第19話 スキル増殖

 帝国領の崖にある前線基地、灰色の琥珀団は内部を占領している。司令部にいるツネヒコは不安を覚えていた。この勝利は辛くもと言ったところで、この先は困難になりそうだった。 

高台から見る景色は荒野ばかりだ。後ろの扉が開いて、ツネヒコは振り返る。


「尋問は上手くいったか、エジンコート?」

「ばっちり。狼血兵団の私の顔を知っていたみたいで、結構ビビッていたみたいよ」


 尋問を終えて出て来たエジンコートは、薄く笑っていた。少し自信げだ。


「意外であります」


 同じ部屋にいるチコリは訝しげで、エジンコートは頬を膨らませた。


「むう、これでも歴戦の傭兵団だったの!」

「それで、敵兵は何だって? あのゴブリンみたいな小さいモンスターは何だ?」


 ツネヒコはエジンコートに問う。この前線基地を落とす時に相対した、謎の小鬼に手を焼いた。いったい帝国はどこから手に入れたのだろうか。


「どうやら数日前、紅蓮の傭兵団のグウェンって奴が急に現れてモンスターを帝国に溢れさせたみたい。そいつが王の勅命書を持って、各防衛部隊にモンスターを無理矢理押しつけていったらしい」

「モンスターを溢れさせた? そんなポンポンいるもんじゃないだろ?」

「かつては、いたのですわ」


 窓に近い場所に座るシムが口を開く。


「エルフに伝わる古い話、悪魔とも呼ばれるほど凶悪なモンスター溢れた世があったのですわ」

「それドワーフ族でも語り継がれているであります! 百年前、勇者が封印して世界は平和になったのでありますよ」


 シムとチコリが言う通りであるなら、帝国は封印を解いたことになる。


「そいつらと対峙するなんて、私達も勇者みたいじゃん」


 無邪気に言うエジンコートの鎧はヒビ割れている。ゴブリンの一撃を受けて、壊れてしまったのだ。


「ワタクシ達はさっきの戦いで、殆ど何も出来ていなかったではありませんか。あまり楽観的に捉えてはいけませんわ」

「エジンコート、シム。力不足に関して、俺に考えがある。部隊を下の広間に集めてくれ」


 ツネヒコ自身も、二人が苦戦したことを重々知っている。使えない仲間を守ることは出来るが、できるなら戦いに加えたかった。


「エジンコート、鎧をぬぐであります。ワシらドワーフは整備しておくであります」


 チコリはエジンコートの鎧を持って、先に別室へ行った。



◇◆◇



 前線基地の大広間は出撃前の兵を沢山集められるように、広かった。ツネヒコはエルフ族と、エジンコートの歩兵部隊を全員一か所に集めた。


「みんな、前線基地の奪取ご苦労だった。だけど、敵のモンスターに苦戦を強いられたと思う。このままでは正直、君達はついていけそうにない……よって君達を強化しようと思う」


 みんなはざわざわし始めた。戦地の中で即席の強化とかできるのだろうか、という声も聞こえた。


「シム、エジンコート。君達から【征服簒奪魔法】で奪ったスキルを、返そうと思う」

「え!? そんなこと出来るの!?」

「驚きですわ! それならば、あの屈辱を晴らせますわ!」

 

 ツネヒコには確信があった。二人から奪ったスキルは身体に馴染んで、息を吐くように使うことが出来る。まるで剣豪の魂が乗り移った素人のように、身体がついてくるのだ。

 スキルがその身に着いた魂のようなものだとするなら、触手はそれを内部に通すことが出来る。つまりは、奪えるなら与えることも出来るということだ。


「これから奪った威風残光と狼月閃を与える! 【征服簒奪魔法】アポーツ!」



 ツネヒコは女神から与えられた魔法を発動した。両手から無数の黒々とした触手を噴出させる。粘液をまとったヌメリが、シムとエジンコートを絡めとる。


「ひゃうっ! やっぱり強引ですわね!」

「むぐっ!」


 二人をニュルニュルの触手で絡め取り、衣服を粘液で湿らせる。強引に太い触手を、二人の口にぶち込んだ。体内に注入しなければスキルは渡せない。


「はむぅうう! むぐうう!」

「んっ……んっ……んぐぅ」


 シムとエジンコートの中に、二人から奪った二つのスキルを流し込む。

 彼女たちだけではない。この大広間にいるエルフと歩兵、全員にも同じように渡す。

 ツネヒコの触手は空間を埋め尽すように、生い茂った。仲間達をひとりひとりまんべんなく巻き付き、口内を狙い撃つ。


「んああああっ!」


 大広間に響く彼女達の嬌声。むせかえるような湿気の中、やがてスキルの処置は終了した。



◇◆◇



 翌日、思ったよりも早く帝国の増援が到着した。ツネヒコが奪い取った前線基地を取り返しにきたのだ。

 ツネヒコは【鳥瞰偵察魔法】の鳥から視界をリンクし、戦場を観察した。傭兵とゴブリンの混合、基地にいた戦力と構成はあまり変わらない。


「今度は楽に勝つぞ、みんな」


 【音響通信魔法】エコーの宝石をトランシーバー代わりに、ツネヒコは話かける。


「見るでありますよ、ツネヒコ! これがドワーフの粋を集めた大砲であります!」


 チコリ達、ドワーフはいつの間にか鉄製の大筒を用意していた。前線基地の城壁に並べる。

 王からの補給物質である魔石で作り上げた代物だ。魔銃と同じく、魔法力で弾を撃つ。一つの砲台に、複数のドワーフが付いている。大砲は三つあった。

 魔力の弾が、眼下の帝国兵に向けて発射される。ゴブリンだろうが、帝国兵だろうが薙ぎ払っていく。凄まじい火力だ。


「ツネヒコから返して貰ったスキル、存分に活用しますわ! 威風残光!」


 シム率いるエルフは、ランドラゴンから降りて戦場の荒野に並んでいる。各々が携える槍を前に構え、俊足のスピードで駆けだした。自在に疾走する矢のように、敵を貫通して引き裂いていく。その速さにゴブリンでさえも捉えられない。一撃で倒せなくても、二度三度別のエルフが追撃をしに来て、モンスターをバラバラにしてしまう。


「敵の進撃は、我ら歩兵部隊が止めるのよ! 総員、構え! 狼月閃!」


 捉えられないエルフを無視して、敵は前線基地の城壁目指して突撃してくる。そこにはエジンコート歩兵部隊の肉壁。

 ゴブリンが近づいた瞬間、流れるような回転斬りが見舞われる。百人の歩兵部隊が、機械的に近づいた敵を引き裂く。まるでシュレッダーに巻き込まれるように、敵部隊は疲弊していった。


「俺が出るまでもないな」


 高台にある指令室の椅子にこしかけ、ツネヒコは勝利を確信した。

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