第45話 偽彼女との休日デート

 るなと付き合いだしてから、数日が経過し、また休日がやってきた。


 週明けからはテストも始まるわけで、俺は朝から勉強をしている……なんて真面目な学生っぽいことはしておらず、出かける準備をしていた。


 その理由は、


「休日デート、か……」


 カップルらしく、デートに出かける為だ。


 なんでも、梅雨に入れば外も簡単に歩けなくなってしまうので、るなには雨が降る前に行ってみたいところがあるらしい。


 ……一応彼氏として、彼女ばかりに行き先を決めさせてていいのか悩むところだ。


 正直、俺とるなのデートはるなが行きたいと言った所に俺がついて行く、というものばかりだったし、今更なんだけども。


 るなは気にしないでくださいとか、俺と一緒にいられればそれでいいとか、そんなことを言ってくる。


「……男としての甲斐性皆無だな、俺」


 今日ぐらいはリード出来たらいいんだけど。偽とはいえ、彼氏で、俺の方が年上なんだし。


 けど、るなの行動力が凄すぎて、行動にブレーキをかけるどころか、ツッコミを入れるので精一杯なんだよなぁ……情けないことに。


「……しっ、そろそろ行きますか」


 無駄に気合いを入れて、部屋を出て、マンションの前まで出ると、


「理玖先輩っ! おはようございますっ!」


 開口一番、俺を見るなり、梅雨も吹き飛ばせそうな笑顔のるなが挨拶をしてきた。


 対して、俺はと言うと……。


「……なんでここにいるんだ?」


 挨拶を返すことも忘れて、るながここにいる理由を問いかけた。


 今日の待ち合わせ場所は駅前だったはずだ。


「その、最初は先に行って待ってたんですけど……」


「ですけど?」


「3分くらいで待ち切れなくなったので、もう迎えに行った方が早いなって」


「3分!?」


 カップ麺作れる時間しか堪えられなかったのか!? 


「るな、欲しいものは待たずに自分で掴みに行くタイプなもので」


「だろうなぁ……」


 そりゃその行動力を見たら説得力しかないわ。


 しみじみとるなの言葉に納得していると、るなが「ところで」と口を開く。


「今日のるな、どうでしょうか? 理玖先輩の好みが分からなかったので、自分好みの服装になってしまったんですけど……」


 言われてから、俺は改めてるなの服装を意識して、下から上に視線を動かす。


 まず、動き回ることを想定しているのか、踵が高くなっていない足の甲をストラップで止めるタイプの丸っこい茶色のパンプス。


 靴下は足首の辺りでくるんとなった薄黄色のもの。


 それから、腿くらいまでの長さで、腰の部分にワンポイントで大きめなリボンがあしらわれたグレーのスカート。


 シャツは靴下と合わせるように薄黄色で、襟や胸元から腹部あたりにかけて、フリルがついたやつだ。


 可愛らしさ全振りだけど、本人の雰囲気とも上手く噛み合っている。


「可愛いと思うぞ?」


「本当ですか!?」


「ああ。服のことはよく分からないけど、るなによく似合ってる」


「えへへ、頑張っておしゃれしてよかったですっ。朝4時起きの甲斐はありました」


「4時起き!?」


「はいっ。あ、今日の為に一流のスタイリストさんとメイクアーティストさんに来てもらったんですよ?」


 そこまでするのか……。


 お嬢様とはいえ、デートの為に一流の方々を呼べるのにはもう言葉が出ない。


 というか、まさかとは思うけど、るなのデート相手、ハリウッドスターかなにかかと思われてるんじゃ……?


 まさか、な?


 馬鹿馬鹿しい妄想であってほしいと思いながら、俺はリムジンに乗り込んだ。






 

