第24話 前途多難な試験前

 キンコンカン、と聞きなれたチャイムが鳴った。

 俺は弁当を取り出すと同時に数学の教科書を取り出し、ノートと見比べて公式を見ていく。


「おいおい、どうしたんだよ理玖」


「どうしたも何ももうすぐテストだからな」


「テスト? おいおい、急に英語とか使い始めるなよ。日本語を話せ」


 ……こいつ、まさかテストという単語を英語として認識してリスニング出来ていない!?


「試験勉強だ。もうすぐ中間試験だからやっとかないとまずいだろ」


「べん……きょう……?」


「いやそんな初めて聞く単語みたいな反応されても。俺は知らないからな。現実を見ろ」


「い、嫌だ! そんなもんしたら俺が死んじまう……」


「どっちにしろ留年したら社会的に死ぬぞ」


 まぁ、俺としてはこいつが留年しようがどうだっていい。が、和仁を後輩たちに押し付けるのはちょっと心が痛む。


「り、理玖!」


「おい、和仁。先輩を付けろよ」


「お前既に俺が留年することを決めつけてるだろ」


「ほう、どうやらそこに気付くだけの知能は持ち合わせているようだな」


「てめえマジ表出ろ」


 いかんいかん、これ以上煽ってたらこいつがキレて俺の勉強時間が減らされることになる。それは非常に怠い。


「悪かったって、落ち着けよ」


 俺の言葉に和仁は息を吐いたあと、渋々と言った感じで口を開いた。

 

「た、頼む。勉強を教えてくれ」


「ん? 今なんでもするって」


「言ってねえな。だが、俺のお宝本をお前に1冊やろう」


「3冊だ」


「グッ……仕方ねえ……」


 よし、交渉は成立だ。とりあえず赤点を取らないラインまではちゃんと教えてやろう。報酬もあることだし。


「勉強会? 僕も混ざってもいいかな?」


「おう。遥がいれば百人力だ。和仁に教えるのは俺1人じゃ骨が折れそうだからな」


 遥は基本的には成績優秀な為、テストの順位は俺より上だ。

 更には教え方も上手いと評判でテストの時期になると引っ張りだこになってしまう。その遥を誰よりも早く獲得出来たことはかなりプラスに働くな。


「チッ、バカに小鳥遊を取られた」


「あのクズが抜け駆けしやがって」


「小鳥遊があのメンツを離れたら次は俺たちが頂くぞ」


 このように頭の悪い奴らにとって遥に勉強を教えてもらうことは奴らにとって生命線であり、非常に競争率が高い。

 とりあえずあの3人の内、2人はテストを受けるまでもなく脱落するだろうけどな。陽菜にクッキーでも作らせてそれを食わせれば1発だ。


「私も混ぜてー……。赤点取っちゃうと部活に参加出来なくなっちゃうー……。追試の時期と試合前の大事な練習試合に参加出来なくなっちゃうー……」


 頭からぷすぷすと煙を上げた柏木がふらふらしながら近寄ってきた。

 その動きはまるでガス欠寸前のロボットのよう。


「ちなみに柏木さんはどの教科が分からないの?」


「全体的に苦手だよー……今は教科書開いて目次を見て諦めたところー」


「勉強以前の問題じゃねえか」


 目次を見て諦めるとかお前普段からどんだけ授業で寝てやがんだ。よく見ると俺たちの教科書よりも新品に近く、折り目すらほとんどついていない。

 こいつ……さてはテスト前に友達のノートをコピーして気合で徹夜して詰め込んでやがるな?


「はいはい! あたしもその勉強会に参加したい!」


「お前言うほど成績悪くないだろ。むしろ俺と同じぐらいだし」


「そんなこと言わずにさ、仲間外れ反対!」


「……とりあえずクッキーを作ってくれるならいいぞ?」


「え!? いいの!? クッキーね、任せておいて!」


 よし、これであとはテスト前に奴らに食わせるだけでいいな。……あれ? 俺のやろうとしてることって外道? まぁいいか。どうせいてもいなくてもあいつらの点数なんて0に近いんだしな!


