第4話 大塚の秘密

 あたしは今日は上機嫌である。駅のホームで大塚を待ちながら鼻歌まで歌っているほどには機嫌がいい。

 何故かって今日は大塚との約束の日だから。大塚の秘密を知ってしまったあたしだからこそ、こぎつけられた約束であり、何よりめちゃくちゃ面白そうな事をこの目で今日見れるというのは楽しみで仕方ないことである。

 いけ好かない態度だった大塚、あれは親友からメヒョウを演じるようにと言われていたことであるということは分かっている。だが、大塚のあの容姿。あの美人で格好いい大塚を見ることが出来るというのは何だか楽しみでもあったりするのだ。

 別に大塚を好きとかそんなんじゃない。ただ興味があるだけ。担任の秘密を私だけが知ってる優越感があたしをこんなにも上機嫌にさせるんだ。


「遠藤さん、あの、今日は本当に家に来るんですか?」

「は?当たり前じゃん。」


 開口一番に言われたのがそれ。そうですか。と残念そうに諦めたみたいな表情をしている大塚を横目にあたしは大塚の自宅へと大塚を引っ張るようにして進む。駅まで私を迎えに来てくれていたにも関わらず、まだそんな往生際の悪い事を言う大塚に少し苛立ちを覚えないでもない。強めに引っ張った手は若干汗ばんでいた。何こいつ緊張してんの?

 週末ということもあり、私服姿の大塚。予想通りではあったが地味すぎる。学校での姿とあまり変わらない。目にかかる前髪をそのままにしてるし実に邪魔くさい。ダサい眼鏡だし、休みの時くらい前髪横に流してコンタクトつけたらいいじゃん。服装は残念なのは解ってたけどさ、せっかく素はいいんだから、勿体無い。そういうとこも腹立つんだよね。


「ここです」


 そう言われて着いたマンションの前。オートロックの玄関で立ち止まる。

 教師という事もあり、いいところに住んでいるんだなという感想である。でも、こんな所に住めるくらいのお金があるんだったらその容姿をどうにかしろと言いたいところだ。

 大塚の後ろを歩きながらあたしは辺りを見渡した。女性向けに作られているマンションなんだろう。

 実際に大塚の家に今から入るわけだけど、普通に考えたら担任の家に案内される事なんてないよね。


「どうぞ」


 マンションの5階にある一室。大塚からスリッパを出してもらって大塚の家にお邪魔する。

 実際部屋を見て思った事は普通過ぎる。これと言って何もいう事がない。てか、女子の部屋なのここ?という感想である。

 殺風景にもほどがあるだろう。男子の部屋みたいに汚いというわけではなく、綺麗ではあるのだ。だけど、ベッドとテレビと三段ボックスが一つあるだけというあまりにもシンプル過ぎる部屋であった。

 クローゼットはまだ確認はしていないが、色も無難すぎる色ばかりで彩とかそういうのも全くない。寂しすぎる部屋。本当に男子の部屋だと思ってしまうくらい。元彼の部屋を思い出した。まだアイツの部屋のが物あったわ...


「男子の部屋じゃんここ」

「はい?」


 言ってる意味がわからない様子の大塚ににじり寄る。なんですかと少しおびえた大塚。若干あたしの方が身長が高いから大塚を見下ろすという形になった。


「なんでなんもないわけ?」

「な、何もないわけではないです」

「ないじゃん。本当に女子の部屋?色も無難だし、化粧品とかさ、ドレッサーとか、可愛いものとか普通あるでしょ。」

「そ、そう言われましても・・・」


 ますます縮こまる大塚にあたしはクローゼットの中を見たいと要求する。ここがあまりにも女子らしくない部屋だからせめて、クローゼットの中だけでも女子らしさがあるのでは?と思ったからだ。この服装の大塚をみる限りあまり期待はできないのだけど。


