第46話 偽彼女との休日デート②

 さて、初手ジェットコースターでいきなり調子が狂わされたわけだけど……。


 本来なら、テーマパークに入って、カップルがまず最初にすることはなんだと思う?


「るなはやっぱりリニーのにしようと思いますっ」


「そうか。俺はどれにしようかな……」


「理玖先輩はリッキーに決まってるじゃないですか! リッキーとリニー、これは定番で王道カップルですよ!?」


 そう言って、るなが眼前に白いネズミの耳を模したカチューシャを突き出してくる。


 さっきの問いの答えは、グッズショップに入り、お揃いのグッズや付け耳を身に付けて浮かれ散らす、だ。


 いや、浮かれ散らすのは偏見なんだけども。


 リッキーとリニーというのはこのリィズニーランドに数々いるマスコットキャラの内の1人で、リィズニーの中では1番メジャーなキャラだ。


 白いネズミのカップルで、そのお陰でカップルがお揃いを付ける時に最も選ばれるキャラクターでもある。


「……一応言っておくと、俺、ポーさんの方が好きなんだけど」


「ポーさんはカップリング出来ないので却下です」


 にべもなく断られ、背伸びしたるなが俺の頭にリッキーの付け耳を付けた。


 ポーさんというのは元々は黒毛の熊だったのに大好物のチョコを食べ過ぎて茶色に変色してしまったという設定のキャラだ。


 その愛くるしい見た目とは裏腹に、その家にチョコがあると知るや否や、勝手に忍び込んでチョコを食べ尽くしてしまうという、中々のギャップがある。

 

 ご機嫌になったるながリニーの耳を自分の頭に乗せ、2人揃って頭に耳を乗せたまま、会計でタグを切ってもらって、店の外へ。


「先輩先輩っ」


 外に出ると、すぐにるながスマホを片手に手招きしてくる。


 ああ、写真撮りたいのか。


 意図を察して近づき、るなの伸ばした手の中にあるスマホに表示されたフレーム内に収まる。


「はい、チーズ! ……うん、いい感じです。あとで理玖先輩にも送りますねっ」


「ああ。で、次はどうす——」


「——すみませーん! ちょっと写真撮ってもらってもいいですかー?」


 俺が聞き終わる前に、るなはもう近くの通行人に写真撮影を頼んでいた。


 行動力よ。


 あまりの行動の早さに呆然と立ち尽くしていると、るなが「理玖先輩も早くー!」と声をかけてくる。


 とりあえず近づくと、るなが流れるように腕を組んできて、空いた方の手で横ピースを決めた。


「ほら、理玖先輩も!」


「え、俺も横ピースすんの? 絵面的にキツくない?」


 男の横ピースなんて誰が得をするって言うんだ。


「いいじゃないですか! せっかくこういう場所に来てるんですから! 何事も経験ですよ?」


「確かにそうだけど、少なくとも横ピースの経験は必要無いと思う」


 断固拒否したいところだったけど、撮影を頼んでいる人を待たせるわけにもいかない。


 俺は諦めて渾身の横ピースを決めてやった。……2度とやらねえ。絶対に。


「あっ、リッキーですっ! 理玖先輩、リッキーがいますよ!」


2人して撮った写真を確認していると、リッキーの着ぐるみがジッとこっちを見ていることに気づいた。


 ……いや、無言で見つめられるとなんか怖えな、おい。


 というか、どう見てもこっちをガン見してきてるよな? 普通、こういうのって目が合ったら手を振ったりとかなにかリアクションを返してくるもんだと思うんだけど。


「先輩、リッキーとも写真撮りましょうよ!」


「あ、ああ……そうだな」


 るなが俺の腕を引いて、嬉々として着ぐるみに近寄って行こうとすると。


 ……っ、殺気!?


 首の後ろあたりがチリッとするような感覚がして、思わず足を止めてしまう。


「理玖先輩?」


 急に足を止めた俺を、るなが不思議そうに見上げてくる。


「あ、ああ。悪い。なんでもない」


 ……気のせいか? いや……でも、あの感覚は……。


 全く自慢にならないことだけど、俺はいつもクラスメイトたちに襲われているせいで、殺気とバカの気配は感じ取れてしまうようになっていた。


 それくらい出来ないと、いつ何時に訪れるかも分からない修羅場に対応出来ない。


 特に俺の場合、美少女2人と同棲するというクラスメイトの連中に知られたら、それこそ焼き討ちにされるであろう秘密を抱えているのだから。

 

 いつも以上に強力な殺気だったし、勘違いなんてことは無いと思うんだけどなぁ……。


「リッキー、写真一緒にいいですか?」


 腕を引かれたままの俺がしきりに首を捻っていると、るながリッキーの着ぐるみに話しかけた。


 すると、リッキーは着ぐるみらしくオーバーな動作で身体ごとうんうん、と頷いてみせる。


 と、思ったら俺とるなを交互に指差して、小指を立ててきた。


 どうやら、2人は恋人なの? 的なことを聞きたいらしいみたいだ。


 ……普通着ぐるみってそんな不躾な感じで恋人かどうかなんて聞いてくるか? というか着ぐるみで小指立てられるってどんな構造になってんだよ。

 

