第35話 後輩の目的
「で、なんで俺を拉致ったのか説明してもらえるか?」
「あれ? 狼狽えたりしないんですね?」
「声を出すタイミングを逃してる内に落ち着いたんだよ……」
内心はまだハテナマークでいっぱいですが、なにか?
それをせめて表に出さないことで一応年上らしく落ち着きがあるように見栄を張ってるだけだ。
「まずは突然こんなことをしてしまってごめんなさい」
るながぺこりと頭を下げてきた。
「うんまぁ……驚いたのは当然そうなんだけど、別にいいよ。なんか理由がないとこんなことしないだろうし」
「やっぱり理玖先輩は優しい人ですねっ」
そういうこと面と向かって言うの本当にやめてほしい。照れるから。
花が咲いたような笑みを浮かべるるなから照れ隠しで目を逸らして窓から見える流れていく景色に目をやった。
「どこから話せばいいんでしょうか……さっき先輩がるながお嬢様なのかって聞きましたよね?」
「ああ」
「るなのお家――峰月家は昔から続いている名家として有名なんです。お父さんは資産家でお母さんは海外に会社を持っているんですよ」
なるほど。まあ、リムジンだしな。
「それで、そのお金持ちの両親がこの拉致に関係してくるのか?」
「はい。実は、お父さんとお母さんがお見合い相手をひたすら紹介してくるんです」
「……現実でそういう話ってマジであるんだな」
「マジであるんですよ! 大体まだ高校1年生の青春真っ盛りの可愛い娘に知らない男の人の写真を渡してくるっておかしくないですか!? 見た目と家柄がよかったりとか選定はしてくれてるみたいですけど!」
「いや俺に憤られても困るんだけど……」
「るなは確かに年上の人が好きですけど! だからって自分より一回りも上の20代後半の人とか紹介されてもって感じですよ! 世間的には需要があるのかもしれないですけど、るな的にはストライクゾーンから外れてるんです!」
頬を膨らませて怒ってますアピールをしてるけど、なんかもう見た目的に小動物が威嚇してるみたいでまったく怖くない。
それどころか思わず頭を撫でてしまいそうになる可愛らしさだしな。
「わ、分かったから続きを頼む」
「あ、すみません。それで、あまりにも面倒なので彼氏が出来たからと勢いで言ってしまって……祖父がるなの彼氏を見に来ることになってしまって……」
「祖父?」
まだ出てきていない単語に俺は首を傾げた。
「えっと、峰月家の家督はお父さんが継いでいるんですけど、重要なことはるなのお爺ちゃんに話が通るようになっているんです」
「……可愛い孫娘に彼氏が出来ることはその重鎮が動かなきゃいけないほどの重要な案件だ、と?」
「え、やだもうっ、急に可愛いだなんて嬉しいですけど恥ずかしいですよー! でももっと言ってください!」
「孫娘以降の文言にも耳を傾けてもらってよろしいか?」
可愛いのは事実だから否定はしないけど。
しかし、ようやく話の全貌が見えてきたな。
「その祖父の襲来に備えて俺を偽の彼氏役に仕立て上げようってことか」
「そうですっ!」
「……つまり、あの告白とかも全部嘘だったってことなんだな」
今日の夜中無駄にベッドの中で思い悩む予定が消えて助かった。
ホッと胸を撫で下ろす。
「え? それはマジですよ」
「………………Really?」
「はい。その彼氏役をどうしようか悩んでいるところに、ちょうど理玖先輩と知り合って好きになっちゃったので」
そっかー、冗談じゃなくマジで好きになられちゃいましたかー……。
さっきまでは冗談の線もまだ疑っていたけど、るなの熱のこもった目と今の発言でその線が完全に消えてしまったわけだ。
これで演技だったらもう俺は女性を信じることが出来なくなる。
「あの……それで、このお話……受けていただけ、ないですよね?」
まあ2つ返事で簡単に快諾出来るような話じゃないよな。
るなもさすがに無茶なお願いをしているというのが分かっているのか、こっちの顔色を窺うような潤んだ瞳を上目遣いで向けてくる。
それを見ながら、俺は少しの間思案する。
「……分かった。受けるよ。協力する」
「ふぇ?」
まさか承諾されるとは思っていなかったのだろうるなが、ぽかんと口を開けて間の抜けた声を漏らした。
「い、いいんですかっ!?」
「一応俺にも思うところがあってな」
「思うところ?」
「さっき階段から落としそうになっただろ? あれをさ、謝っただけで済まして、はいおしまい、なんて気分にはなれなかったんだよ」
もしかしたらケガじゃ済まなかったかもしれないわけだしな。
静かに俺の言葉の続きを待つるなに対して、俺は更に言葉を紡いでいく。
「だから罪悪感もあるし、罪滅ぼしってことで協力させてほしい……って、どうした?」
俺のセリフを聞き終えたるなが、呆けたような顔から一転、幸せを噛み締めるような笑みを浮かべたのが気になって、問いかけた。
「いえ、あの……今日好きになったばかりでこんなことを口にするのは早いと思うんですけど――るな、理玖先輩を好きになって正解だったなって」
「お、おう……そうか……」
なんで俺たち、こんな恥ずかしい言葉を交換し合ってるんだ?
