第34話 後輩は行動力に溢れている
「――は? え? いま、なんだって……?」
ひとめぼれ、鋤?
なんだ? 農業の話か?
けどなんで教室でいきなり農作業の話?
いやけど、なんか付き合ってとも言われた気がするし……一緒にお米作りましょうってことか?
いやいやいや、なんで今日出会ったばかりの男にそんなこと頼むんだよ。
突然のことに頭がついてこずに意味の分からないことに心の中で1人でツッコミを入れつつ、目の前の女の子の顔をジッと見つめる。
目が大きくて童顔、陽菜と有彩に負けず劣らず可愛い。
「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。――
「あ、ああ。橘理玖だ。よろしく」
「はいっ! それで橘先輩」
「なんだ?」
「改めてもう一度言います。好きです、橘先輩に一目惚れしました! るなと付き合ってくれませんか?」
「聞き間違えじゃない……だと……!?」
にこにこと愛嬌に溢れた人懐っこい笑みを浮かべている峰月。
俺がぶつかりそうになったのを助けたら惚れられるってマッチポンプがすぎるだろ。
「うぐぉぉぉぉおおおおおお! どうして橘の奴があんな可愛い子に告白されるんだよ! ふざけんじゃねえぞォ!」
「あいつ前世で世界でも救ったのか!? そのぐらいの徳を積んでないと釣り合わない出来事だろうがよぉ! 美少女と幼馴染みだったりとか学校一の美少女と親しかったりだとか後輩の美少女に告白されたりよぉ!」
「殺せぇ! あの野郎を今すぐ血祭りに上げろぉ!」
俺と峰月を遠巻きに見守っていたクラスメイトたちの驚愕と恨みのこもった叫びが爆発した。
……これ、この件が終わったらまた逃げ回らないといけないんだろうなぁ。
このあと起こるであろう出来事に俺は顔を引き攣らせる。
「あー、そのだな、峰月」
「るなって呼んでください! ぜひぜひ! るなも名前で呼ばせてもらってもよろしいでしょうか!」
「べ、別にいいけど……じゃあ、るな。俺とその……付き合いたいっていうのは、本気か? 冗談とかじゃなく?」
「はいっ! 大マジです!」
いやまあ、そりゃそうか。愚問だった。
冗談でこんな大勢の前で告白なんてそれこそ悪い冗談だろうし。
それなら俺も真面目に返事をしないといけないよな……。
「あ、返事は今すぐじゃなくても構いません!」
峰月、じゃなくて、るなが胸の前で両手をぶんぶんと振った。
「そ、そうか。でも保留ってする方もされる方もそんなにいい気分じゃないような――」
「――それと放課後時間はありますかっ!? ぜひ一緒に食事でも!」
「お、おお……」
両手をグッと握って胸元に踏み込んで見上げてくるるなに俺は身を仰け反らせた。
この子、小動物チックで動作がオーバーで見てて飽きないんだけど、いかんせん押しが強い。
「それではまた放課後に! るなはお昼がまだなので!」
るなはそう言うと颯爽と去っていく。
了承してないけど、勝手に約束を取り付けられてしまった。
どうしたもんか。
「なんかすごいパワフルな子だったね。あの子とはどんなきっかけで?」
「さっき逃げ回ってる時にぶつかりそうになったんだよ――うぉっ!?」
遥に経緯を説明していると、横から襟首を摑まれて強制的に顔をそっちに向けられた。
「どどどどどどういうことなのりっくん!? なにが一体どうなって告白なんてされてるわけ!?」
「おおおお、落ち着け陽菜! 揺らすな!」
視界がっ!? 視界がガクガク揺れて気持ち悪い!
「付き合うんですか!? あの子と付き合っちゃうんですか!? どうなんですか理玖くん!」
「有彩まで!? ちょっ、マジでおちつ……! 頼むから揺らすのをやめてくれ!」
ヤバい! このままじゃ事情を吐き出すどころか余計なものまで吐き出してしまう!
こうしている間にも腹の中で順調に弁当がシェイクされ続けて生まれ出でる準備してやがる!
