第44話 偽彼女との放課後デート


 一悶着はあったけど、俺たちはこの辺りで最も栄えている街にやってきた。


 結局デートはとりあえず色々と歩いて見て回り、気になったことがあればやってみたり店に入ってみようということになったのだ。


「あ、理玖先輩! 見てください! クレープ店のワゴン車ですよ! るな、クレープ食べたいです!」


「んじゃ、並ぶか」


 そこそこに人気のある店らしく、ワゴン車の前には数組ほどの順番待ちの列が出来ていた。


 クレープか。何気に食べるの結構久しぶりかもな。


 列の1番後ろに並ぶと、店員のお姉さんがやってきてメニューを手渡してくれた。


「わー……! どれも美味しそうですねっ! これは簡単に選べそうにないです……!」


「まあ、まだ時間はあるしゆっくり選べばいいだろ」


「むぅーっ……それはそうなんですけどぉ……」


 んーとか、むーとか、るなはしばらく悩ましい声を上げながら、メニュー表とにらめっこしたり、目をつぶって思案していたけど、


「よしっ、決めました! このチョコづくしクレープにしますっ」


 俺たちの前に並んでいるのが残り1組になったくらいで、ようやく決まったらしい。


「ちなみに理玖先輩はどれが気になってますか?」


「んー……チョコバナナかブルーベリーかな」


「うっ、聞くんじゃありませんでした……せっかく決めたのに心が揺らいで……!」


 胸を抑えてよろける動作をするるな。


 本当に感情が豊かで、見ていて飽きないタイプだ。


 軽く笑みを零していると、俺たちの注文の番が回ってきた。


 レジ前に来て、俺はどっちにするか少しだけ迷ったけど、なんとなくブルーベリーの方を選ぶ。


 一方のるなは、またあーとか、うーとか、悩ましい声を上げて悩んでいた。


 俺はただ聞かれたことに答えただけなんだけど、なんか悪いことをしたかもしれない。

 

 幸いにもレジのお姉さんも後ろに並んでいる客も、るなを微笑ましい目で見つめていて、なんなら軽く頷いていた。


 きっと同じ女性同士、共感出来ることなんだろう。


 結局、数分間にも及ぶ長考の末、るなは最初に言っていたチョコづくしを選んだ。


 支払いの時にどっちが支払うかで揉めはしたけど、結局俺が払うということに落ち着き、ワゴン車から離れる。


「美味しいっ……! 流石、るなのお眼鏡に適っただけのことはありますっ」


「確かに美味いな。人が並ぶわけだ」


 とろけるような顔でクレープを頬張るるなを見ながら、俺も一口口に含む。


 ほどよい甘さの生クリームにブルーベリーソースの酸味が上手く混ざり合っている。


「じー」


 甘味に舌鼓を打っていると、口に出しながら、るながなぜかじーっとこっちを見てきた。


 ……もしかして。


 試しに手に持ったクレープをるなに近づけてみる。


「……っ!」


 すると、るなが目を輝かせた。


 ふむ。


 また離してみる。


「……ぁ」


 離れていくクレープを目で追ったまま、るながしゅんとした顔になった。


 おもろい。


 ちょっと楽しくなってきたので、近づけたり離したりを何度か繰り返す。


 その度に、るなが律儀に反応してくれるので、俺は少し声を出して笑ってしまう。


「もうっ理玖先輩! もしかしなくてもいじわるして楽しんでますよね!?」

 

「悪い、あまりにも反応が面白すぎて、つい」


「ついじゃないですよっ」


 俺が笑いながら、手に持ったクレープを差し出すと、るなはぷうっと頬を膨らませてジトりと舐めつけてくる。


 少し経っても、俺がクレープを遠ざける気配がないのを確認したのか、るながおずおずと顔を近づけてきて、小さな口でクレープに齧りついた。


「んーっ♪ これも美味しいですねっ」


 途端にさっきまでのジト目はどこにいったのやら、弾けんばかりの笑顔。


 ……一体表情筋どうなってるんだ?


 多分、俺が真似しようものなら、頬肉が弾け飛ぶ。


「はいっ、理玖先輩っ。お返しにるなのもどうぞっ♪」


「あ、ああ……」


 気軽にあーんって差し出されても困るんだよなぁ……世の中のカップルって毎回こんな恥ずかしさ味わいながら食事してんの? さては全員ドMか?


