9章 ほんとうの家族との再会
第1節 魔法妨害の真実
厨房でオムレツとパン、サラダを簡単に作って、リトはロッシェと二人朝食をとった。
腹ごしらえが済んでから部屋へ戻ると、いつの間に来ていたのかエルディスがいた。
初め彼はリトが戻ってきたことに気付かなかった。
真顔で手元の紙をじっと見つめ、興味なさそうに放り投げる。
なにを捨てたのかと、しゃがんで拾ってみれば簡単なメモのようだった。
『隣に居ます。 ロッシェ=メルヴェ=レジオーラ』
『所用で暫し留守にします』
どちらも流麗な字で書かれているところを見ると、たぶんロッシェの置き手紙なのだろう。
自分なんてただ黙って部屋を出ていたというのに、ずいぶんと几帳面な性格だなとリトは友人を見る。
「どこに行っていたんだい?」
穏やかな口調だが凄むような笑顔だった。いつもの調子を取り戻したらしい。
父に向き直り、リトは答える。
「厨房」
「腹が減ったので、食料調達にね」
さりげなくフォローにまわってくれたロッシェだが、ある意味この言葉はエルディスに対する当て付けなのかもしれなかった。
そんな皮肉もスルーして、父は質問を重ねてくる。
「自分で作って食べたのかい?」
「うん」
「さっきから言葉が少なめじゃないかい?」
「普段からこうだろ」
「しっかり食べてきた後だから、眠いんじゃないかな?」
俺は子どもか、と内心ロッシェに突っ込んでやりたかったが、リトはグッとこらえる。
よくよく冷静に考えてみれば、退行しているから子どもには違いないのかもしれない。いささか不満だが。
「朝から眠いのかい?」
エルディスまでこの話題に乗っかってきた。
胃がむかむかしてきて、リトは顔をそらして投げやりに答える。
「俺は眠くない」
「リトアーユ、会話を続ける気がないだろう」
「…………」
バレたか。少し態度があからさますぎたのかもしれない。
そう思いつつも、リトは口を開く気にはなれなかった。
話をする必要を感じない。もう顔も見たくもないのが本音だっていうのに。
「困ったね。少し話をしに来たのに」
わざとらしくエルディスは深いため息をつく。
軽く睨んでなにか言い返そうと思ったが、ロッシェが先に口を開いた。
「用件は、会話することだけだったのかい?」
その問いに、エルディスは答えなかった。
父がにっこりと満面の笑みを浮かべる時、だいたいは悪いことしか起きない。
今回もそうだった。
エルディスが魔法語を唱え始めたことに気付き、リトは身体を硬らせる。
しかし、心配は杞憂で終わった。
なにも起きなかったのだ。魔法は発動しなかったらしい。
「成程ね。元凶は君だったのか」
あらかじめ失敗を想定していたのか、エルディスは驚かなかった。
ロッシェへと視線を移し、橙色の瞳を細める。
「へぇ、そうだったのか。僕は全然気づかなかったよ」
わざとらしく肩をすくめ、ロッシェは笑みを浮かべながら言った。
たぶん確信犯だ。
もともと魔法が効きにくい体質だって言っていたが、剣士であるものの案外自分よりも精霊との相性がいい。
以前は詠唱なしで魔法も使ったことがあるし、おそらく彼は〝精霊に愛される魂〟を持つ者なのだろう。
そういうタイプは天才肌に多く、感情を表に出すと精霊が引っ張られてしまうらしい。
発作で倒れる前は怒ったような表情で腕を握ってくれていたが、あれは彼なりに自分の身の内に宿った精霊をしずめようとしてくれていたのだろう。
ということは、だ。
ロッシェが自分の近くにいるうちは、父の魔法は使いものにならない。記憶を封印される心配もないのだ。
背の高いロッシェを見上げ、リトはそそくさと彼の後ろに隠れる。
魔法が使えないのなら、もうエルディスはこわくない。しばらくロッシェには自分の盾になってもらおう。
友人相手にだいぶひどい扱いだと自覚しているが、彼はリトに何も言わなかった。
軽く睨んでくるエルディスの視線を流しつつ、口もとを緩める。
「息子を渡して貰おう」
自分を庇っているような立ち位置のロッシェに我慢ならなくなったのだろう。
エルディスが近づいてくるが、彼は退かなかった。
「断る。なにせ彼は、僕のご主人様だからね」
「それはどういう関係なんだい?」
「人には言えない関係さ。詳細はご想像にお任せするよ」
またそうやって思わせぶりなことを言う。
エルディスまでからかい始める彼に、リトは深いため息をついた。
「リトアーユ、出ておいで」
猫撫で声にぞっとしてしまった。
自分は、もうそんなに小さい子どもじゃないというのに。
「出てきたら、何をする気だ。また俺を殺そうとするのか?」
無意識に、触れていたロッシェの服を握る。
夢に見た記憶の欠片は、いまだ鮮明に頭の中で思い描くことができる。
「心外だね、おまえから直接言われるのは。あれはおまえが勝手に発作を起こしたんじゃないか。私はおまえの父親だというのに」
「二度目だろ」
「おや、思い出したのかい?」
「……思い出したくもなかったけど、思い出しても同じだった。俺はお前が嫌いだし、お前と話をするつもりもない」
以前は、一応血の繋がった自分の父親だからと思い、甘く見ていた。
けれど今となっては、もうエルディスを受け入れるだけの心の余裕なんてない。
「研究所の人たちがどうなってもいいのかな?」
今度は脅しにかかってきた。
エルディスにとっては元職場に違いないだろうに。そもそも開発部は国の所有、女王の持ち物であることを忘れたのだろうか。
「何かするつもりなのか?」
「彼らにも邪魔されたしね。特にライズ君が主だったけれど」
「ライズに何をする気だ」
きつく睨みつけても、エルディスには効果がない。解ってはいたが、リトは語気を強めた。
「あの子はおまえの居場所を問い詰めても何も言わなかったし、少し痛い目を見てもいいと思わないかい?」
「あいつまで巻き込むな」
ただでさえもう巻き込んでしまっている。
そもそもライヴァンへ送ってくれたのはライズだ。そのことでエルディスが恨んでいてもおかしくはない。
どうせこの場では魔法を使うことはできない。
それならいっそ出て行って、父を拘束してしまおうか。
ロッシェの服から手を離して動き出そうとした寸前、彼の伸ばした腕に阻まれた。
「ふぅん、中々面白い論法だね。では、あんたも僕の友人たちに酷いことをした訳だし、僕があんたを多少痛めつけても許される、って考えていいのかな?」
声の調子はそのままだったが、トーンがいつもより低い。
不穏な空気に思わず押し黙る。
「それは脅しかい?」
「まさか。ただの提案さ」
「それなら、その提案は却下だね」
負けじとエルディスも笑みを崩してはいなかった。
おそるおそる友人を見上げれば、目が笑っていない。透明なガラス玉のような瞳を細め、口を開く。
「
瞬間、ぞくっと背筋が凍った。
指先が冷え、鳥肌が立っている。
恐怖のせいではない。室内の温度が冷えているのだ。
ロッシェが怒っている。
彼の怒りに応えた精霊たちが室温を低下させている。
思わずリトは胸のあたりに触れた。
なぜなのか、心臓のあたりがひやりとしたのだ。
さすがのエルディスも、この現象を目の当たりにしては何も言い返せなかったらしい。
しばらく口をつぐんだ後に、ため息まじりにこう言った。
「……それはえらく物騒な案だ。どうにも君とは解り合えないようだし、出直すとしよう」
そしてその言葉通り、彼は大人しく部屋を出て行ったのだった。
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