第5話 黙って着ろ

 お互い黙ってしまった後、焦っていたあたしは無言でドアを閉めた。


「ちょっと・・・やっぱいい」


 ドア越しにそんな事を言った。どう反応すればいいのか正直わからない。美人!と真っ正面から大塚に言うのも癪、悔しいけど負けた気がするし。


「はい?遠藤さん?」


 不安そうな声で洗面所の大塚もドア越しに呼んでるけど、そんなのは一旦無視だ。

 若干心臓が早くなってしまったのは動揺したからで。予想はしていたが、やはり美人は強烈だ。そんな事思っている事を悟られないようにふっと息を吐いた。


「着替えたなら、出て来て。リビングにいるから」


 声は平静を装いつつ、リビングのソファーにとりあえず座った。大塚を待つふりしてさっきの大塚の姿に動揺した気分を落ちつける。


「あの、遠藤さん」


 大塚があたしの近くに来て恥ずかしそうにあたしを呼んだ。もじもじしているのは普段着ない服にコンタクト、いつもの目が隠れるほどのくそ長い前髪を横に流してるから。いつもの大塚のオドオドした態度は今の恰好にかなり不釣り合いだと思う。


 もっと自信持てないわけ?そんだけ美人な顔してスタイルだって女が嫉妬してしまうくらいいいのにそれ?

オドオドした態度が変わらないのはある意味予想がついていたことだけど、これは流石にギャップがありすぎでしょ。なんとも許容しがたい。大塚の親友がメヒョウを演じろと言うというのもうなずけるというか・・・


「大塚、メヒョウやってよ」


 冗談で軽口を叩けば焦りだす大塚にいつもの大塚だと苦笑いする。

本来はあのクラブハウスで会ったメヒョウを見るつもりで来たんだけど、演技されてもねぇ。黙ってればやっぱあの女だし。


「え、遠藤さんまで何を言うんですか。む、無理ですよ」

「親友に言われてできてたじゃん。あたし、最初大塚だって全然わかんなかったし。イケるっしょ」

「む、無理ですよ。私そもそもそんなキャラじゃないの知ってるじゃないですかぁ」

「知ってるけど、その恰好してそのキャラは明らかにおかしいじゃん」


「遠藤さんがさせたんじゃないですか」と珍しく興奮して反論をする大塚に何気にそんな時は反論すんのねと感心したりもした。


「まぁそうだけどさ、やっぱあれ大塚なのかちゃんと確認したかったし、それにあれが素かもって思うでしょ。最初二重人格かと思ってたしー」


 あのギャップは普通ありえないと思う。流石に二重人格はそうそういないかとは思うけど、それを疑うくらいの変わりようだった。

今あたしの目の前に立っているのは確かにあの時のあの女なのは確かで、変身前後の大塚をバッチリ今この目で見たばっかだし。やっぱ大塚なんだよねー・・・。学校で眼鏡を外して確認したのはしたけど、全部そろえて見ると強烈にあの日の出来事が思い出される。


「私、普段あんな横柄な態度とりませんよ、というかとれません」

「横柄って自覚あるとか笑える」


 横柄な態度だった事は認めるのもどうかと思うけど。あれは演技だったと解ってはいてもムカついたのは確かなんだよねー。


「いや、あのごめんなさい」


 あたしの明らかに不機嫌になったオーラを感じたのか大塚はしりすぼみに謝ってくるし。それにもイラッとする。


「教師が生徒に謝ってどうすんのさ」


 いちいち謝るって言うのもなんかムカつく要因なの気づけっつーの。「だってそもそもあんなとこに遠藤さんがいるから問題であって」とブツブツ何か言ってるけど、睨んだら怯えたみたいに黙るし何なの?それでも教師?


「あのさ、これ明日着て学校行けなんて言わないけど、あんだけ服持ってるんだから、もうちょっとマシな恰好すれば?コンタクトしてくるとかその邪魔な前髪切るとかあるじゃん」

「私の事はいいじゃないですか。普通の私じゃダメなんですか?」


 ダメって、マジで言ってる?あんたそもそも顔出せる人なんだからね。腹立つけど美人でスタイルもいいんだから。それがあの地味な服来て毎日毎日、あぁー!クローゼットにはとんでもない宝が山ほどあるのに宝の持ち腐れにも程がある。あんたが許してもあたしが許せん。


「地味過ぎてダメダメだから言ってるんだけど」

「な、なんで遠藤さんにそこまで言われなきゃいけないんですかぁ・・・!」


 若干半泣きになってる大塚に、はぁと息を吐いたらまた怯えたみたいに目を泳がせる。もう何なんだ本当。


「ったく。なんつー勿体無い事を」ぼそっと独り言を言えば「勿体無いって何ですか・・・」って聞こえたみたいでチッと舌打ちする。顔がいいとか言うわけないじゃん。ムカつくし。


「いや別に。てか、あの服着ないのは許せない。相手に失礼すぎるし、どう考えたって服にも失礼。喧嘩売ってるってしか思えないのは確か」

「そ、それはそうなんですけど・・・」

「じゃあ着て来て。」


「でも・・・」とまだ納得してないぐずぐず言う大塚に「は?」とまたひと睨みすればそうじゃなくてとぼそぼそと続けた。


「どれをどう組み合わせたりとかよく解らないというか・・・」

「あんたねぇ・・・」


 どんだけファッションの事に興味ないわけ?地味服しか着ないから目腐ってんじゃないの?

 あたしは呆れてクローゼットから適当に明日学校に着て行っても大丈夫そうな服を選んで大塚に押し付ける。

 どんだけだよ。これだけで7万のコーディネートですよ!クソがぁ!と思いながら乱暴に渡した服を受け取った大塚は「ほ、本当にこれを着るんですか」と言いたげだけど知らん!


「じゃあ、これとこれ。明日はコンタクト。そんで髪流して来て。」


 あたしの次から次に出す注文にいよいよ大塚は泣き出しそうになるけど、そこはあたし譲る気なんてさらさらない。こいつに渡されたものをこいつが着るんだから問題もないはず。悔しいけど顔は整ってて似合うに違いないんだから黙って着ろ。普通こんなの着れるのとか本当は羨ましくてたまんないんだから。あーもう!


「えーあ、明日ですか!?」

「明日!あんた絶対着そうにないじゃん。あ、そだ、明日着てこなかったらメヒョウ言いふらす」

「そ、そんなぁ・・・」


 これで用は済んだとあたしは「じゃあ明日学校で」と言い残し、呆然とたたずむ大塚を放って大塚の家を後にしたのだった。


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