第14話 猫のバレッタ

「う、お、おはよう。」


 昨日はあの後タマナは用があると言って外出をしてしまい、残されたオトハは戻って来たルスリプ村の人と会話を楽しんだが、夜になってもタマナが戻って来ない為、前日の疲れも残っていたのもあり早めに寝てしまった。


 朝起きるとタマナは戻って来ていて、ゆっくりとタバコを吸っていた。

昨日の今日で気まずくまごまごしているとタマナがため息をつく。


「ハァ〜、まーだ昨日のこと気にしてんのか?俺は気にしてねえし、どうにもならねえことだし、それはお前の責任でも何でもねえだろうが。そんな辛気臭い顔すんなよ、今日もバザーの手伝いはしてもらうからな。」


「ごめん、そうだよね、これは違うんだ、きっと、タマナに対して気まずく思うんじゃなくて、自分のデリカシーのなさを責めるべきで……。」


「デリカシーとかどうでもいいわ。気にすんなって言ってんだ。むしろそれでうだうだ自責してるのを見る方が辛気臭くてかなわん。せっかくのバザーなんだからよ、楽しんでりゃ良いんだよ。」


「うう、優しい……。ありがとううう。」


 オトハは目を潤ませながらタマナに抱きつく。


「ああ、もう、わかったからくっつくな!」


 タマナがオトハをひっぺがすと、オトハは思い出したように言う。


「そうだ、昨日バザーで猫のバレッタ買ったんだけど、これあげる!きっと似合うよ。」


「ええ、いいよ、俺は……。」


「そう言わず!つけてあげるね!」


 そう言うと自分の荷物の中から櫛を取り出し、タマナのサラサラの銀髪を梳かす。

彼女は髪の毛も14歳のような艶と張りをしていて、オトハは少し嫉妬した。

それを手際よく三つ編みにし、シニヨン風にまとめるとバレッタを付けた。


「はいカワイイ!!」


「俺からじゃバレッタがどんな風に見えるのかわかんねえ。」


「これはねえ、ルスリプの皆、見惚れます。間違いない。ジーンとか近い年齢の見た目してるし惚れちゃうかも。」


「お前なあ、そう言うのはジーンがかわいそうだろ。」


 そう言いつつもタマナは満更でもなく、少し気恥ずかしそうにしてはいるが喜んでいた。


* * *


 今日もまた昼を過ぎる頃にはタマナの商品は売り切れた。

さすがに長年商売をしているだけあってか、タマナ印と言えばそれだけで信頼されており、一種の老舗ブランド品になっている。

常連はもちろん、噂で聞いた新規の客も多く訪ねてくる。


 街中では全てのタマナの商品が売られている小売店があるのに、品数の少ないバザーに寄るのは、商品そのものよりも、全てを知る特殊能力を持ち300年以上生きて歳を取らない不思議な女性に一目会いに来ると言う意味合いも強いようであった。


