第15話 ガラス片

 オトハが攫われた。


 タマナはすぐにでも追いたい衝動を堪えていた。

こちらは戦力外の自分と強いとは言え幼い少年1人、ここは村の連中と合流することが先決だ。


 幸いその人物が何処に向かい、何をしようとしているのか随時追跡することができる。

ここは焦らずに先ずは空いているはずのシギズムンドとダニイル、ナイナ辺りに協力を求める。

そう考えタマナは宿へ急ぎ向かう。


「おい、タマナ、どうしたんだよ!オトハお姉さんを追わねえのかよ!」


「うるせえ、俺ら2人じゃ危険なんだよ!俺らが焦って向かって返り討ちにされたらそれこそお終いだろ!シギズムンドたちと合流するぞ!」


「チッ、わかったよ。だがのんびりしてるようなら俺1人でも行くからな!」


 急ぎ足で宿に着くと、食堂にいるシギズムンドとダニイルに早速事情を説明した。


「おいおい、攫われただって!?タマナ、キミがついていながら何を……。一体誰がそんなことをしたんだ?」


「そいつ、いや、そいつらは今回のターゲットであるギュンターの手下だ。連れ去られた先には、ギュンター本人もいる。クソが、奴は既に俺たちが命を狙っているのを知ってやがって、オトハを人質兼俺らを釣る餌にしやがった。俺たちを迎え撃つ気なんだ、あいつは。」


「ってことはオトハちゃんが攫われちゃったのは僕らの依頼が原因でもあるのか。」


 タマナはコクリと頷いて、自分を落ちつかすようにタバコに火を点ける。

ジーンは離席してナイナを呼びに向かった。


 ダニイルは神妙な面持ちで口を開く。


「急いで乗り込みますか?相手の人数にもよりますが、早いほうが相手の体制を整える前に叩けるでしょうし、そうそう遅れを取ることはないでしょう。」


「いや、ギュンター自体がヤバいんだ。あいつは元々イロモノになる前の残氓ざんぼう流の門下生で、みなごろしのジュネの下剣を学んだ圧倒的な強さの剣客だ。恐らく俺ら全員でかかっても勝てるかわからない。なのでなるべくギュンターと直接交戦にならないよう助け出したい。」


「それほどの相手なのですか……。」


 自分たちほどの手練でも勝てるかわからない相手など、今までにしたことがなかったダニイルは驚嘆する。


 確かにダニイルやシギズムンドは村でもトップクラスの実力で、今まで危険な依頼はあったものの、タマナがこれほどまでに警戒する事例はなかった。

これが彼女が依頼の放棄を視野に入れていた理由であった。


 彼らの複数人の実力を持ってしても斃し切れるかわからない相手なのだ。


「ジーンに呼ばれて来たけど、随分焦っているみたいね。」


 そう言って赤茶色の髪をメッシーバンに結んだ切れ長の目の長身の女性が食堂に現れた。

年は20代半ば。

服装は細身のカシュクールブラウスにワイドパンツという出で立ちをしていた。


「ナイナ、この前話したオトハっていう異世界の娘がギュンターに攫われちまったんだ。救出するのに力を貸して欲しい。」


 ナイナはにっこりと笑って返事をする。


「いいよ、どうせやり合うことになる相手だもの。遅いも早いもないでしょう。でも作戦も立てる前から相手に先手を打たれるとは、タマナらしくないわね。」


 痛いところを突かれてタマナは苦笑いをする。


「そうだな、これは俺のミスだ。正直に言えばちょっと浮かれてたのかも知れねえ。」


「ま、いいじゃない、何事もなく救出できればいいんだよ!」


「で、どうするの?」


「ギュンターを誘い出して足止めするチームと、救出するチームに分かれるのはどうだい?救出チームは道案内のできるタマナと、身軽なジーン、それに多人数相手が得意なダニイルでどうかな。足止めは僕とナイナでやる。」