 ちなみに陽菜は俺と同じぐらいの成績だけど、こいつは自分では理解出来ることを他人に教えたり説明したりするのがド下手くそだ。

 頭の中では何が言いたいのか分かっているのに、それに相応しい言語が見つからないみたいな感じらしい。


「一体何を企んでいるんですか……陽菜ちゃんにクッキーを作らせるなんて……」


「はぐらかして言うなら陽菜の料理の練習」


「はぐらかさない場合は?」


「ゴミ掃除」


 有彩がこれ見よがしにため息を吐いた。お前も毎日のように襲い掛かられるようになったら絶対俺の気持ちが分かるようになるぞ。

 とは言え、自然なながれで有彩も勉強会に加わることになった。


 ちなみに学力順で言えば有彩、遥、俺=陽菜、柏木、和仁の順。


「勉強会するのはいいけど……場所はどうするの?」


「理玖ん家でいいんじゃねえか? こいつ1人暮らしだし部屋もそこそこ広いだろ」


 まぁ、そう言うと思ってたけど……どうするかなぁ。今1人暮らしじゃなくて女子2人と同棲してるんだよなぁ……慣れてたけどやっぱ普通に考えておかしいよな。

 

「すまん、俺の部屋で勉強すれば逆に成績が下がるって占いで出てたからダメだ」


「そんなピンポイントな占いがあってたまるか。それにお前占い信じない質だろうが」


 ほう、そこに気付く知能は……ってもういいわ。

 策を考えながら陽菜と有彩を見ると2人と目が合った。


「……よし分かった。じゃあ放課後俺の家な」


「分かったと言いたくはないが、分かった。というか飯食わねえとやべえから俺は購買に行く」


 そう言って、和仁は教室を出て行った。


「りっくん大丈夫なの? 家に呼んだりして」


「そうですよ。他の場所を考えた方が良かったんじゃないですか?」


「まぁ、カラオケやらファミレスやらあっただろうけど。とりあえずは大丈夫だろ」


「理玖のことだから何か考えがあるっぽいね」


 まぁ考えてって言うか、あいつバカだし余程の下手を打たない限りはバレることはないだろ。


「とりあえずは何食わぬ顔で俺の家に勉強しに集まりましたよって感じでいればいいんじゃね? まさか俺が同棲してるなんて夢にも思わないだろうし。変に誤魔化すよりも堂々としてれば案外バレないもんだ」


「もしバレたら?」


「そりゃお前、記憶が無くなるまで殴る」


「真顔で言わないでください……」


 むしろ記憶が無くなっても殴る。


「あうー……目次が目に痛いよー……」

 

 柏木が未だに目次に挫けているのは誰も触れていないし、もう放置でいいよな。


♦♦♦


 放課後になって、皆より一足先に自宅に帰った俺は、まず同棲しているという情報に繋がりそうな物を全て隠した。

 陽菜と有彩の靴だとか、2人の私物だとかを2人の部屋に放り込んで、女性用の雑誌も見つからない所に移動させた。


 徹底的に証拠を隠蔽した数分後に和仁たちはやってきた。


「なんか理玖ん家来るの久しぶりだな」


「そうか? まぁ、確かに前ほど頻繁には来なくなったかもな」


「付き合い悪くなったし、俺はてっきりお前に女でも出来たんじゃないかと睨んでいたが……」


「ははは、まさかまさか」


 彼女は出来てない。同棲相手なら2人出来たけど。なんにせよ恐ろしい勘をしてやがる。


「いいから早く勉強始めようよ。ほら、和仁。教科書開いて」


「あ゛い゛……」


 返事に濁点が付くほど嫌なのか……そんな険しい顔して教科書開かんでも……お前英語の教科書に家族でも殺されたのか?


