第52話 非人道プレイ

「ふっ。パスワードをランダムに変えられちまったんだから出来るわけねーだろ。この状況を知っている仲間に助け出してもらうか、ゲームをクリアする他ないよ」 


「アッハハハハ……バカなヤツだ! ボクを閉じ込めるつもりが、自分も閉じ込められるとはな! 大間抜けだな!」


「可笑しいか。良かったな」


 玉葱兜をかぶった中年騎士が目の前で満面の笑顔を浮かべる。間抜けな最弱装備で、いきった態度が鼻についたが、そのメッキはすぐに剥がれ落ちた。


「ハハハハ……ハハ。嘘だろぉ?」


「好きなだけ笑えよ。時間はたっぷりある。どうかしたのか」


「……いないんだ。地下室は清田しか知らない。つまり誰も助けにはこない」


 清田父は刑務所に送られたと知って、冨岡は放心していた。どのみち冨岡はオープニングイベントを消化しなければ何処にも行けないので別行動になった。


「じゃあな、おっさん。また様子は見に来てやるけど、俺は俺で脱出方法を考えるよ」


「ああ……」


 しばらく冨岡は動こうとしなかった。一時間して、やっとタマネギ兜を手にとり、ホテルを後にした。


 敷地の外側には見たこともない植物がうっそうとした森が広がり、武骨な槍を持ったゴブリンがさまよっていた。


《通りに出れば補給部隊がいますので、合流して職業を決めてください》

 

「……や、やるしかない。たかがゲームだ」


 それから何時間か。チュートリアルを含んだオープニングイベントを終えたタマネギ兜は中世の街に立つ門番と真剣に話をしていた。


「話が分からないのかっ! 黙ってここを通せばいいんだ。この出来損ないの糞野郎っ」


「帰れ。ここは通行証がなければ通れない」


「そんなわけがあるかっ」


 条件を満たさないと通れないと知って、ネギ-ナイフを抜いたのは失敗だった。


 レベル三十五の憲兵と賞金稼ぎに追われると、村人を斬り付けて森に逃げたが、ヒグマに喰われて死んだ。


 再スタートした冨岡は、追ってくる憲兵をヒグマに襲わせるという驚きの行動にでた。ありふれたゲーマーの発想ではない、冨岡ならではの見事な作戦である。


 実のところ、泣きながら逃げ惑うばかりのプレイスタイルで見ているコチラも辛くなった。


 憲兵の死体から金やアイテムを奪ったことで、彼を狙う賞金稼ぎが湧き出てきたので、どの街にも入れなくなった。


 まともじゃなかった。村の住人からスリをしたり住居に入っての窃盗。クエストに必要なアイテムを売ったと思ったら、その晩に店に盗みに入る始末。


 モンスターからは逃げ、弱そうな村人や女を見つけては斬りかかるという愚行。反吐がでそうになるほどの鬼畜プレイ。


 全く違うゲームに思えた。こういう遊び方があるとは運営も思わないのではなかろうか。そもそもレベルをあげるという発想がない。


 森に潜みサバイバル生活をしているので、ストーリーも進まない。まる一日頑張ってもレベルは四までしかあがらなかった。


 冨岡はゴブリンの群れに追われていた。四方を囲まれ死を覚悟した彼は、張り裂けんばかりの大声で叫んだ。


「た、助けてくれ! 誰かっ」


 ゴーグルをしたまま現実に叫ぶので、地下室に響きわたってうるさかった。これもゲームに慣れている世代で見かけない行動だ。通常、大きな声で助けを呼ぶなんてコマンドがないからかもしれないが。


 マジックアローの連弾が冨岡のタマネギ兜をかすめ、次々とゴブリンが倒れていく。腹這いで進むと目前には黒革のブーツがあった。

 

「ファイアボールやアイスカッターを覚えるのは素人だ。初期のレベルでも属性の影響を受けないマジックアローだけをアホな体育会系ほど使い続けるのが正解なのだ」


 俺が見下ろすとタマネギ兜がずり落ち、冨岡がしがみついてきた。恐怖にとりつかれた表情だった。


 痛みのあるゲームは現実と変わらない。痛みこそが仮想と現実を結ぶ糸だと思った。もし、ルシエルに痛みがあれば、彼女は本物の人間になるのではないだろうか。


「キミは! キリタくん。す、すごい魔法だな。なんて勇気だ、あんたは本物のハンターだな。僕は、僕はもう駄目だ」


 久々の再開……と言っても四時間しかたっていないが、冨岡にとっては永遠にも感じられたのだろう。彼は満面の笑みで俺に言った。


「会いたかったよ、本当に」


「ああ、俺もだ。あら? 職業は選んだんだよな。装備は初期のままみたいだが」


「いやぁ、それが『はい』ばっかり応えてたら戦士になっちゃって魔法が使えないんだ」


「スキルは?」


「タロットカードは『ストレングス』だった」


「ほお……ガチガチのアタッカーじゃないか。前半はキツイ職業だぞ。真の力を得れば最強クラスになるけど、イバラの道だ」


「てっ、手伝ってくれないか」


「ええっ……最強クラスを目指すってこと? やる気マンマンじゃないか」


「いや、どうせなら頂点を目指したい。一緒にトップまで上り詰めようじゃないか」


 さすがマウンツの頂きにいた男。こりゃ長い旅になりそうだ。情けない挙動に見えたが、その実、俺を上手く利用しようって魂胆だ。


 本気で言ってる言葉じゃない。こいつはゲームに興味なんか無い。こうやって高い目標をちらつかせて人を利用してきた男だ。


「一生かかっても無理だな」


「……な、なんでだ」


「やり直しはきかない。お前の人生も」


 チャンスはあった。このゲームは自分のスキルにあった仲間を得ることが目的のひとつでもある。でもなければオンラインで人と繋がる意味なんかない。


 プレイヤーが『力』のカードなら、背中を『隠者』のカードを持った仲間が庇う。タロットカードにならって、そうプログラムされている。


 協力者に出会えなくても、NPCが助けにきてくれる。だが、冨岡は人道的な選択を誤った。どんな神ゲーだろうと、プレイヤーがクソなら、何も得ることは出来ない。


 憲兵が森を囲んでいた。俺は冨岡に武装を解いて森を出ることを勧めた。こうすれば何時間か牢獄に入ることになるが、再スタートが出来ると知っていたからだ。


 奴は素直に投降することを選んだ。これが仮想現実なら、受け入れると言って。やつは手錠を掛けられ、衛兵と共にファストトラベルで消えて行った。


 俺は少なからず動揺していた。最新の機器を使った夢のゲームが糞みたいに思えたからだ。ヘッドギアを外した俺に河本が言った。


「僕らはすごく大切なことを学んだんじゃないかな。ゲームも人生も同じだよ。どんな世界だって生き方次第で糞ゲーになってしまうんだ」


「ああ、うるさい。俺は今、仮想現実の話をしているんだ。ゲームと現実を一緒にするな」


「ぶっ!」


 ルシエルはもう供述を取らずとも、冨田のパソコンデータから犯罪歴を抜き出すことに成功した。席を立ってテーブルを回り、河本の前まで来るとこう言った。


『現実の話しはやめてください』


「……何が現実か分からなくなってきたよ」

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