どこかくすぐったそうなるなを見て、ふと我に返って、俺も背中がむず痒くなってしまった。
「う゛んっ! え、えーっと、その偽の恋人のこと、もっと詳しく聞いてもいいか?」
このままだと車の中で逃げ場もないまま恥ずかしい状況が続きそうだったので、咳払いをして強引に軌道を修正しておく。
「あ、はいっ。期限はテスト週間が終わるまででお願いします。お爺ちゃんはテストが終わってからこっちに来るみたいなので」
「分かった。他にこれだけは守ってほしいって条件はあるか?」
「そうですね……あ、るなたちが付き合っているっていうのはなるべく秘密でお願いします」
その条件を聞いて、俺は思わず目を丸くした。
「……意外だな。そういうの周りにガンガンアピールしそうなのに」
「本来だったらそうしてますし、るな的にはそうしたいのは山々なんですが……期限が過ぎたら別れたという形になる以上、アピールしてたのにたった数週間で別れた、なんて不自然じゃないですか」
「確かにそうだな」
「というかそれで理玖先輩に迷惑がかかるのが嫌なんですよ。既に迷惑はかけてしまってますけど、それとこれとは話が別というか、なんというか」
押しの強さはあるけど、こういう相手を思いやれて自分の芯がしっかりある感じは好感が持てるよな。
名家の娘は伊達じゃないってことか。
「もちろん期限が過ぎてもるなが先輩を好きなのは変わりないと思いますし、偽の恋人をしている最中に理玖先輩がるなを好きになってくれたらそのまま付き合いを継続してくれてもいいんですよ?」
口でチラっと言いながら、るながこっちを見てくる。
それに関しては今の段階ではノーコメントとさせてもらう。
未来のことなんかどうなってるか分からないしな。
――それはそれとして、だ。
「その条件は飲むけど、俺からも条件がある」
「なんですか?」
「――陽菜と有彩には本当のことを話させてほしい」
俺はるなに頭を下げながら条件を口にした。
「……お2人からは幼馴染みとクラスメイトだとは聞きましたけど……理玖先輩にとって、陽菜先輩と有彩先輩はどういう存在なんですか?」
どういう存在かと聞かれれば、答えに困る。
家族みたいなもの、はちょっといきすぎてるような気がするし、ただの友達とは絶対に言い切れない。
だったらあの2人は俺にとって……。
「大切な存在だ。2人とも」
少し口を噤んだあと、俺はるなの目を見て言った。
多分だけど、この表現が1番しっくりくるような気がしたからだ。
るなは僅かに目を見張り、眩しそうに目を細めた。
「理玖先輩から真っ直ぐにそういう風に言ってもらえるなんて、お2人はとても幸せ者ですね。なんだか妬けてしまいます」
「悪い。偽とはいえ、彼氏になる奴のセリフじゃないよな。他の女の子のことを大切に想ってるなんて」
「本当ですよ! でもその真っ直ぐな目と言葉に免じて大目に見てあげますっ!」
「ありがとな、るな」
「――だけど!」
るなが俺の鼻先にびしっと人差し指を突きつけてきて、俺は面食らう。
「偽とはいえ、理玖先輩の彼女はるななんですからねっ! あまり周りばかりに目を向けたらダメですからねっ! 分かりましたか!?」
「あ、ああ。分かった。気を付ける」
有無を言わせないような迫力に、圧倒されながら、俺は返事をした。
「よろしいっ!」
むふーっと満足そうにするるなを見て、改めてとんでもないことになったなとどこか他人事のように考えながら、再び窓の外の景色に目をやった。
しばらくして、家の近くに降ろしてもらい、俺とるなは連絡先を交換して、解散したのだった。
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