目瞑っててもいいか?」


「それはキスしてくれってことですか!? 喜んで!」


「違う!」


 目を瞑って顔を近づけてくるるなの顔の前に手をかざしてガードした。


「言葉通りどこに目を向けてればいいか分からないんだよ!」


「だったらるなを見ててください。目を瞑るくらいなら、るなのことをずっと見ていてください」


「……なんか話が大げさになってないか?」


「そんなことはないですよ? 彼女というのはいつも彼氏に見ていてほしいものなんですからっ。理玖先輩にならどこを見られても平気です!」


 どこを見られてもって……いやいや、落ち着け俺、見るんじゃない。


 無意識に胸に吸い寄せられそうになった目を鋼の理性でどうにかるなの顔に引き戻す。


 そうして見上げた先でるなが「あ」となにかを思い出したかのような声を上げた。


「訂正します。お腹以外はどこを見られても平気です」


「……なんでお腹?」


「……だってさっき色々と食べちゃいましたし」


 ぽそっとした呟きが頭の上から振ってきて、俺はきょとんとしてしまう。


 どこを見られても恥ずかしくないって言ってた癖に、るなは恥ずかしそうに唇を尖らせて、拗ねたようにしている。


 そんなるなを見て、俺は思わず苦笑を漏らした。

 

「俺から見たらなにも変わってないけどな」


「るなは気になるんですっ。こんなお腹見られたら生きていけません!」


 るながお腹を両手で抑える。


「嫌って言うならそっちは見ないから安心しろ」


「ありがとうございますっ。やっぱり理玖先輩は優しい人ですね。あ、頭撫でてもいいですか?」


「……好きにしてくれ」


 ジェットコースターに乗らないとごねたのは俺だし、そのくらいは受け入れてやろう。


 周りからの視線が気になるものの、もう諦めるしかないよな。


 るなが鼻歌を歌いながら、小さな手で俺の頭を撫でたり、細い指で髪をとかしていくのを落ち着かない気持ちのまま受け入れ続けていると。


 いや、すげえ落ち着いてきたんだけども。なんだこれ……? もしかしてこれがバブみ……?


 自分でも驚くくらい、俺の心は安らぎ始めていた。


 美少女の鼻歌、頭撫で付き膝枕はリラクゼーション効果が抜群らしい。新発見。


 確かに耳かきも心地よかったし、意外でもないのか。


「ところで理玖先輩」


「うん? なんだ?」


「流石に膝枕はるなが初めてですよね?」


「……」


「なんで黙るんですか」


 すげえや、たった一言で落ち着いていた心が一瞬にしてざわつき始めたぞ? ははっ、おかしいな。震えが止まらねえや。

 

「正直に言ってください。るなは嘘を吐かれる方が嫌いです」


「……初めてじゃない、です」


「ふーーーーん。それで、お相手は陽菜先輩と有彩先輩。どちらですか?」


「…………両方、です」


「ふーーーーーーーーーーん」


 抑揚のない相槌が頭の上から振ってきたと思えば、るなの身体がぷるぷると震え出し、


「なんでですかぁ! いくらなんでもおかしいですよ! 同棲だけでもレアケースなのに2人から膝枕されてるなんて!」


「いや、俺に言われても困るっていうか……俺も不思議に思ってるというか……」


「やっぱりキスします!」


「待て! どうしてそうなった!?」


「だって理玖先輩デートも膝枕も同棲も経験してますし! だったらるなが奪える理玖先輩の初めては心か唇か童貞かくらいのものじゃないですか!」


「マジで落ち着け!? 女子がこんなところで童貞とか声高に叫ぶんじゃない!」


 周囲の人が何事かとこっちを見てるから! 


「先輩! 目を閉じてください!」


「この流れで閉じるわけないだろ!? ええい、膝枕終わり!」


 俺は転がり落ちるようにるなの太ももから逃れる。


「だって……! だってぇ……! うぅーっ……!」


「頼むから落ち着いてくれ! 分かった、絶叫系一緒に乗ってやるから、な?」


 こうして、俺は結局るなの機嫌を取る為に自ら絶叫系に乗ることを明言し、悲鳴を上げる羽目になった。


 その後、機嫌を直してくれたるなと一緒にパレードも見終えた俺は、心身共にふらふらになりながら帰宅することになったのだった。

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