第23話 水族館デート(仮)

「有彩? 何やってんだ?」


 学校も終わり、欲しい本があったのを思い出して書店に寄って帰ってきた俺が見たのはリビングでうんうんと唸っている有彩の姿だった。

 

「理玖くん……あの、実はですね。小説のネタが思いつかないんです」


「ネタ? なるほど。それでテーブルの上に本が積み重なってたわけか」


 小説を書くのって大変そうだしな。特にネタとか何を書いていいか分からなくなった時とかしんどいだろうし。

 実体験を書いたりとか経験の無いことでもちゃんと調べて書かないといけないわけだしな。


「何か手伝えることあるか?」


「手伝ってもらいたいのは山々なんですけど……これってネタバレみたいになるじゃないですか」


「俺は別に気にしないぞ? それで有彩が面白い小説を書く手助けになるならいくらでも手ぐらい貸すって。俺も面白い話を読みたいし」


 それに俺が協力したことが反映されるってことは物語の登場人物になった気分になりそうだしちょっと楽しそうなんだよな。


「それで今はどういうところで詰まってるんだ? もしかしたら俺の経験とか知識とか活かせるかもしれない」


「本当ですか! 実は次の回で主人公とヒロインがデートに出かけることになっているんですけど……」


「すまん、俺の力不足だ」


「諦めるのが私より早いじゃないですか!」


「だって俺デートの経験無いし! 無からデートの経験なんか語れないだろ!」


「私だって無いですよ! だから悩んでるんじゃないですか!」


 それもそうだ。しかしデート回か……前回でそういう雰囲気になっていたのは分かっていたけど……。

 世の中の作家さんってどうやってデート回を書いてるんだろうか? やっぱ実体験? それならラブコメ作家ってリア充にしか出来ない業の深い職業になってしまうよな。


「一応聞いておくけど、どこにデートに行くとかは考えてたりするのか?」


「定番ですけど水族館がいいかと思ってます」


「水族館か……そう言えばしばらく行ってないな」


 最後に行ったのって中学生ぐらいの時だっけ? 記憶が正しければ修学旅行で行ったきりだと思うけど。


「うーん……よしっ! 悩んでても仕方ないから実際に行ってみようぜ!」


「行くって……水族館にですか!?」


「悩むぐらいなら実際に行ってみた方がいいだろ? 俺も久しぶりに水族館に行ってみたくなったしさ。次の土日ってどっちか空いてるか?」


「は、はい! 空いてなくても命がけで空けます! 約束します!」


「いや命までかけなくても別によくね?」


 そんなに水族館行くの楽しみなのか? まぁ、俺も割と楽しみなんだけど。

 ん……? 何かこう、重要な事実を見逃してるような気がするんだよな。


「理玖くんとデート……まさかこんな機会が訪れるなんて……頑張らないとっ!」


 有彩が何かを呟いていて、気合を入れているように見える。

 あぁ。そりゃ自分の小説のネタを取材に行くんだし気合も入るよな。


「とりあえず陽菜も誘ってみるか?」


「あ、あの! この事は陽菜ちゃんには内緒でお願いします! あくまでも2人きりの時の気分を体験したいので!」


「それもそうだな。じゃあ当日は俺と有彩はバラバラに家を出て待ち合わせ場所で落ち合うってことでいいか?」


「はい!」


 とは言え、絶対にバレたら面倒なことになるし……隠して1人だけ省いて行くのはなんとも気が引けるからな……お土産ぐらい買って帰らないとなぁ。


♦♦♦


 当日。適当に理由を付けた俺は有彩より先に家を出て待ち合わせ場所で待っていることにした。

 理由はまぁ、女子を待たせることはあまり気が進まないのと……。


「絶対あいつナンパされるからな……面倒なことは減らしておきたい」


 美少女が待ち合わせ場所で立っていたりしたらそりゃナンパするに決まってる。というか陽菜のこともあったしどうにもそういう方面に気が抜けない。

 世の中の男が和仁みたいに美少女に話しかけることをチキるヘタレだったら話は早いんだけど生憎そうじゃないからな。


「お待たせしました! 待たせちゃいましたか?」


「待ったも何も……2人で決めた時間通りだろ?」


「……やり直しです」


「リテイク要請!? なんでだよ!」


 えっ、お互いに決めた時間通りだよな!? 今直すところあったか!?

