第22話 終わりのない派閥論争

「絶対犬だよ!」


「いえ、猫です!」


 なんか置きっ放しにしてた財布とスマホ取りにリビングに来たら陽菜と有彩が言い争いしてて、俺困惑。 

 今2人が言った言葉と付きっぱなしになってるテレビ見ればなんで争ってるかは分かるんだけど。

 どうせ動物番組を見てて、犬と猫どっちがいいかって話題になって2人の道はそこで袂を分かったわけだ。

 いや、決めつけはよくない。もしかしたら犬井さんと猫田さんどっちがカッコいいかとかそういう話かもしれないよな。


「お前ら何で争ってるんだよ」


「聞いてよりっくん! 有彩ってば犬より猫の方が可愛いって言うんだよ!」


「猫より犬の方が可愛いって先に言ったのは陽菜ちゃんですよ!」


 やっぱりそういう話題かよ。俺のフォローが無駄になっちまったじゃねえかよ。悪いな、犬井さんに猫田さん。ていうか誰だよ、2度と現れんな。

 はぁ……どうせこの後俺にどっちがいいかって2人して聞いてきて数でマウント取ろうとするんだろうなぁ……。


「理玖くんはもちろん猫派ですよね!」


「りっくんは犬派だよね!」


 ほら見たことか。めんどくせえ……人それぞれ好みがあるんだから、その言い争いは時間の無駄でしかないぞ。

 どうしてこう、自分の1番を他人と共有したがるんだ? まあ確かに俺もきのこだのたけのこだの和仁と言い争ったりするし、そういうもんなのか。

 自分が話題の中心にいなくて誰かの論争に巻き込まれそうになった時は俺は大体こう答えると決めている。


「どっちも可愛いでいいじゃん」


 そう、中立だ。

 そもそも俺は動物全般大好きだし、俺にとってこの争いほど無益なものはない。


「りっくんにはがっかりだよ」


「理玖くんならそう言うと思ってはいましたが……残念です」


「なーんでさっきまで言い争ってた癖に急に結託しだすかね!」


 2人にとって共通の敵が出現したことによって、ヘイトが俺に向いたらしい。え? 犬猫の争い終了? それならいいや。はい、問題解決。


「いっそのことどっちが上かじゃなくてどんなとこが可愛いかで話し合えばどっちの良さも分かるんじゃねえの?」


「……そうですね、では猫と犬、双方のいいところをとことん語り合うとしましょうか」


「望むところだよ!」


「じゃ、俺ちょっと出かけてくるから。あとは若いお2人でどうぞ」


 ここにいてどっちがいいか判断してくれ的なことを言われる前に俺はリビングから出る。

 案の定、リビングを出る際に2人が何かを言おうとしてたけど、聞こえない振りして扉を閉めた。

 財布とスマホ置きっ放しにしててよかった。おかげでスムーズに脱出することが出来た。

 

 ……どうか帰ってくるまでには決着がついてますように。


♦♦♦


「抜け出したはいいけど……どうやって暇潰そうかな……」


 あの分だと日が暮れるぐらいまで続くって思った方が良さそうだし、どこか時間を潰せる場所見つけねえと。

 ゲーセンはこの間行っただろ? 本を買っても外で読むにはカフェかどっか座れる場所見つけないといけない。


「あれ~? 理玖君じゃん」


「柏木? よっ、偶然」


「うん、おっすおっす! どうしたの? 1人? 陽菜ちゃんとか有彩ちゃんと一緒にいないなんて珍しいね?」


「いや別にいつも一緒にいるわけじゃないから。セット頼んだらおもちゃが付いてくるみたいな感じで捉えるのやめてくれよ」


 こいつさては頭の中ハッピーセットだな? なんかハンバーガー食いたくなってきた。I'm lovin' it! 