「こっちはそれでいいが、そっちは結構危険を伴う役割だと思うぜ。大丈夫か?」


「まあ無理はせず一定時間足止めしたら離脱するし大丈夫だよ。」


「私も問題ないわ。」


 シギズムンドとナイナが頷くと、タマナは決心したように立ち上がる。


「よし、じゃあ行こう!」


* * *


「う、痛ッ。」


 目が覚めると首筋に鈍い痛みを感じる。


 手足はロープで後手に縛られており、首には何やら金属製の首輪のようなものが取り付けられていた。


 横たわった姿勢で周囲を見回すと薄暗いが広い倉庫のような場所であることがわかる。


「何処だろう、ここ。それに私は……。」


 薄っすらと自分が気絶させられたのは覚えている。

ということはそのまま攫われてしまったのか。

この前の人質のときといい、澱人のときといい、自分は皆に心配させてばかりだな、とオトハは思った。


 ルスリプの人たちにこれ以上迷惑をかけたくない、ここはどうにか自力で脱出せねばなるまい。


 部屋の様子を伺う限り、今ここには人の気配がない。


 どうにかしてロープから抜けられればそのまま逃げられるかもしれない。


 何の為に攫われたかはわからないが、兎に角ろくでもないことに決まっているのだから、何かをされる前に急がねばならない。


「く、おりゃ、この。」


 身悶えるように手を動かしたが、想像以上にガッチリと縛られており、簡単には抜けられそうにない。


「関節とか外したらいいの?そんな芸当できないけど……。いや、むしろ刃物のようなもので切るとか?」


 しかし当たり前のように周囲にはそのようなものはなく、早くも途方に暮れてしまった。


「こんなことなら脱出系の知識を身に着けておくんだった……。」


 そこでふと、自分のあの能力のことを思い出した。


 澱人の攻撃を退け、ピンチをくぐり抜けた魔法のようだが魔法ではないあの能力。

確かにあの能力を使えればこの袋小路のような場面を打開できるかもしれない。


 そうだ、あの能力でナイフを出して縄を切るなんてどうだろう。

だがしかし、それには生死に関わるようなリスクが伴う。

しかもそもそも使い方自体がわからないのだ。


 あのときは必死になって全員の身を守るものをイメージしただけだ。

もしかして強いイメージが鍵なのか?

しかし、もし上手いことあの能力を使うことができたとしても、また激しい頭痛と嘔吐により何日も気絶してしまっては意味がない。


 なんて役に立たない能力なんだ。

オトハは自分の無能さを呪った。


 だが思い出せ。

確かタマナはこうも言った。


「空間に対して作用させる体積に比例して大きく消費する」


つまり、作用させる大きさが小さければ、消耗も少ないのではないか。

前回の使用では人を3人まるまる隠しおおせるような巨大な壁を出現させたのだ。

だから体が耐えきれず倒れてしまった。

だがもしかしたら、薄く小さいものならば負担も軽く済み、能力を使ったあとも活動が可能なのではないだろうか。


「試して見る価値は、あるでしょ!」


 早速オトハは刃物をイメージする。

ロープを切り裂くような鋭い刃を持った道具。

尖ってて、硬くて、頼りになるやつ。


「ウムムムム……!なんかうんこ踏ん張ってるみたいな感じになってるけど、これでいいのか!?」


 その一瞬、空気がピリッとする。

不思議な手応えを感じてハッと手の中に刃物を確認する。

だが、勘違いだろうか、手には何も持っていない。


 ふと目を上げると、ガラス片のようなものが少し先の出入り口付近に落ちた。

もしかして、あれが自分の能力で作ったものだろうかとオトハは考える。


 しかも頭痛や吐き気もなく、体の疲労感もない。


「せ、成功した?結構あっけなくできちゃった!やった!!」


 能力の発現に喜ぶオトハ。


「って、現れる場所めっちゃ遠い!尺取り虫みたいに這って取りに行かないとダメかしら。」


 体をくねくねと動かしてガラス片に近づこうとするが、部屋の外から声が聞こえて来る。

バタバタと人が抵抗する激しい気配。


「すんません!ゆるしてください!」


「うっせえ入れ!」


 急に扉が開くと、男が突き飛ばされてオトハの隣に倒れ込む。

その反動でガラス片は部屋のオトハからより遠い部屋の隅に滑って行ってしまった。

そして4、5人の男たちがぞろぞろと部屋に入ってきたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る