 全てを知っているということは恐らく商品の信頼度を高めていたし、不老の少女と言うのはある種のアイドルのように人々に映った。


 そう言った複数の要因から彼女の商品は愛されているのだ。


「さて、今日も早々に掃けちまったな。どうだ、ジーンでも呼んで一緒にバザー回るか?」


「いいね!でもジーンは店番とか大丈夫なのかな?」


「なんか店も暇そうだし平気だろ。」


 2人は店を畳んで、霧の中タマナの案内でデレクの店に向かう。


 人混みを縫って武具を扱う区画に辿り着くと、彼女の先導で店で入り組んでいる道をよどみなく進み、程なくしてデレク親子を見つけるのだった。


「おーい、デレク儲かってるか?ジーン借りてくけどいいよな?」


「おいおい、わかってて言ってんだろ、こちとら閑古鳥が鳴いてんだよ。ジーン、俺が店番するから遊んで来ていいぞ。」


「マジで!?ありがとう、親父!」


「良かったねジーン!私も一緒にバザーを回れて嬉しいよ!」


 はぐれないようにとオトハがジーンの手を取ると、彼は赤面して照れ臭そうにする。

タマナは2人の様子を見て軽く微笑むと、先頭に立って歩いてゆく。

そうして3人はどこまで続くともわからないほど広いバザーを楽しく練り歩いた。


 ジーンは色々な仕掛け道具やからくり遊具などに興味があるようで、武器や食べ物などにはあまり関心がないのようだった。

そう言ったものを矯めつ眇めつ見ては財布のお金とにらめっこをしてため息をついている。


 タマナは水タバコの道具や薬品、香料の調合に便利そうなものを物色していた。


 オトハは前日と同様、服飾品を見て何を買おうか迷っているようだった。


 一同が一通り満足するまで見て回ると、タマナが提案する。


「人混みに疲れたらバザー以外の商店街も見に行くか?この時期は空いてるだろうし、そこでゆっくり茶でもしてもいいしな。」


「うん、いいね。そういえばまだちゃんとここの街並みも見れていないから、普段通りの街の姿も見て回りたいなぁ。」


「よし、決まりだな。あと、こっから単独行動はなしな。はぐれたら大変だからよ。」


 バザーから出ると人通りもまばらになり、広々とした石畳の通りに出た。


 霧で視界が悪いのは相変わらずだが、マヌエル様式とバロック様式の合いの子のような街の建物の造りに旅行気分を盛り上げる。

ただ、一部の店などは数寄屋造風のものもあったりここの文化はどうなっているのかとオトハは訝しむ。

それについてタマナに問いかけると簡単に説明してくれた。


「あー、この世界ってのは突然発生っていうものがあるんだ。歴史や発展、またはエピステーメーに関わらず突然文化や技術が発生する現象がある。いや、正確に言えばそれだけでなく、街や人、言語なども例外じゃない。昔は国が丸々ひとつ発生した事例もある。ここの様式に違和感のあるものが混ざっているのはそういう突然発生の影響だな。」


「なんかめちゃくちゃな現象ね。」


「そういう意味ではこの世界の根幹は非常に揺るぎやすく不安定なのかもしれねえな。なんの前触れもなく今までの理論が通用しなくなる、なんてことも起こるかもしれない。」


「そこまで来るとなんだか怖いね。今まで信じてたものや基準が前触れもなく崩れてしまうなんて。」


「まあそんな大規模なものは本当に滅多にないけどな。俺が生きて来た間だとさっき言った、国の発生くらいか。それ以外は小さな発明だとか、建物の出現とかくらいで、これも十数年に一件とかそういう感じだよ。」


 荒唐無稽な現象に驚きを隠せないオトハだが、もう異世界のことだし自分の常識じゃ通用しないものも沢山あるだろうと思考を放棄する。

何しろ魔法があり、山のように大きい鯨がいる世界だ。

深淵とかいう変な場所にも迷い込んだこともあるし、村全体が戦闘可能な村人で構成されている何でも屋なんてことろもあるのだ。


 もはや受け入れるしかないと観念する。

むしろこう言ったものへの驚きはオトハにとって少なからず楽しいものであった。

そこでふと、自分がこの世界に来たのはその突然発生によるものではないかと思った。


「それはねえな。突然発生で生じた現象は俺の能力で認識、理解することができるが、あんたの出現とあんた自身のことについては俺は何もわからない。すまねえな、確かに突然発生が原因ならば、あんたを元の世界に戻す方法の糸口になったかもしれねえが。」


「そっか、そうだよね、もしそうだったらもうタマナが教えてくれてるよね。」


 そう言うとオトハは残念そうに髪を掻き上げる。

すると指にピアスが引っかかり、落としてしまった。

落ちたピアスが地面を転がっていく音が聞こえる。

オトハは慌ててそれを追いかけて行いった。


「おい、オトハ、あんまり離れるなよ。」


 しかし、暫く待ってもオトハの反応がない。


「オトハ?」


 ジーンは不安そうにタマナを見る。

タマナはハッとした。

自分の周辺で何が起きたのか確認する、談笑しながら歩いているカップル、欲しかった本を買ってもらって喜んでいる娘とそれを連れた父親、躓いて転んで悪態をつく青年、霧で視界が悪いことを利用し、つい今しがた何かを気絶させ、その何かを抱えて逃げた男がいる。

何かだって?

この世界でタマナ把握できないものなど一つしかない。


「クソが、やられた!!」


 霧の向こうではピアスだけが残っていた。

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