「ごめんごめん。でも最近だと特にあの2人のどっちかが理玖君の側にいた気がするから尚更ね」


「それを否定出来ないのが悔しい……あいつらなら家で犬猫どっちが上か語り合ってるよ。巻き込まれるのが嫌だったから逃げてきた」


「そうなんだー。モフモフ教のなるちゃんからすればどっちもモフれるんだから争う理由にはならないねー」


「モフモフ教とやらがなんなのかは知らないけど、それには同意だな。柏木は何してたんだ?」


「えー? 私のことが気になる~?」


「じゃ、いいや。またな」


 ウザ絡みモードに入ったのを察してその場で踵を返し、早々に立ち去る意志表示を見せる。


「もーそうやって、結局のところ話聞いてくれるんでしょー? って本当に立ち去ってるし! うわぁん! 話すから待ってよぉ!」


 柏木は涙目になりながら空いた距離を小走りで詰めてきた。最初からそうやって素直に話していればいいんだよ。


「私も部活無くて暇だったから暇潰しでうろうろしてたとこなんだー。あっ、良かったら一緒に行動しない?」


「目的は一致してるしな。いいぞ、とりあえず腹減ったし飯でも食うか」


「理玖君の奢り?」


「俺が飯を食ってる様を近くからよく見ておけ。さぞ飯テロになるだろうな」


「冗談だってば! 人にたかったりするような女子力はお財布の中に入れておりませんとも! その代わりにちゃんとお金は入れてあるよ」


 ま、飯奢るぐらいならいいか。暇潰しに付き合わせておいて何もしないのはなんとなく気が引ける。

 

「どこに行く?」


「お腹も満たせて暇も潰せる……カラオケとか?」


「それは絶対に嫌だ!」


「え? もしかして歌うの苦手なの?」


 違う、むしろ歌うのは好きなぐらいだ! 逆に周りの奴らが俺の歌が苦手なんだ!


「とある筋からの話によれば、俺の歌は剛田のあんちゃんの方が上手く聞こえるレベルらしいからな」


「公害クラス!? 逆に気になる!」


 カラオケから遠ざけるつもりが逆に興味を持たせてしまったらしい。

 目がすげえキラキラと輝いているし、体勢を前のめりにして近づいてくる。

 そのポーズあれだな、胸部が強調されてとても目に優しいと思いますありがとうございます。

 ちなみに大きさとしては陽菜より小さく有彩よりは大きくと言ったところ。


「ねえ行こうよ~! このままだと気になって夜も眠れそうにないし!」


「俺は別にそれでもいいんだけど。お前が明日の授業のノートを取り損ねるだけで俺にはノーダメだから」


「昨日理玖君が寝かせてくれなくてって言えばいいのかな?」


「それだと俺が暴徒に襲われることになるだろうが!」


 こいつ本当いい性格してる。俺がいつも襲われてるの知っててそういうこと言うんだからな。


「……はぁ、絶対に後悔するなよ? すると思うけど」


「しないしない! それじゃレッツゴー!」


 ――そして、数十分の時が経ちまして。


「……もう、地獄は終わったの? 大丈夫? 私の両耳ちゃんと付いたまま?」


 なんて数十分前には意気揚々と俺を引っ張ってカラオケ店に向かっていた柏木の現在がこちらになります。

 さっきまであんなにキラキラした目で世界には希望が満ちていると言わんばかりの輝きを灯していた彼女の瞳は今、絶望に満ち溢れどんよりと濁ってしまっていた。

 我ながら、恐ろしい威力をしてるぜ……俺の歌。


「な? 後悔しただろ?」


「……うん、これならガキ大将のリサイタルを何時間でも耐えられそうだよ。怖いもの見たさって怖いんだね」


 例えば、肝試しやホラー映画をなんらかの気分で楽しみにしていたとして、予想以上に怖かったら人はこういう反応をするんだと思う。


「で、どうする? とりあえず飯だけ食って出るか?」


「それだと勿体ないし……お喋りしながらご飯食べて、時間が空いたら私が歌うよ。理玖君はもう私の前でマイクを握らないで」


「たった4~5分でトラウマもんってことですかそうですか」


 だから嫌だって言ったのに。俺はカラオケに行く時は必ずヒトカラって決めてんだよ。下手なのは自覚してるし、聞いたら不快にさせるだけだからな。

 ちなみにこれ、幼馴染で大体の情報は共有してる陽菜にさえ内緒にしてるんだぜ?