 何がそんな不服なんだよ……子供じゃないんだから頬を膨らませてそっぽ向くのやめてもらっていいですか?


「はぁ。……理玖くん! これはデートなんですよ!」


「……デート? 誰と誰が?」


「私と理玖くんがです! 水族館デートの取材をする為にここに来てるんですよね! 自分たちの経験を小説に落とし込む為に!」


 そ、そうか! なんか違和感あると思ってたら! そうだよな! デートに行く主人公とヒロインのことを書かないといけないんだからデートの取材しなくちゃだもんな! え!? じゃあ何!? 俺今日は有彩の彼氏役としてデートしないといけないってことか!? ただの取材だと思ってたのに急にハードルが高くなったぞ!?


「と、とりあえず行くか?」


「は、はい……」


 2人してデートという単語を意識して赤面しながらも水族館に向かって歩き出す。

 デ、デートってなにすればいいんだ!? そもそもデートってなんだ?(哲学)

 これに関して答えが出せるほど伊達に童貞は貫いていないんだよ! いや好きで貫いてるわけじゃないけども!


 脳内で1人でボケ、1人でツッコミを入れ始めてしまうぐらいには、今の俺は動揺してしまっている。

 

 と、とりあえず落ち着け、俺……! デートなんだし、有彩の小説の為にもここは俺がちゃんとリードしないと!


「あ、有彩」


「ひゃい! なんでしょうか!」


 ひゃいには触れない方が良さそうだ。急に声をかけた俺が悪かった。


「……手繋がないか?」


「あ、は、はい!」


 とりあえず手汗がヤバいからズボンで火が出るんじゃないってぐらいに擦ってから手を差し出すと、まじまじと見つめられてなんだか妙にこそばゆい。

 これで手を握って手汗のこと言われたら一生手を繋ぐとかいう恋愛強者の行動には出ない。なんなら右手を切り落とすレベル。


 やがて、有彩の小さな手が俺の手をきゅっと控えめに握り締めた。


 有彩と手を繋ぐの2回目だけど、やっぱりこのこそばゆい感じにはなれそうにもない。あ、ちょっ、やめて? にぎにぎしないで? 心臓が死ぬ。つまりは俺が死んじゃうから。


「えへへ……なんだか本当にカップルになったみたいですね」


「そ、そうだな。行くか」


「はいっ!」


 ほにゃりと顔を緩ませた有彩と手を繋ぎながら歩く。

 冷静になろうとしても心臓がくっそうるさい。あぁ、もう思考がまとまらない! 

 ……ひとまず、ラノベやマンガで得た知識で行動していくしかないよな! まずは車道側は男が歩く! これは鉄板だよな!


 脳内で必死にデートとはなんぞやと整理しながら歩く、彼女いない歴=年齢の童貞の姿がそこにはあった。


♦♦♦

 

「おお~やっぱすげえなぁ……!」


「綺麗ですね……!」


 手を繋いだまま見上げた先には巨大な水槽と中を自由自在に泳ぎ回る色とりどりの魚たち。周囲のざわめきも少ないせいか、まるで自分が本当に水中にいるような錯覚に陥ってしまいそうになった。


 薄暗い館内の道は水槽から反射した青みがかった光が照らし、魚を観なくても幻想的な雰囲気になる。時折水面が揺らぎ、光の形が変わっているのもこの空気を作り出すのに一役買っているんだろう。