「く、クローゼットまで見るんですか?」

「当たり前じゃん。こんなん男子の家に来てるみたいで納得いかない。」

「え、遠藤さん、それは」

「いいじゃん、減るもんじゃないんだし。ここでしょ、開けるね」


 そう言ってクローゼットを開けてみた。は・・・?と一瞬固まってしまったあたし。ええっとこれは予想外だった。ある意味予想外・・・

 またシンプルな服ばかりがあると勝手に思い込んでいたあたしの目の前にあるのは、煌びやかな洋服達だったのである。煌びやかというのはピカピカとかいう意味ではなく、センスが良い服という意味である。あたしには煌びやかにしか見えないもの。まさにこれぞ女子のクローゼットっという事。でもちょっと気になる左端にかかってる数着の地味な服。いつもの大塚がいつも着てるあの服だという事がすぐわかった。


「なんでこんなに服持ってるのに地味なのばっか着るわけ?しかも、今日もそれじゃん」


 指さしたあたしに、大塚は見られてはいけないものを見せてしまったかのような動揺を見せたのをあたしは見逃さなかった。


「へー大塚って服好きなんだ。」

「えっとそれは・・・違うんです」

「何が?」

「そ、それは殆ど貰ったもので・・・左端の数着が私の買ったもので。だ、だから趣味ではないというか」

「誰に?」

「・・・言わなきゃダメでしょうか」


 言いたくなさそうな大塚に無理やり口を割らせるのはあまりいいことではないのは解ってるけど、納得いかないものはいかない。だからさらににじり寄って圧力をかける。


「誰に?」

「はぁ・・・ファンの子達です」


 諦めて出た大塚の口から出たのはこれだった。これほどまで貢がれている大塚に驚きというより呆れてしまったあたし。だって、このブランドとかこれもあれも諭吉さん何枚いると思うの?

 高校生の私では絶対買えっこないものばかり。買おうと思えば1か月バイトして1着買えるかどうかの有名ブランドの洋服が勢ぞろいなのである。

 服が好きでいつも雑誌で眺めるしかなかった服たちがあたしの目の前にあることへの興奮となんで着ない訳?という感情が入り混じる。こんなの服への冒涜じゃんか。


「こんないい服ばかっかり貰ってるのに着ないとかありえないんだけど。宝の持ち腐れじゃん。」

「わ、私だってそう思ってますけど」


 有名ブランドの一着を取って大塚の胸に押し付けた。それを胸に抱きながら不安そうにしている大塚に現実がわかってるのか確認する。


「この服とか10万はすんだよ?」

「はい・・・?」

「もしかして大塚値段も知らないで貰ってたわけ?」

「え、えっと・・・」


 完全に知らなかったらしい。なんかすっごく腹立ってきたんだけど。


「あの、わ、私知らなくて・・・服ってそんなに高価なんですね」

「あのね、普通の服だったらそんなしないかも知んないけど、ここの服全部有名ブランドだからね!まじ信じらんない。何か腹立ってきたんだけど!」


 苛立ちがピークに達していた。知らないで受け取っていたにしても、あまりに高額すぎる贈り物。それがずらりとあるんだから、送り主も相当大塚に入れ込んでるんだろうけど、これってやばいレベル。しかも、大塚はそのことに今気づいたみたいで本気で焦っている様子。大塚の焦りように少し冷静になったあたしは自分落ち着けとはーっとため息をついた。


「あのさ、この服着てあげた方がいいと思う。贈った人にもだけど、服に失礼だわ。」

「で、でも、私こういうのは」

「つべこべ言ってる場合じゃないから。今からそれ着てみて。あ、それと眼鏡、コンタクトにして来て。」


 大塚が持っている服を指さしながらあたしはそう言った。あたしがイライラしているのを察してか大塚はそれ以上何も言わず、洗面所の方にそそくさと消えて行った。


「着た?」


 洗面所のドアの前、私は仁王立ちで大塚に尋ねる。


「や、やっぱり無理です。これ私には似合いません。」


 やっぱり私らしくないというかとうだうだ言っている大塚の声を聞きながらあたしはドアノブに躊躇なく手をかけた。


「・・・」

「・・・」


 ドアを開けたあたしに驚いた大塚。大塚の長いまつげと大きな目が揺れてる。

 コンタクトを装着した大塚は豹変していた。ちょっと待って。あたしも動揺して声が出なくなっていたのだ。


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