「ふぅ、気を取り直して! なるちゃん、歌います!」


 アップテンポなイントロが始まって、立ち上がった柏木がリズムを取って体を揺らすとトレードマークのポニテも合わせてゆらゆら揺れる。

 おー、やっぱ友達とよくカラオケ行ってそうだし、上手いもんだな。

 

「いぇーい! どう? 聞き惚れた?」


「自分から聞いてこなきゃ最高だったかもな」


「あははっ! あー、よく考えればこうやって男子と2人きりでカラオケ来るのとか初めてだなー。これってデートになるのかな?」


「男女間で出かけることを必ずしもデートとは言わないだろ。あれって、どっちかに恋愛感情があったらデートってことになるんじゃないのか?」


 その辺はよく知らんけど、男女であっても普通に友達として遊ぶことなんていくらでもあるはずだからな。

 ……多分これ和仁たちに言ったら1発でスイッチ入るだろうけど。


「そういうもんなのかな? あ、記念に写真撮ろうよ!」


「なんの記念だよ。別にいいけど」


「2人で暇潰しにカラオケに来ました記念とか?」


「まんまだな」


 柏木が片手にしたスマホに俺と柏木の姿が捉えられ、パシャリと軽快な音を立てて写真が撮られる。

 特にポーズも撮らず、俺は真顔だったけど、横ピースで満面の笑みを作って写真に写ってみせた柏木は満足そうに頷いていた。やっぱ撮り慣れてるんだろうな。


「あとで写真送るねー!」


「オッケー。じゃ、俺飲み物取ってくるから」


 柏木のグラスにまだ飲み物が入っていることを確認してから、自分のグラスを持って席を立った。

 

 その後、戻ってきてから頼んでおいた食事を腹に詰め込み、時折柏木の歌を聴きながら、案外時間ギリギリまで過ごせてしまうのだった。


♦♦♦

 

「さて、あいつらの話終わってるといいけどな」


 カラオケ店を出て、いい時間帯になっていたこともあり、俺たちはお互いに家に帰ることに。

 柏木には帰り道で美味いと評判のケーキ屋に寄って陽菜と有彩へのお土産を選ぶの手伝ってもらって、そのお礼にケーキを奢ってやった。

 まぁ、今日1日の礼も含めてにしては安いもんだよな。


「ただいまー」


 ケーキを片手にリビングに入ると、陽菜と有彩が2人してテレビを食い入るように見つめていた。……とりあえずケーキは冷蔵庫の中に入れておくか。


「で、決着はついたのか?」


「うん! 猫って犬に負けず劣らず可愛いんだね!」


「犬だって猫に負けてないですよ!」


「お、おう……そうか」


 話を聞くと、どうやらお互いにいいところを語り合ってる内に魅力が伝わってどっちも可愛いって結論に落ち着いたみたいだった。


「じゃあ俺ちょっと部屋に戻ってるわ。冷蔵庫の中にケーキあるから好きなの選べよ」


 スマホの充電ヤバかったんだよな……ん? 柏木からメッセージ来てるな。


『今日はありがとー! 楽しかったよー! また機会があったら一緒に遊ぼうね!』


 メッセージと一緒に撮った写真も送られてきていた。まぁ、こんな1日もアリ、だよな? 思えば陽菜や有彩以外の女子と出かけるのは俺も初めてだったし、割と楽しかった。

 普段から遥や和仁ぐらいしか学校以外でも絡みがある奴っていないからな。

 そう考えると、俺って結構友達少ないんだな。


 っと、晩飯当番今日は俺だったな。冷蔵庫の中確認してなかったけど、今朝見た記憶では食材らしい食材無かったような気がする……買い出しにもう1回出かけないといけなくなりそうだ。


 献立を考えながらリビングに戻る。


「絶対モンブランです!」


「ショートケーキだよ!」


 うわっ、めんどくせえ……!

 その言い争いの声で全てを察した俺は、声を掛けられる前にそっとリビングを後にして、買い出しに出かけるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る