「わぁ! 可愛いですっ! アザラシですよ理玖くん!」


 有彩に促されて横を見るとアザラシがちょうど水中で身を翻し水面に上がっていくのが見れた。

 移動した後に残る泡が水の中に軌跡として残って、それにすら感動を覚えてしまう。


「ペンギン! ペンギンがいるぞ有彩!」


「写真! 写真撮りましょう!」


 ペンギンの水槽を背景に2人で並んで写真を撮る。

 撮られた写真を見ると、無邪気に笑う俺と有彩がそこにいて、隣で笑っている有彩の可愛らしい笑顔よりも自分の笑顔が気になった。

 俺って、こんな風に笑えたんだな……なんか自分の顔見てるのに他人を見てる気分だ。


 この先、有彩は本当に付き合った男と何度でもこういう顔をするんだろうな。だって有彩にはちゃんと好きな奴がいるんだから。

 じゃあ、俺がこの先……こういう風に誰かの隣で笑ってる未来があるのかと聞かれれば、答えは曖昧に濁すしかない。


「理玖くん? どうかしたんですか?」


「いや、なんでもない。おっ、有彩! イルカだイルカ!」


「え!? イルカの前でも写真撮りましょう! 早く!」


 とにかく、今は彼氏役としてこの取材デートに徹することに集中した方がいいよな。

 その後、イルカのショーを観に行ってからも大いにはしゃぎ、取材デートは大成功と言える形で俺たちは水族館を出た。


♦♦♦


「今日はありがとうございました。とてもいい経験になりました」


「そりゃ良かった。次回も面白い話期待してるぞ」


「はいっ!」


 夕暮れの道を2人で歩きながら、手を繋ぎっぱなしだったことに気が付いた。

 飯の時とかちゃんと離して、自然に繋ぎ直してしまうぐらいには、それが当たり前になってしまってたんだな。


「あっ……」


 静かに手を離すと、するりと有彩の手が抜け落ちていく。

 どうしてか有彩は酷く名残惜しそうな顔をして、俺を見る。でも、これでいい。残りの温もりは、好きな奴の為に取っておくべきだ。


「あのっ! きゃっ!」


「有彩!」


 こっちに距離を詰めようとして躓いた有彩を咄嗟に受け止める。さっきまで手だけだったはずの温もりが俺の身体中に広がっていく。


「大丈夫か?」


「はい……ありがとうございます」


 咄嗟に抱き留めたことによって、俺たちの距離は近づき、顔と顔の距離も近くなり、大きな目とか長いまつ毛に意識が向いてしまう。

 そして、見るつもりじゃなかったのに……視線は自然と唇にも向かってしまった。


 いや……待て、なんで目を閉じるんだ。まるでそれじゃあキスを待ってるみたいじゃねえか。


「それは……ダメだろ。そういうのはちゃんと好きな奴に、だな」


「――私、理玖くんのことが好きです」


「――え?」


 一瞬何を言われたのかが分からずに、硬直した。


「何を言って……」


「――なんて、冗談です。小説の取材はまだ継続中ですよ?」


「そ、そうだよな! あー、ビックリしたぁ!」


 演技にしてはやけに真に迫っていたからうっかり本気なのかと思ったわ! 


「私、ちょっと寄る所があるので、先に帰っていてください」


「ん? それなら俺も付き合うぞ?」


「いえ! ちょっとした用事ですから! では!」


 うおっ、足早! なんかやたらと顔が赤かったような気もするけど……夕焼けのせいでよく分からなかった。

 

 にしても、まだ心臓がバクバクいって……ん? 


「おう、理玖。こんなとこで奇遇だな」


「なんだ和仁か。急に肩叩かれたから誰かと思ったわ」


 はっはっはとお互いに声を上げて笑う。


「ちょっとそこまで面貸せこのクズがぁ!」


「嫌に決まってんだろこのカスがぁ!」


 くそっ最悪だ! どこから見られてやがった! この感じだと最後の方だけっぽいけど!

 俺のデートもどきの最後の思い出は、和仁との鬼ごっこで上書きされることになりましたとさ。


♦♦♦


「理玖くんのバカ! ……私の超超超大バカぁ!」


 同時刻。少年が追い回されている時に、1人の少女が顔を真っ赤にして自らのヘタレ具合を罵倒し続けていたとかいないとか。

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