第13話 霧のバザー

 バザーの時期は参加者向けに宿の食事サービスがいつもより早い時間からやっているらしい。

まだ朝焼け空の時間にタマナたちは食堂に向かう。

そこには同じルスリプ村の人たちが何人も集まっており賑やかな朝食となった。


「おはよう、オトハお姉さん、タマナ。ここ一緒に良い?」


「おはようジーン!もちろん!」


「おうタマナ、おはよう。嬢ちゃんも。」


「ああ、デレク。ふわああ、バザーの日は毎回だがクソ眠くてかなわん。」


「タマナのところは今日から出店するんだっけか?ウチもだが、到着して翌日すぐって疲れちまって大変だわな。」


「まったくだ。まあ俺んところの商品の殆どは卸す用に持って来てるだけで、バザーには調味料とタバコを少しずつしか持って来てねえからな。売り切れたらさっさと畳んでゆっくり休むつもりだ。どうせ常連が買ってくれて終わるだろうしな。」


「100年以上続く老舗は常連がいて良いねえ。ウチんところは俺の一代で始めた商売だから、人目を引かなきゃならなくてね。」


「ジーンがナイナに頼んだパーツで作ってる、小細工された武器は売らねえのか?」


「俺も本当は売りたいんだけれど、親父がダメって言うんだ。」


「面白いもんではあるけど、耐久性がしょっぱいからな。もう少し改良してくれなきゃ商品にはできないね。」


「それってジーンが使ってた短剣みたいなやつのこと?」


 その質問に反応してジーンが嬉しそうに説明する。


「そう、あれは俺が考えてナイナさんに協力してもらって作ったやつで、魔法を加えた特殊な細工が施されたからくりを利用してるんだ。ナイナさんは村で唯一の魔法使いなんだけれど、物同士を組み合わせて発現する魔法を得意としていて、俺の短剣にはレバーを引くと彼女の組んだ魔法が起動する機構を組み込んである。刃の部分が魔法の効果で赤熱するんだよ。」


「息子のやつは手先が器用だし時計やそう言う武器みたいな機械いじりが得意みたいなんだよ。鍛治の方ももうちょっと興味持って欲しいけどな。」


 デレクはやれやれという身振りをすると食後のコーヒーを注文する。

タマナも食事を終えていてタバコを喫んでいる。


「ナイナで思い出した。俺も作って貰いてえもんがあるんだった。今夜頼んでおくか。シギズムンドやダニイルにも伝えておいたが、例の依頼の件、ヤバい相手だから無理だと思ったら放棄するのも視野に入れてる。」


「了解。情報通りなら正攻法で勝てる相手じゃあねえよな。なんか作戦あるのか?」


「まだねえな。とりあえず作戦会議はバザーが終わってからやろうぜ。」


 4人は朝食を終えると出店の準備のために部屋に戻った。

さっきの会話の内容からすると、どうやらタマナは今回戦闘になるような依頼を受けている様子だった。

それ自体初耳だったのでオトハは彼女に詰め寄ったが、巻き込むつもりはないからと簡単にしか教えてもらえなかった。


 その内容というのはある人物を殺害するというもので、ある人物とは犯罪者であり、かつ警察に強いコネを持っている為、容疑を確立できず手が出せない。

その為にさる警察関係者から秘密裏に何でも屋村へ依頼が来たのだ。


 こういう依頼が来ると、タマナは戦闘能力こそないが、その情報把握能力で重宝される。


 危険はないのかとオトハは心配したが、タマナ曰く、危ないところには絶対に行かないから、身が危険にさらされることは先ずないのだという。


「つっても今回の相手はマジでヤバいから、依頼そのものを破棄することも視野に入れている。何にせよ無理はしねえから心配すんな。それよりそろそろ出るぞ。」


* * *


 2人はギルドで手続きを終えると商品を卸し終え、バザーの出店準備も完了した。


 日は登りあたりは少し明るくなったが、相変わらずの霧で視界は悪い。

しかし多くの客が集まり賑わっている様子がわかる。


 バザーの規模はオトハの想像以上のもので所狭しと出店がたち、いくら歩いても端に辿りつけない程だった。


 オトハは店の手伝いはそこそこにタマナの勧めにより1人バザーを見て回った。


 小物や武器、医療品、服や屋台飯はもちろん、印刷技術があるのか本屋や、変な彫刻品、遺跡からの出土品など様々な店が所狭しと並んでいる。


 お店を見てこうして歩き回っているだけで、不思議と霧の向こうの人々の顔が笑顔なのがわかる。


 オトハはいくつかのアクセサリーと服を買って、ネックレスやピアスなどは早速身につけた。


 中央の噴水広場に行くと、楽団がフィドルやバンドネオン、ツィンバロムと、シタールやタブラのような楽器を組み合わせた、ロマ音楽とインド音楽をない交ぜにしたみたいな、不思議だが陽気な音楽を演奏しており、それに合わせて人々が楽しげに踊るシルエットが霧の中に見られた。


