第37話 一難去ってまた……?
「お茶漬け美味え……」
このあっさりとした身体中に染み渡るような優しい味、最高だな。
陽菜の作ったハンバーグを回避したはいいけど、どう考えても食べ過ぎた。
なんであいつらが俺に対する兵糧攻めのつもりで作ったハンバーグを最終的に俺が処理することになったのかが分からない。
あの2人は肉の塊を数多く摂取するのはカロリー的にNGだったらしい。
それならなぜ作ったし。
まあとにかく、翌日の弁当に入れるにしても数が多すぎて扱いに困るので俺が吐きそうになりながら大量にむさぼり食う羽目になったというわけだ。
……昨日もうしばらく見たくないって思ったのに、目の前の弁当箱に忌々しい肉塊が入っていることはぜひ見なかったことにしたい。
「有彩、陽菜。俺は先に出るからな」
部屋で準備してる2人に声をかけて、俺は部屋をあとにする。
2人は寝坊はしてないけど、起きてくるのが少し遅かったからな。
夜遅くまで勉強したり執筆したりしてるみたいだし仕方ない。
なんてことを思いながら、マンションを出る。
「――おはようございますっ! 理玖先輩っ!」
「え!? る、るな!?」
「早く先輩に会いたくて迎えにきちゃいました!」
そう言って、るなが俺の右腕に抱き着いてきた。
「お、おい! 抱き着くなって!」
「るなと先輩は偽とはいえ、今はカップルなんですからいいじゃないですか」
るなが更にぎゅっと右腕に抱き着いてくる。
た、確かに俺たちは今そういう関係ってことになってるけど……それなら、いいのか?
「って流されそうになったけどやっぱりダメだ! というかなんでここにるながいるんだよ!」
るなを腕から引き離しつつ、尋ねる。
昨日は家の近くに降ろしてもらいはしたけど、家の場所まで教えた覚えはないぞ。
「実はあのあと先輩を尾行させていただきまして」
「は!? 尾行!? なんで!?」
「だってどうしても理玖先輩と一緒に登校したかったんですもん!」
「だからってな……」
好いてくれてるのは当然嬉しいんだけど、これからもこういうことをされたらちょっと困るよな。
ここはハッキリ言っておいた方がいい。
「今回はもう仕方ないけどさ、こういうのはなるべく控えてくれ」
優しい声音を意識しつつ、諭すような口調で言う。
「はいっ! 分かりました!」
うーん、笑顔と返事は満点。
だけど本当に分かってくれたんだろうか。
まあ、るなはちょっと強引で行動力が有り余っているぐらいで、悪い奴じゃないし、大丈夫だよな、多分。
というかいつまでもこうしていたらマズい。
このままじゃマンションから出てくる陽菜と有彩と鉢合わせてしまう。
それだけはなんとしてでも避けないといけない。
俺たちが3人で一緒に住んでいるということは、るなには話していないんだから。
「そ、そんなことより早く行かないと遅刻するぞ」
「だいじょーぶですよ。ここからならどんなに遅く歩いても遅刻なんてしない時間なんですから! それよりもるな、もっと理玖先輩とお話がしたいです!」
「わ、分かったから! とにかく歩きながら話そうぜ!」
とにかくこの場所からるなを遠ざけないと。
もたもたしてたら2人がマンションから出てきてしまう。
時間的にもうそんなに余裕がないはずだ。
俺はるなの両肩を軽く後ろから押す。
「わわっ、そんなに押さないでくださいよっ……なにかここにいたらマズい理由でもあるんですか?」
「そ、そんなことないぞ」
「むぅーっ、なんか怪しいですね。あ、もしかしてるなのことをご両親に知られたくないとかですか!」
「ま、まあ、な。そんなとこだ」
そういうことにしておいた方が都合がいい。
仮に親がいて、親に知られそうになってもここまで焦らないと思うけど。
「あれ? りっくん?」
背後からの声に、身体がピシッと固まった。
そのまま油の切れかけた人形のように、ギギギとゆっくり振り返る。
「ひ、陽菜……有彩……」
間に合わなかったか……!
「先に行ったのに、どうしてまだマンションの前にいるんですか……って、るなちゃん!?」
「え!? 有彩先輩!? 陽菜先輩も!?」
「どういうこと!? 説明してよりっくん!」
なんで俺に詰め寄ってくる!?
