第18話 小さな悪魔

 ツネヒコ率いる灰色の琥珀団は、国境に差し掛かる。

国王との契約、アウトグランド帝国へ侵入し、この戦争に勝たねばならない。

 今まで落とした砦と勝利の数。前線を押し込み、グラスウィージャン王国は領有を少しずつ伸ばしている。

 そこから国境を越えるのは容易い。既に落とした砦から、国境を越えるのだ。


「どうも、灰色の琥珀団だ」


 ツネヒコは砦にいた兵士に挨拶をする。王国の数少ない正規軍、砦を占有していて待っていたのだ。彼らは決して戦いには出ない、盾なのだ。今の戦争の剣は傭兵という、使い捨ての剣だ。


「お待ちしておりました。王の命令より補給物資をご用意しております」


 一人の兵士が慇懃な礼をする。砦内部、ツネヒコの仲間全員を収容できる広い場所には、所狭しと物が置かれていた。その殆どが食料で、何ヶ月も保つように見えた。それだけ長い期間、帰ってこれなくても良いようにだ。

 

「食料はわたし達が管理するね!」

 

 ソフィーたち異種族勢が食料の入った箱を馬車へと積み込んでいく。その姿を見て、ツネヒコは不安になった。


「本当に一緒に来るのか? ここからは敵地、逃げ場なんてないんだぞ」

「うん! 戦場でもお腹が空くでしょ? わたし達が作ってあげるね!」

「それはありがたいんだが……怖くはないのか?」

「ツネヒコがいるから怖くないよ。わたし達に居場所をくれたのはツネヒコだから、どこにでも一緒に行く。それは皆も一緒」

「分かった。俺が全力で守るよ」


 チートである自分が守れば何も問題はない。ツネヒコはそう思った。


「うむ、王よ要望通りの量を用意してくれたでありますな!」


 チコリが補給物資の大量の魔石を精査していた。魔石は杖の素材、魔銃を持つドワーフにこれ以上の魔石は必要ないはずだ。


「チコリ、そんなに魔石を抱えて何をするんだ?」

「ふふん、ワシらはドワーフであります。ものづくりの材料は多ければ、多い方がよいのであります!」


 魔銃の予備だろうか。考えるツネヒコはエジンコートに肩を叩かれた。


「そろそろ出発ね。国境を越えたら危険なのだから、頑張りましょう」

「ツネヒコにそんな心配は無用ですわ、エジンコート。正面から薙ぎ倒すだけでありましょう」


 シムは曇りなかった。エジンコートは首肯する。


「そうね、やってやりましょう」


 砦の門が開く。ランドドラゴンと機械が引っ張る馬車、土埃をあげて侵攻する。

 砦を落とされたとあっては帝国にとっての水際は、前線基地だ。そこに敵の防衛線が敷かれ、そこも落とされたら更に後ろに兵が集まるだろう。正面からの殴り合いになるかもしれない。


「しゅっぱーつ!」


 ソフィーは明るかったが、ツネヒコは不安だった。

 帝国領は想像よりも、荒野で不毛の土地だ。


「帝国って、随分とさびれているんだな」

「私が裏切った時はこんな土地じゃなかったけどな」


 同じ馬車に乗るエジンコートは呟く。荒野を流れる風は冷たく、馬車の中にまで入り込んでくる。

 敵の前線基地が見えて来た。高い崖に砦が築かれている。


「なんであれ潰すだけだ」


 ツネヒコの命令で馬車は止まり、各員は降りて戦闘態勢を整える。

 前方に黒い塊。敵はもう陣形を敷いている。

 ツネヒコは【決闘隔離魔法】を、ソフィーと異種族にかける。二人一組しか入れないから、それだけの数を用意する。この結界の中なら流れ弾で被弾することもない。


「灰色の琥珀団、突撃!」


 いつもの戦闘スタイル。ならば問題はないはず。ランドドラゴンに乗ったエルフ騎兵を先頭に、エジンコート達の歩兵が続く。ドワーフの銃兵がバックアップだ。

 ツネヒコの傭兵団は、これで帝国に対しては負けなしだ。


「何か小さいのがいますわ」


 前方のシムが声をあげる。ツネヒコは進軍のスピードは緩めない。【音響通信魔法】エコーによって、部隊の最後方から指示を出す。


「少年兵か? 構わない、突っ込め!」


 ツネヒコは【鳥瞰偵察魔法】で作った魔力の鳥を放つ。確かに敵兵の合間に妙な小さい奴を、リンクされた視界から発見した。敵兵の影に隠れて、何が潜んでいるのか分からない。