「ええ? やっぱり分かっちゃいますかー? そうなんです! るなと理玖先輩は付き合い立てのラブラブカップルでして!」


 るなはそんなリッキーの様子になにも疑問を持たずに、俺の腕に頬擦りをして甘えるようにしてきた。


 普通に恥ずかしい。着ぐるみの中には普通に人がいるのだから。


 そんなこんなありながら、リッキーを挟んで2人でまた写真撮影を終えた。


「さて、と。写真も撮りましたし、アトラクション巡りに戻りましょう。次はなにから攻めましょうか」


 スマホをしまった代わりに、るながパンフレットを取り出して、次に乗るアトラクションを吟味し始める。


「そうだなぁ……うん?」


 俺も横からパンフレットを覗き込む形で、るなの横にいたんだけど、なぜか写真を撮り終わったのにリッキーが立ち去らずにこの場に残っていた。


 それどころか、本当になぜなのか、俺に向かって手招きをしてきている。


 ……なんだ?


 怪訝に思いながら、俺が自分を指差すと、リッキーがうんうん、と頷いた。


 着ぐるみが個人を呼ぶことってあるのか……?


 益々訝しむ気持ちが強くなったけど、とりあえず呼ばれているので近づいてみると、肩にポンッと両手を置かれ——。


「テメェクソガキィ……! なァにお嬢とイチャイチャしてくれてんだおォん……!?」


 ——着ぐるみの中からマスコットキャラに似つかわしくないものすごくドスの効いた声が聞こえてきた。


「るな、るな!? なんか俺、着ぐるみからチンピラみたいな因縁を付けられたんだけど!?」


 なんなら着ぐるみの顔面が俺の顔の至近距離にあるし、ガンを付けられている可能性すらあるぞ、これ!?


 もしかして殺気の正体はこいつか!? 俺がなにかしたのか!?


「え? ……でも、リッキー離れた位置にいますよ?」


 こいつ、るなが振り返ると同時に着ぐるみとは思えない素早さで俺から距離を取りやがった……!


「そんなことより理玖先輩は次、どれが乗りたいですか? さっきはるなが選びましたし、次は先輩の乗りたいものに行きましょう」


 るなが再びパンフレットに目を落とすと、リッキーが近づいてくる。


「いいか、クソガキ。俺はお嬢のSPの1人だ」


「は、はあ。……そんで、そのSPの人が着ぐるみに入ってなにやってんですか?」


「仕事に決まってるだろ」


「なんの罪もない一般人にチンピラみたいな絡み方するのが? その仕事向いてないんじゃないです?」


「違えよ。さてはお前馬鹿だな?」


「着ぐるみ身に付けてわけわからん絡み方してくる奴に馬鹿呼ばわりされたくねえわ」


 心底バカにしたような声と肩を竦める動作にムカつき過ぎて、俺は敬語も礼儀もかなぐり捨てて、真顔で言い返した。


 こんな奴に礼儀正しくする必要ある? ないよな?


「お嬢の護衛だよ護衛。SPの仕事って言ったら護衛だろうが」


「……で、なんで着ぐるみ? 護衛なら私服とかで堂々と園内歩けばよくない?」


「SPは今日は付いてくるなってお嬢に言われてんだよ。護衛とか必要ないし、デートの邪魔するなってさ。顔も覚えられてるし、気付かれないようにする為にはこうするしかないだろ」


「そうなのか。……で、あんたは今なにしてるんだっけ?」


「あ? 護衛だっつったろ」


「あんたさては馬鹿だろ」


 つまりいらないって言われたのに命令無視して個人的にるなのことを見守りに来たらしい。


「テメェクソガキィ……! 誰が馬鹿だアァン……!?」


「やめろガン付けんな。着ぐるみの鼻が顔に当たって鬱陶しい」


 押し付けられた鼻を少々強めに払いながら、俺は鼻を鳴らす。


「……なあ、るな。ちょっと聞きたいんだけどさ」


「なんですか?」


「るなっていつもはSPに守られてるんだろ? 今日もいるのか?」


「……? いえ、今日はデートですし、見張られるのは嫌だったので付いてこないでとお願いしてありますけど……」


 どうしてそんなことを聞くのか分からない、とるなと、ついでにリッキーの中のSPが首を傾げた。


「ならさ、もしSPの誰かがその命令を破って、今日付いて来てたらどうする?」


「うーん……そうですねぇ……」


 るなは質問に対し、むむっと眉根を寄せて、考え込み、パッと笑顔を浮かべると、


「——クビですね☆」


 ——リッキーは全速力で逃げて行った。


 るなにチクってやろうかとも思ったけど、やめておいてやるか。俺の慈悲深さに感謝しろ。


「リッキー、どうしたんですかね?」


「さあ? トイレでも行きたかったんじゃないか? 着ぐるみってそのあたり大変そうだし」

 

 そう言えば本当そういう時どうしてるんだろうか。尿意ならまだしも便意が襲って来た日には絶望しか無さそう。


「ま、そんなことよりアトラクションだな。どうせ全部回るなら、次は比較的穏やかなやつがいい」


 そうしてあわよくばタイムオーバーになって絶叫系は諦めてほしいと願いながら、俺は再びパンフレットに視線を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る