「で、行きたいとこってここか……」


 リムジンに揺られること数十分、るなが行きたいと言っていた目的地に到着した。


 目の前には人気テーマパークである『リィズニーランド』。


 休日と人気観光地だということもあり、入口ゲートの前は人でごった返している。


 ちなみにだけど、座り心地はいいし飲み物も出てくるし、2度目のリムジンもめっちゃ快適だった。


「はいっ。いつか好きな人と来るのが夢だったんですよ」


「そ、そうか」


 呼吸するように好きとか言わないでほしい。


 正直、現時点で言えば、俺はるなのことを異性として見てはいるけど、どうしても妹や手のかかる後輩、という感覚がつきまとっている状態だ。


 でも、いくらなんでも1日3回くらいのペースで、るなみたいな頭に超が付くほどの美少女に好きって言われたりしたら揺らぐものがあるわけで。


 ましてや、毎日のように腕にくっつかれてみてほしい。


 それだけで理性がゴリゴリ削られるのに、大げさに言えば胸押しつけられてるようなもんで。


 毎度の如く、押しつけられてる俺から言わせて貰えば、ぶっちゃけ、るなは着痩せするタイプだ。


 ぱっと見は分かりづらいけど、多分、俺の知り合いの女子の中で陽菜に次いで2番目くらいに位置付け出来るんじゃないだろうか。


 そんなもん毎回押しつけられてしまえば、全く意識しないというのは土台無理な話だった。


「本当は貸し切りにしたかったんですけど……流石に話が急過ぎて無理だったのが残念です」


「流石に貸し切りはいくらなんでも無理だろ……」


 というか無理だったってことは交渉してるよな? 相変わらずものすごい行動力だな、おい。


「でも従業員仕様の特別VIPパスは勝ち取りましたっ!」


「すごいな!? いや、すごいのはすごいけど、それ高いんじゃないか……?」


 流石に1学生の懐事情じゃ手が出せないものだろうしな……。


「ご心配なくっ! そこもしっかりと通常価格と同じくらいにしてもらいましたのでっ!」


「抜かりが無さすぎる……!」


「ふふん。るなはこう見えてやり手なんですよ?」


 懐にするっと入ってくるようなコミュニケーション能力といい、交渉術といい将来確実に大物になるぞ、こいつ。


 ドヤ顔で胸を張る偽彼女を見て、俺は内心冷や汗を流しながら、「お見それしました」と頭を下げた。


「えへへー、惚れました? 惚れてくれてもいいんですよ? むしろ惚れてくださいっ」


 可愛らしい笑顔と共に、るなが腕に抱きついてくる。ノルマ達成。


「ちょっ、抱きつくなって!」


「さあ、行きましょう!」


 俺の声は当たり前のようにスルーされ、俺はるなに引っ張られるように、人だかりの中へと歩き出した。






「……なあ、るな」


「はい、なんでしょう?」


「——初手から絶叫系はどうかと思うんだけど」


 坂を登っている最中のジェットコースターの先頭で揺られながら、俺は死んだ目をけろっとしているるなに向けた。


 すごいぞ? この子、ゲート潜るなり「こっちですっ」て俺に抱きついたまま迷わずジェットコースターの方に向かって行ったからな?


 しかもVIPパスのおかげで待ち時間無しでノータイムでアトラクションに乗ることになった。


 そのせいで心の準備もなにも出来ないまま、1番早かったせいで先頭に座らされたわけだ。


「遊園地と言ったらジェットコースターじゃないですか。理玖先輩、もしかしてこういうの苦手でした?」


「いや、正直遊園地なんて片手で数えられるくらいしか来てないし、最後に来たのも小さ過ぎて記憶にないから苦手かどうかも分からん」


 とりあえず高い所は苦手じゃないけど。


「大丈夫ですよっ。ここのジェットコースターは子供でも楽しめる設定になってますからっ」


「そりゃ安心——」


 だな、と続けようとした瞬間、最上部まで到達したジェットコースターがゆっくりと傾いていき。


 音を置き去りにする速度で一気に下の方へ加速した。


 ——あ、これ無理だわ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああッ!?」


「きゃぁぁぁぁぁぁあああああああっ♪」


 無理無理無理! 死ぬ! マジで死ぬ!


 楽しそうに悲鳴を上げているるなの隣で、重力と慣性の暴力に振り回されながら、俺は永遠とも思える拷問のような時間を過ごした。


 その結果。


「ぅぁー……」


 ベンチに座ってだらしなく四肢を投げ出し、グロッキー状態になった俺が出来上がった。


「理玖先輩、大丈夫ですか?」


 るながいつもならたじろいでしまうくらいと至近距離で覗き込んでくるけど、今の俺にはそれすら気にならない。


「……まあ、なんとかな」

 

 まだ浮遊感は抜け切っていないけど。やっぱ地面って最高だな。ベンチは座ってても動かないし安定性あるし、神。


「にしても子供でも楽しめる設定って嘘じゃないのか?」


「そんなことないですよ。ほら」


 るなが指差す先にはたった今ジェットコースターから出てきた子供が笑顔で親の手を引いてもう1回乗りたいと懇願している姿。


 ふむ、なるほど。


「DNAに恵まれたな、少年。そのまま強く生きろよ」


「どこの誰目線なんですか」

 

 くすくすとるなが笑う。


 それを見ながら、俺は「よっ」と立ち上がった。


「もう大丈夫なんですか?」


「まあ、せっかくこういう所に来てるんだし、いつまでも休んでたらもったいないからな」


 いつでも来られるような場所じゃない以上、時間は有限だ。


「ですよねっ。るな、今日は全アトラクション回るつもりで来てるのでっ!」


「……それまた絶叫系乗らないといけないやつじゃ……?」


「そしてふらふらになった理玖先輩にるなが膝枕をしてあげるんですっ♪」


「まさか初手ジェットコースターはその為の布石……!?」


 だとしたら打算的もいいところなんだけど、こうまではっきりと言われると文句を言おうとも思えなくなるな。


 ただ、あの浮遊感を知った以上、全力で抵抗してお茶を濁してやる。


 可愛い美少女で彼女の膝枕という魅力的なワードに一瞬心が傾きかけたけども。


 それをする為にあの恐怖を味わわないといけないのは嫌だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る