「高嶋さんも竜胆さんも、それだと理玖が喋りたくてもちゃんと喋れないでしょ! 落ち着いて! 理玖の顔が青くなっていっちゃってるから!」
遥の助け船で、ようやく2人は手を離してくれた。
た、助かった……まだ視界がぐわんぐわんしてやがる……。
「さ、さっきも遥に言ったけどな、たまたまぶつかりそうになってあの子が階段から落ちそうになって、それを俺が助けただけなんだよ……だからどうして告白なんてされてるのか俺にも分からないんだって……うぷっ」
「それってもしかして吊り橋効果なんじゃ……?」
「そ、それで、りっくんはあの子と付き合っちゃうの?」
陽菜が心配そうに俺を見上げてくる。
「るなが本当に真剣ならちゃんと考える。……けど、どのみち断るだろうな」
襟首を摑まれたせいでぐちゃぐちゃになったネクタイを直しつつ、俺は答えた。
なんていうか、初対面の女の子に一目惚れされた、という現実離れした出来事をまだちゃんと飲み込めていない。
悪い子じゃなさそうだし、好きだと言われて嬉しくないはずがないんだけど。
るなと付き合うってビジョンがどうして今の俺には想像出来ない。
「そ、そっか。……よかった」
「よかったです……」
なんで2人がそこまでホッとしてるのかは分からないけど、普通は一目惚れしましたって言われてもじゃあ付き合いましょうとはならなくないか?
いくら童貞の男子高校生という異性の誘惑に限りなく弱い生き物でもそのぐらいの判断は出来るぞ。
「り、理玖の野郎が告白されただと……!? じゃあ、もしあの時俺が理玖の方面に逃げてれば今頃俺が告白されてたのでは……? うぉぉぉぉおおおおおおお! チクショウ! 俺はなんてもったいないことをォ!」
と、思ったがやっぱり童貞の男子高校生はそのぐらいの判断も出来ないのかもしれない。
俺は頭を抱えて叫ぶ和仁を見て、そう思い直すのだった。
――うわあ、超帰りてえ……。
勉強をそっちのけで暴徒と化して襲ってきてクラスメイトたちから逃げ延びて、るかから指定されたとあるカフェにきた俺は、いの一番にそう思った。
俺の視線の先にはるなと、なぜか陽菜と有彩の姿。
なんかあそこだけやたらと空気悪くないですかね? 頼むから気のせいであってほしい。
店内には入ったものの、本気で帰ろうかどうか悩んでいると、店員が見事な営業スマイルを携えてやってきてしまった。
その上――。
「……っ!」
るなが俺に気付いてぶんぶんと手を振ってきてしまった。
そのせいで陽菜と有彩も俺に気が付いて、俺に視線を飛ばしてくる。
『イイカラハヨコイ』
『カエッチャダメデスヨ?』
目で語るにもほどがあるほどの圧。
俺は店員に待ち合わせであることを告げ、すごすごと席に向かう。
去り際に店員から向けられたご愁傷様です的な視線でとても心が痛い。
「理玖先輩っ、お待ちしてました!」
「あ、ああ。悪い、待たせたな。……で、2人はなんでここに?」
「いたらいけないの?」
「いたらいけないんですか?」
「いえ滅相もございませんとも」
とてもここにいる理由を聞き出せそうな雰囲気じゃない。
これ以上踏み込んだらきっと殺られる。
「ささっ、どうぞるなの隣に!」
まあ、対面の席は陽菜と有彩が座ってるし、俺が座れるのはこっちしかないよな。
俺は座席をぱふぱふと叩くるかの隣に腰を下ろす。
「えへへー、理玖せんぱーいっ」
「うわっ!? ちょっ、るな!?」
腰を下ろした途端、るかが右腕にぎゅっと抱き着いてきた。
ほわり、とバニラのような甘い香りが漂い、右腕がなんとも言えない幸せな感触と温かさに包まれる。
「なにやってるんですかうらやまし……すぐに離れてください!」
「そうだようらやまし……離れてよ! りっくんが困ってるでしょ!」
抱き着いてきたるかに対してなぜか2人からの猛抗議がすごい。
というかうらやましとは?