 聴いたこともない旋律だけれど不思議と体が動く。


 1人で踊っていると女性が手を引いてくれて、お互いの顔もわからない中、一緒に踊った。


 いくつもの影が踊る美しい霧のダンス。


 霧の日だけ催される巨大なバザー、それはオトハの目にはとても幻想的に映った。


* * *


 オトハはバザーを一通り回って店番をするタマナのところへ戻って来た。


「楽しんで来たか?」


「うん、すごく楽しかった。私、この世界に来て帰れるか不安にならなきゃいけない筈なのに、まるで旅行をしているみたいにすごく楽しんでる。」


「良いじゃねえか。それはダメなことなのか?」


「ううん、わからない。でも本来こう、切羽詰まって焦ったり困ったりするべきみたいな後ろめたい気持ちはある。」


「くだらねえ。楽しいなら楽しいで良いじゃねえか。それで誰もあんたを叱責したりしねえよ。勝手に仮想の正常さみたいな何にも保証されていない曖昧なものを作って、自分で自分に水を差してるだけだ。」


「そうかもね、集団にも権威にも法にも規定されていない、曖昧な正しいかもしれないだけものを勝手に想像して、それで自分を縛っているってのはあるかもしれない。ああ、元の世界でもそうやって疲れちゃったんだった。」


「元の世界では難しかったかもしれねえが、こっちの世界ではしがらみなんてねえんだから、そういうのを気にしないでやってみるのも良いんじゃねえか?」


「うん……。そうだね、なんか実感の篭ってるアドバイスだね、さすが300年以上生きているだけあるね。」


「すぐそうやってババア扱いすんなよ。さて、今日の分の商品は掃けたし、店じまいとすっか。昨日の疲れも残ってるしゆっくり休もうぜ。」


 オトハは頷いて片付けの手伝いをする。


* * *


 まだ昼過ぎだが、宿に戻ると2人は食堂に向かい、少し遅い昼食とエールを楽しんだ。食堂の中には殆ど人はおらず、他のルスリプ村の皆は今頃まだバザーでお店を開いているのだろう。

程よい疲労にお酒が入り、ほろ酔い気分になったオトハが言う。


「タマナはいいね、何でも知っているから、人の心とか事前にどれが正解だとかわかるし、間違うことがないんだろうな。」


 タマナはタバコの葉をジョイントに巻くと火を点けた。


「そうでもねえよ、知ってることと間違わないことは別だ。と言うか俺は自分が正しい判断をしているのかなんてわからねえよ。いつだって迷いと選択の連続だ。なるべく正しくはあろうとは思ってるけれど。」


「そうなの?想像がつかないな。」


「例えば、そうだな。十数年前にな、この街の魔法使いの家系の貴族に相談されたことがあるんだ。」


「どんな内容の相談だったの?」


「まあ聞け。相談をして来たのは若奥様だ。魔法使いの家系で双子は不吉なものとされていて、片方の子供を間引くのが習わしになっているんだが、この貴族は運が悪いことに初めての子供で双子の娘を授かってしまった。旦那の方は風習に則って年かさの方を殺そうとしたのだが、奥方の方は決心がつかない。それで俺にどうするべきかを相談して来た。」


「どう答えたの?」


「生かすのはどうかと答えた。双子が強い魔力を持つって噂は本当なのだが、そもそも不吉である方には理由がない、災いなんて迷信なんだ。俺はそれを知っているからその旨を伝えた。しかしこれは本当かどうかの問題だけじゃないんだ、世間体の問題でもある、彼らは由緒正しい家系だったから尚更それを気にした。」


「それは、どうにもできないものなの?」


「そこで俺は考えて、原始魔法の連中に里子に出すのを提案した。原始魔法っていうのは非常に古くからある流派で、殆ど社会との繋がりを断ち、森の中でルンペンのような生活をしている連中なんだが、彼らに任せれば生活内容はアレだが魔法使いとして育ててくれるはずなんだ。社会から断絶しているから見つかることはない。つまり俺は、折衷案として原始魔法へ捨て子をして、社会的に存在を消すことで間引くのはどうかと提案したんだ。そして旦那も奥方もそれを飲んだ。」


「でもそれは……、両親のことも知らないどころか、その親から存在しないとされた女の子はどうなってしまうの?」


「でも俺は殺したくなかったんだよ。迷信とか世間体とかクソみたいな理由でその子が生きる権利を失うなんて見過ごせなかった。だが、あんたの言った通り俺はこの判断が正しかったか自信がないんだ。娘を捨てた日からしばらく何ヶ月も母親は泣いていたし、娘の方も成長して自分が捨てられたことにやり場のない憎しみを抱くかもしれない。もしかしたら俺は誰も幸せにならない選択をしたかもしれないって考えちまうんだよ。」


 タマナは喋りきるとため息をついて吸わないまま灰になってしまったタバコを見た。


 オトハは何気ない質問からタマナの柔らかい部分に思わず踏み込んでしまったことに気まずさを感じている。


「ごめん、辛い話をさせて。でも私はタマナを叱責できない。女の子を殺さずに済む方法を模索したあなたの苦悩を否定する気にはなれないよ。」


「気を使う必要はないぜ。もう過ぎたことだしな。とにかく、何でも知っているってことは別に万能じゃねえってことさ。」


 そう言うとタマナは思い出を振り払うように酒を飲む。

エールの泡は消えてぬるくなっていた。

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