「るなは俺と登校するためにここにいたってだけだ!」
「そういうことです! そういうお2人こそ、どうして理玖先輩と同じマンションから出てきたのか説明して下さい!」
有彩と陽菜が2人揃って俺を見てきた。
あの目はどうしようって目だな。一緒に住んでいる俺には分かる。
「実はだな、有彩は俺と同じマンションに住んでるんだよ」
嘘は言っていない。
「そ、そうなんですよ!」
「ふぅん……それなら陽菜先輩は?」
「陽菜が住んでるのはこのマンションの隣なんだよ。昨日は2人で一緒に勉強してて、陽菜が有彩の部屋に泊まったってだけだ」
我ながらよくこんな都合のいい嘘がポンポンと出てくるもんだ。
本当に嘘は言っていない。
俺の部屋は有彩の部屋でもあり、昨日は3人で一緒に勉強したのだから。
「へぇ……でも、それ嘘ですよね?」
「な、なんでそう思った?」
「だってさっき有彩先輩、先に行ったのにって言ったじゃないですか! それって同じ部屋にいて先に部屋を出たってことですよね!?」
「そ、それは……あれだ、さっきまで有彩の部屋にいたんだよ! 俺たちって普段から朝一緒に食べたりするんだけど、今日は2人がやけに起きてくるのが遅くて! それで俺が起こしに行ってたんだよ!」
俺の周りってなんでこうも勘の鋭い奴が多いんだ!?
咄嗟に言い訳したはいいけど、もうあれだとか言ってる時点で怪しさ満点だって!
「理玖くん、もう正直に話してしまった方がいいんじゃないでしょうか……」
「あたしももうどうやっても言い訳しても完全には納得してもらえないと思う……」
「う、そう、だよな……」
俺たちは3人で頷き合い、同棲しているということと、その理由について順を追ってるなにちゃんと説明していった。
「3人で同棲ですか……」
「ああ、このことは他言無用で頼む」
いくら俺たちの親がこの関係を認めているとはいえ、俺たちのことを知らない奴らからしたら変な勘ぐりを受けてしまうような関係なことは間違いない。
あとクラスの奴らにバレたら本気で命を狙われかねない。
……今とあまり変わらないな、それ。
「それは分かりました。……理玖先輩、すみませんでした」
「なにがだ?」
「その、さっきご両親に知られたくない、なんて言ってしまって……るな、知らなくて……」
「ああ、いいよ。知らなくて当然だし」
というか知られてたらむしろ怖い。
るなには同棲のことを話す家庭で、俺の両親のことも話した。
「でも、それとこれとは話は別ですっ! 有彩先輩の事情も分かりましたけど、同棲なんて絶対ダメです! 理玖先輩にはるなっていう彼女がいるんですよ! それなのに……!」
「ダメって言われてもな……」
こればっかりはどうしようもない。
陽菜はともかくとして、有彩には他に帰る家もないわけだし。
「お願いですっ! せめて偽の恋人の間は陽菜先輩と有彩先輩には別の場所に住んでもらうことは出来ませんか! このことがもし、るなの両親とお爺ちゃんにバレたりしたら……」
「悪い。さすがにそのワガママを聞き入れるわけにはいかない」
俺は即答で断った。
るなの気持ちは分かるし、偽の恋人という話を飲んだのも俺自身だけど、このワガママを飲むのは絶対に違う。
基本的に異性からの頼みを断るのが下手な俺にだって譲れないラインがある。
「お2人の住む場所のことですよねっ。それならるながテスト期間中のホテルの宿泊代をお支払いしますからっ! これならいいですよね!?」
「い、いやいやいや! そういうことじゃなくてだな!」
「お願いしますっ! るなは嫌なんです……好きでもない人と付き合ったり結婚したりするのはっ!」
「「……っ!」」
「だからってな……」
俺が更に断りを入れようとした瞬間――。
「――りっくん、いいよ」
「え?」
陽菜の静かな声に遮られた。
「陽菜、いいって……もしかして」
「うん。りっくんとるなちゃんが偽の恋人をしている間、あたしと有彩は別の場所に住むよ」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
「……有彩もそれでいいのか?」
「はい」
「……そうか」
2人がそう言うのなら、俺が口を出せることはない。
「あの、るなが自分から切り出しておいて、あれなんですけど……どうしてこんな話を受けてくれるんですか?」
「そうですね……るなちゃんの気持ちがよく分かるから、でしょうか。ねっ、陽菜ちゃん」
「うん。よぉーく分かるから」
なんか3人ですごい分かり合ってるな……。
急に疎外感がする。
「でも! きっちり偽の恋人期間だけだからね!」
「そうです! それ以上はまかりませんよ!」
「そ、そんなこと言わずにそのままでもいいんですよ!」
「ダメ! 絶対に帰ってくるから! ねっ、有彩!」
「はい! もちろんです! だって――」
「「――この家はもう私(あたし)たちの帰るべき場所なんだ(です)から!」」
こうして俺たち3人の同棲は僅かな間とはいえ、解消されることになった。
***
あとがきです。
明けましておめでとうございます。
新年一発目の更新ということで、この場をお借りして、ご挨拶させていただきました。
去年はほとんど更新出来なかったので、今年はもっとたくさん、早めに更新出来るように頑張りたいと思います。
今年もよろしくお願いします。
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