 戸惑いながらも、差し出されたクレープに齧りつくと、当然だけど、俺のとは別の甘味が口の中に広がった。


 生クリームの甘さというよりも、チョコづくしの名に恥じないほどのチョコの暴力。同じような味しかしないわけではなく、生チョコやチョコソースでそれぞれ味を変えているみたいだった。


 と、俺がクレープを味わっていると、


「あ、先輩。生クリームが口の横に付いてますよっ」


「へ?」


「るなが取ってあげますね。少し屈んでくれますか?」


 るながそう言うや否や、背伸びをして屈んだ俺の肩に手を乗せ、


「——ちゅっ」


 頬にキスをしてきた。


 ……頬にキスをしてきた? ……は? ……はあ!?


「お、おいるな!? お前なにを!?」


「なにって、クリームを取ってあげたんですよ?」


「口の横って言ってただろ!? そもそも頬に付くわけないし!」


「バレちゃいましたかっ。さっきからかわれた仕返し、ですっ♪」


 小悪魔めいた笑みを浮かべ、ウィンクしてくるるなを、俺は顔を真っ赤にしたまま見つめ返すことしか出来なかったのだった。






「先輩先輩! るなあれが欲しいですっ」


 頬にキスをされた動揺が収めるのに時間がかかり、それなりの時間をかけてクレープを食べ終えた俺たちは、ゲームセンターにやってきた。


 るなが指差す先にはUFOキャッチャーの筐体の中から、こっちを見つめる柴犬のぬいぐるみ。


「いいけど、俺あまり上手くないし、取れるか分からないからな?」


「大丈夫ですっ、お金ならありますから!」


「うんよく分かったからその分厚い財布をしまえ。人に見られたらどうすんだ」


 るなが懐から取り出した銃弾くらいなら軽く受け止められそうな財布を戻させる。


 一体この中にいくら入っているのか気になるところだ。


「というかさっきも言ったけど、一応彼氏のプライドにかけて、彼女、しかも年下に金なんか出させるわけにはいかないだろ」


「理玖先輩のそういう優しいところは大好きですけど、るなが迷惑をかけて連れ回してる分だと思ってくれていいんですよ。さっき遥先輩から言われて、余計にそう思いましたし」


「だからって金銭面が絡むのはな……まあ取れなかったら素直に諦めてくれ」


「はい、大丈夫ですっ」


 どうやら分かってくれたらしいな。


「取れなかったら筐体ごと買い取りますからっ」


 全然分かってくれてなかった。


 たまたま通りがかった店員さんが冗談だと思って軽く笑って、俺にアドバイスまでしてくれたけど、違うんです。この子多分本気でやります。


 人知れず、プレッシャーがかかりまくるプレイになってしまう。


 冷や汗をかきながら、アドバイスを活かして何度かプレイしていき、


「……取れたぁ……!」


 どうにか筐体ごと買い取るルートは回避することに成功した。


 よくやった、俺。


 取り出し口から柴犬を取り出し、るなに手渡す。


「わぁーっ……! ありがとうございますっ、理玖先輩っ! すっごく嬉しいですっ!」


「はは、そりゃよかった」


 これだけ喜んでくれるなら、頑張った甲斐があるというもんだ。


 ぬいぐるみを胸に抱き、抱き締めるるなを見て、俺は軽く口角を上げる。


「なんか、こんな感じなんですかねー?」


「ん? なにがだ?」


「子供が出来るって」


「違うと思うぞ」


 るなのはにかみを一瞬で真顔になって否定した。


 悪い子じゃないんだけど、時々愛が重過ぎる。






 るなと夜の一歩手前くらいまで遊んで、俺は自分の部屋の前に戻ってきていた。


 空はすっかり夜の闇と夕焼けが混ざり合った色になっている。


 今週末くらいから本格的に梅雨に入るらしいし、こんな空もしばらく拝めなくなるだろう。


 少しだけ、ノスタルジックな気分になりながら、俺は部屋の鍵を開け、中に入る。


「ただいまー。……あ」


 そっか、陽菜も有彩もしばらくいないんだっけ。


 2人とも、もう荷物をまとめて、出て行ったあとだよな。


 さっき有彩からも夕飯くらい一緒に食べようかと思ってたけど、用事が出来たからって連絡が来ていた。


 陽菜はバイトに行き、そのまま自分の家に帰るらしい。


 リビングに入ると、そこは当然だけど、電気もなにもついておらず、薄暗かった。


 当たり前なんだけど、なんか、なんかな……。


「この部屋ってこんな広かったんだな」


 ぽつりとそう零すと、やけに響いて聞こえた。


 元々はこれが普通だったんだ。


 1人暮らしで3LDKで、リビングも広く作られている部屋で1人。


 本来ならここに1人で住んでいたのだと改めて思うと、少しだけ寂しいと薄暗い部屋の中で寂しさを覚えてしまったのだった。

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