第20話 占領基地(ソフィー)

 ソフィーは張り切っていた。ここは帝国から奪い取った前線基地、連日戦いに出た仲間たちの疲れを癒してあげなければならない。


「みんな、張り切ってカレーを作るよ!」


 ソフィーは異種族の仲間に声をかける。灰色の琥珀団の調理担当、元奴隷で境遇の同じ仲間は戦うことができない。いつも守られてばかりだから、出来る事をしたい。その思いもきっと同じだ。

 占領した帝国基地の台所は綺麗で最新式だった。何百人もの兵士たちをお腹いっぱいにするためだろう、大きな鍋を使わせて貰う。


「いい匂いがするな」

 

 ツネヒコの声だ。戦場に行った仲間たちが食堂に入ってくる。


「いらっしゃい、今日はスタミナカレーだよ!」

「いいわね、今日はクタクタだよ。ツネヒコが激しくて」

「エジンコート、何を言っているんですの! もう!」


 シムは顔を真っ赤にして、エジンコートの肩を叩いていた。何かあったのだろうか。


「カレーであります! カレーは最高であります!」


 チコリたちドワーフは無邪気だった。そんなに喜んでくれると、作り甲斐があるというものだ。

 ソフィーたちは全員にカレーを配ってから、自分達も席につく。


「いただきまーす!」


 ソフィーはツネヒコの隣の席に座って、カレーを食べる。

みんなは口々に美味しいと言ってくれたり、黙々とガッツいてくれたりする。けれどツネヒコだけ反応が薄かった。


「どうしたのツネヒコ、全然食べていないじゃん。口に合わなかった?」

「いや、美味しいんだけど。その…何て言うか……カレーに飽きた」


 確かに殆どカレーで、他の料理は殆ど作ったことはなかった。しかし寝かせると美味しくなるし、毎日カレーは理に適っているとおもっていた。


「えー……! カレーって連続で食べるものでしょ」

「いや、そういうものだから飽きたというか……昔から家で出るのは連続で飽き飽きしたというか……」

「そっか、ツネヒコにとっては故郷の味だもんね」


 ソフィー達にとっては未知の味だけど、ツネヒコにとっては既知の味覚なのだろう。

 ソフィーは落胆すると同時に、彼を喜ばせる新しい味を探そうと決意した。



◇◆◇



 明日、前線基地を捨てて更に帝国の奥深くまで進軍するまで時間がある。ソフィーはエジンコートの部屋を訪ねる。

 ソフィーが扉を叩いたのは、指揮官室。エジンコートは背もたれの高い椅子にもたれかかり、足を机に投げ出していた。


「うわわ!」


 ソフィーが部屋に入ると、不安定な姿勢で座っていたエジンコートはバランスを崩して倒れた。


「だ、大丈夫?」

「いや、ちょっと偉くなった気分を味わいたくて……たはは」


 エジンコートは頭を抑えながら、立ちあがった。薄いインナーの肘の部分が、少し破れていた。


「ところで何の用かな、ソフィーカレー担当防衛官」

「変な呼び名、やめてよ。そのカレー専門みたいなのを辞めたくて来たの」

「ほうほう、カレーに飽きたのかな?」

「うん、ツネヒコが食い飽きたって。だから新しい料理を作りたいの。ねえ、エジンコートって狼血兵団だった頃って何を食べていたの」


 エジンコートはツネヒコの仲間になる前は、自分の傭兵団で活動していた。歩兵百人にも及ぶ彼女たちなら、何か知っているだろうとソフィーは考えた。


「うーん、作戦中は小麦や砂糖にゴマとか薬草を混ぜて固めた糧食かな」

「うえ、マズそう。普段は美味しいもの食べてないの?」

「儲けた時は美味しい料理屋に行くけど、自分で作ることはあまりないかな」

「食いしん坊なのにー」

「食べる専門なのよ。あ、たまに敵の陣地を襲った時、そこにあった作りかけの料理を頂いたりするわね」

「えー……」


 ソフィーは呆れて頭を振る。


「そうだ、帝国の捕虜がいるんだけど、彼らに料理を聞いたらどうかな? 異国の料理が聞けるチャンスじゃない?」

「な、なんか怖いな」

「大丈夫だって、私がこってり尋問しておいた後だから。ほら、おいでよ」

「わ、わわ!」


 エジンコートに手を引っ張られた。無理矢理部屋から出され、連れてこられたのは小さな尋問室だ。

 そこには一人の男性兵が椅子に縛り付けにされていた。生気がなかったが、エジンコートの姿を見ると彼は血相を変えた。


「ひいいっ! 裏切り者の悪魔めが!」

「うるさいなぁ、もういっぺんやっとく?」

「ううぅ! ごめんなさい、ごめんなさい! 私がナメクジですぅ!」


 兵はガタガタと震えていた。


「いったい、なにをしたのエジンコート?」

「さあねー。まあ、そんなことより、彼に聞けば何でも素直に教えてくれるよ」


 確かに嘘はつかなそうに見えた。少し可哀想だと思いつつ、ソフィーは質問する。


「帝国で一番おいしい料理を教えてください! わたしの料理を食べさせてあげたい人がいるんです!」

「へ? 料理?」


 彼は一瞬で毒気の抜けた顔をした。そして丁寧に、調理の仕方を教えてくれた。



◇◆◇


 翌朝、ソフィー達は教わった料理を、朝食に出した。食材は基地内にあったものを使わせて貰った。

 肉をデンプンで作った透明の皮で包み、蒸し焼きにした後、甘辛いタレをかけたものだ。

 名前はバーミ―焼きというらしい。


「うん! とっても美味しいよ!」

 

 エジンコートや、他の皆は満足してくれたようだ。ソフィーは不安だった。問題はツネヒコだ。


「なんだか、大きなみたらし団子みたいな見た目だなぁ」


 透明なデンプンで包まれた皮を、ツネヒコはナイフでつつく。ぷよんと震えて、油の馴染んだタレまでもが躍っている。中を開くと、溢れ出る肉汁と共に湯気が立ち上る。熱々のままフォークで運んで、ツネヒコは一口食べた。


「お味はどう……?」


 ソフィーはドキドキしながら聞く。すぐにツネヒコは笑顔を向けてくれた。


「うん、美味しいよ!」

「ほんと!? 良かったあ!」


 ツネヒコの笑顔に、ソフィーもつられるようにニコやかになった。

 ソフィーはここが敵国、侵略の最中だというのを忘れていた。


 

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