「んー、じゃあこうしようか。もし和仁が真面目に勉強すれば、バド部の女の子を紹介して「やるぞ、早く、勉強」食い気味だなぁ……」


「気合が入り過ぎて片言になってんじゃねえか」


 完全に言語能力が退化してるような……やる気が出たならいいのか? にしても流石遥だな。和仁の扱い方を心得ている。本当にこのけだものに女子を紹介するつもりなのかは知らんけど。


「じゃあ鳴海さんはまずは国語をやりましょうか」


「あ゛い゛……」


「お前もその返事かよ」


 マジで大丈夫なのかこいつら。でもなんだかんだでちゃんと進級出来てるんだし思ったよりも心配しなくてもいいのかもな。


「じゃあまずはこの英文を訳してみて」


 She is my daughter. か。高校2年生の英語にしては簡単すぎるけど、基礎は大事だからな。覚えてれば応用が利くし。


「いくら俺でもこれは分かるぜ! こうだろ!」


 ――She is my daughter.彼女は私の童貞です。

 

 和仁の解答に俺と遥は思わず頭を抱えた。正しくは……。


 ――She is my daughter.彼女は私の娘です。だ。


「ねえ理玖、僕今すぐ帰りたいんだけど……」


「お前の童貞には人格が宿ってんのか!? しかも女性!」


 前言撤回。やっぱりダメかも知れない。間違え方が斜め上過ぎる。


「ふぅ、ケアレスミスだな。だが芸術点は高いだろ? これで赤点は回避だな」 


「そんな加点方法ねえよ! あったとしてもこんな解答で加点されるわけねえだろ自惚れんな!」


 それは赤点回避の為のただの現実逃避だクソったれが! てかこいつ今ケアレスミスって言ったか!?


「はぁ……柏木の方はどんな感じだ?」


「ニホンゴ、ムズカシイ」


「国語の勉強してんのになんで言語能力が退化してんだてめえ!」


「では、この作中からこの時の作者の気持ちを答えなさいという問題ですね」


「有彩のスルースキルがどんどん磨かれてるんだけど……あ、りっくんここ教えて」


「あ、あぁ。ここはな……」


 正確に言ってしまえば一々ツッコんでたら体力と精神が持たないからスルーに努めてるだけだぞ、あれ。言ってしまえば自己防衛の本能だ。


「え? もう出来たんですか? どれどれ……『締め切りがやばい』って誰もそこまで読み解けなんて言ってないですよ!?」


 いやそれは俺でもツッコミ入れるわ。ある意味作家の気持ちを100%代弁してるけども。


「なぁ、理玖……?」


「なんだよ集中してやれよ」


「なんか、この部屋……女の匂いがするんだが」


「……何をバカなこと言ってんだバカ」


 なんなんだこいつの女絡みの嗅覚の鋭さは!? なんとか動揺を表に出さないで答えられたけど、心臓がひゅんってなったわ!


「あのキッチンとかやたら自炊の為の環境が整ってるつうか、お前そこまでちゃんと料理するタイプじゃなかったよな? ……おい、てめえまさか……」


 こいつキッチンの調理器具の充実具合で女の陰を見出したのか!? 確かに有彩が来てからその辺りは買い揃えたけど、普通そんなとこで気が付くか!?


「彼女でも出来て家に料理作りに来てるとかじゃねえだろうなぁ!?」


「そ、そんなわけねえだろ!? 1人暮らしだからな! 有って困ることはねえよ!」


 マズイな、返答を間違えたら死。間違えなくて正直に言ったとしても死だ。この状況を回避するには……!


「ほら、うちにはよく遥が来るからな! 泊まったりもするし、料理が作りやすい環境を作ったって何も不自然じゃないだろ!?」


「確かにそれはそうだが、どうしても女の影がちらつくんだよ!」


「あとはあれだ! 俺の家にはよく陽菜のとこのおばさんが飯作りに来てくれんだよ! 1人暮らしは栄養が偏るからって!」


「なんだてめえ! 幼馴染がいる自慢かごらぁ! 羨ましいからお前を殺して俺が第二の橘理玖になってやる!」


「お前の受け取り方次第だろうが! つうか勉強に集中しやがれボケが!」


 なんとか女性の陰については誤魔化し切れたものの、皆の集中力が切れてしまったので、勉強会はまた後日、日を改めて行われた。

 

 ……なんだかんだで、柏木が1番集中してた気がするな。

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