「はぁあっ!」


 シム達の騎兵が敵の先鋒に、槍を突き刺した。騎兵の突破力で引き潰した敵を、第二陣の歩兵が追い打ちをする。はずだった。


「きゃあっ!」


 シムと彼女が乗るランドドラゴンが撥ね飛ばされていた。騎兵達が次々と宙を舞う、ニンゲンの力では到底出来ない芸当だ。


「シム! 一旦下がって! 防御力はこっちのが上よ!」


 エジンコートの歩兵部隊とシフトが入れ替わる。重鎧を着込んだ彼女たちが耐える形になって、負傷したエルフ達を後ろへ返す。


「がっ!」


 エジンコートの鎧にヒビが入る音がした。歩兵までもが簡単に処理された。ツネヒコは焦った。現場の判断だけに任せてはいけない。作戦を変えなければ。


「なんだこいつ、すばしっこいであります!」


 チコリ達ドワーフが魔銃を撃ちまくるが、敵が小さくて当たりづらい。よしんば当たったとしても、敵は血を噴きながら突っ込んでくる。


「ぎゃんっ!」


 援護虚しく、ドワーフも蹂躙される。少年兵ではない。小さい異形。ファンタジー小説でよく見る雑魚といったところ。しかし人間より強いのは明白だ。ツネヒコは当たり前のことに苦笑いする。今まで大したモンスターにあってこなかったし、ランドドラゴンは心が優しかった。あれが本当の怪物だ。

 小さい体躯で、頭でっかちで、手足はひょろ長くて棍棒を持っている。まるで小鬼、ゴブリンだ。


「くそっ! みんな大丈夫か!」


 負傷した仲間にひとりひとり、【決闘隔離魔法】をかけていく。ゴブリンの攻撃ではビクともしない結界だ。

 奴らは仲間を倒した。不安は怒りで塗り潰す。ツネヒコは前に出た。魔剣ブラックバーン・スクアを抜いた。


「ギャギャ!」


 ゴブリンの棍棒と魔剣が打ち合う。跳ね返された衝撃で、魔剣が鳴動する。切れ味の上がった剣を振るう。ゴブリンは飛びのいて避けようとしていたが、逃げ切られる前に切り裂いてやった。

 

「なんだこいつらは……今までこんなゴブリンはいなかった!」


 敵がモンスターと組んでいる。いやランドドラゴンを活用しているこちらと同じか、それ以上だ。敵兵戦力百のうち、半分はゴブリンだ。こんな数を揃えるとは、捕まえてきたとも考えづらい。


「お前ら、後退するな! 前進しろ! 下がれば足の速いゴブリンに追いつかれる!」

「で、でも!」


 仲間のエルフが不安げな声をあげる。


「ゴブリンは全て俺が引き受ける! ゴブリンの背に隠れる、人間の帝国兵をやっつけろ!」

「りょ、りょうかい!」


 分が悪い。個人個人の戦力で負けていれば、侵略側に勝ち目はない。


「奥義! 狼月閃!」


 ツネヒコは魔剣による回転斬りを放つ。ゴブリンの壁が両断され、血の滝が流れる最中を仲間達はくぐり抜けた。後方にいる人間を相手にいった。

ツネヒコはゴブリンの怒らせたのだ。奴らはこっちに全てきた。ツネヒコが最強戦力で、総大将であることを悟らせた。


「そうだ! 全員こっちに来い!」


 ツネヒコは斬って、斬って、斬り払う。動きは人間よりも素早く力強いが、負けるわけにはいかない。

五十ものゴブリンを全て肉塊に変えていく。時間はかかった、疲労もいつもより大きい。

仲間達も、敵の帝国兵を倒し終えた。敵の前線基地にいる戦力はこれで殆どだろう。

崖の上にある砦から、白旗があがったのが見えた。


「勝ったか……」

「わたくしがいとも簡単に……」


 シムはランドドラゴンと共に地面に倒れている。打撲跡があったが、出血はしていない。


「大丈夫か? シム?」

「申し訳ありません、ツネヒコ」

「気にするな、相手が強かった」


 シムは絶望した表情をしていた。無理もない、ツネヒコは彼女のお腹をさすってやる。


「ぐううう!」

「ワシの作った鎧が! 鎧にヒビがああああ! でありますううう!」


 エジンコートは胸を押さえて、のたうち回っている。その傍でチコリがわめく。


「ちょっと! 鎧じゃなくて私の心配をしなさいよ!」

「うるさいであります! そんだけ元気なら大丈夫であります! 鎧を直すから早く脱ぐであります!」

「こ、こら強く引っ張るな! アザになってる! ぜったいアザできてるから優しく!」


 仲間達は誰も欠けることはなく、重傷者もいないようだ。ツネヒコはホッと胸をなでおろした。守れたし、勝負には勝った。が、彼女たちはこれからの戦いについてこれそうになかった。

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