まあ、いいか。とりあえずは……。
「る、るな。離れてくれ。その、色々と当たってるから」
そっと抱かれていた腕を抜き取り、僅かに距離を取った。
右腕には当然まだ温もりと匂いが残っているし、自分の腕なのに扱いに困る。
「むーっ。るなは別に理玖先輩になら平気なのに」
「ダメ。付き合ってもいないのにそういうのは認められません」
「まったくもってその通りです。理玖くんにはまだ早いです」
「お前ら俺の母親かなにか?」
今のでアウトなら付き合ってもいない俺たちが同棲しているのってゲームセットだと思うんだけど?
それはいいのか? 判断基準が分からん。
今更同棲のことをどうこう言ったりはしないけどさ。3人ともの両親の承諾は取れてるわけだし。
「ところで、本当にお2人は理玖先輩のなんなんですか? 一応お名前はお聞きしましたけど、今日だって先輩と2人きりでお話したかったのに」
「あたしはりっくんの幼馴染みで」
「私は理玖くんのクラスメイトで友達です」
「えっと、ただの幼馴染みとクラスメイトですか?」
ただの、の部分をやたらと強調しつつ、るながこてんと小首を傾げた。
「それならるなが先輩にどうアプローチしてもただの友人であるお2人にはなにも関係ありませんよね? それとも、なにか不都合でも?」
「そ、それは……う、ぐぐ……!」
「ぐ、ぬぬ……!」
どうやら今のやりとりで3人の中で勝敗は決したらしい。
陽菜はうぐぐり、有彩はぐぬぬり始めてしまった。
おい、ストローをガジガジしたり、飲み物をぶくぶくしたりするな。行儀が悪いぞ。
「だ、大体どうして峰月さんはりっくんのことを?」
「そ、そうですよ。今日出会ったばかりのはずですよね?」
「人を好きになるのに時間なんて関係ありません! るなは理玖先輩に助けられて抱き留められた時に思ったんです!」
るなが俺を見て、うっとりしながら声高に叫んだ。
「――ああ、この人の子を孕みたい、と!」
「………………はぁんっ!?」
今なんて!? なんかとんでもないこと言わなかったか!?
「ちょっちょっちょっと!? 峰月さん! なにを言ってるんですか!? 女の子がそんなことを堂々と!」
「はっ……! す、すみません。るなとしたことが、つい、理玖先輩への想いが抑えきれずにはしたないことを言ってしまいました」
るなが赤く染まった頬に両手を添え、恥ずかしそうに俺を見上げてくる。
いや、コメントしづれえよ。
「とりあえず、注文してもいいか?」
色々とありすぎて注文をしていなかった俺は、今更メニューを手に取った。
それから30分程度で店を出る、まではよかったんだけど……。
「あ、迎えがきました。あの車です」
「――なあ、るな」
「はい? なんでしょうか?」
「お前ってもしかしてお嬢様?」
るなが迎えを呼んで、やってきた大きな黒い車を見て、俺と陽菜と有彩は3人揃って唖然とする。
これってリムジン、だよな?
「そんな感じになっちゃいますね。隠してたわけじゃないんですけど、言い出すタイミングもなかったので」
「まあ、そうだな」
告白やらなんやらいきなりすぎたからな。
しかし、即座に行動に移す行動力に財力もあるときた。
それ1番組み合わせたらいけないステータスじゃないか?
「ところで高嶋先輩、竜胆先輩」
「あ、陽菜でいいよ」
「私も名前で大丈夫ですよ。それで、なんですか?」
「それじゃあ改めて、陽菜先輩、有彩先輩。――ちょっと理玖先輩を借りていきますね?」
「「へ?」」
陽菜と有彩が声を揃えて疑問の声を漏らした瞬間、るなが俺をぐいっと引っ張ってきた。
咄嗟のことで反応が出来ずに、声を上げる間もなく、俺の身体はそのままるなに覆い被さる形でリムジンの中へ入ってしまう。
「きゃっ、理玖先輩ってば大胆です! るな的にはこのまま温もりを堪能したいところですけど……出しちゃってください!」
「「ちょっ!?」」
背後でドアがバタンと閉まる音と、陽菜と有彩の声が重なって聞こえる。
そして車が動く感覚がして、ようやく事態を把握した。
状況を察するに、どうやら俺は後輩に拉致されてしまったらしいです。
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