十月.愛しのお姉さま

「ではな。確かに伝えたぞ」

 放課後の魔術準備室。真世まよ晴人はるとに用件を伝えると、颯爽と部屋を後にした。それから数瞬。ドタドタと廊下を走る音の後、勢いよく入口の戸が開く。

「今、お姉さま来てなかった!?」

 入るや否や、莉生りおが声を張り上げる。勢いに負けて声の出ない晴人はうなずいて肯定を示した。

「ああー! やっぱり! 私はいつもタイミングが悪い!」

 荒れている。莉生は、晴人の姉である真世が好きだ。こうなるほどに。

 別にこんな偶然に会うのを期待しなくても、近所に住んでいるのだからいつでも会えると思うのだが。遊ぶ約束を取り次いでやろうかと提案した時には顔を真っ赤にして「畏れ多いからやめろ」とぶん殴って来たから、そういうものなのだろう。あれは面白かった。

「はあ。宮野木君が羨ましいよ。お姉さまがお姉さんなんて」

 ひとしきり暴れて落ち着いた莉生は、椅子に座ってため息を一つついた。なにやらややこしいことを言っている。

「毎日会ってるわけでしょ?」

 そりゃそうだ。同じ家に住んでいるのだから、嫌でも会うことになる。

「ぐぬぬ。この世は何て不公平なんだ。私もお姉さまをお姉さまと呼びたい」

 輪をかけてややこしい。この話も莉生が初めて真世に一年少々、週に何度かの頻度で繰り返されている。しかし、この時はいつものように莉生のため息では終わらなかった。

「ん? そう言えば、宮野木君はお姉さまの弟なんだよね」

 何をいまさら。大前提もいい所だろう。しかし、なんというか。こちらを見つめる莉生の目が据わっている。

「そうか。最初からこうすればお姉さまを私のお姉さんにすることが出来たんだ」

 莉生が立ち上がり、晴人に向けて歩を進めた。目は据わるを通り越して狂気をはらみ、わきわきと動かした指で攻撃性を露わにしている。

「や、やめろ。何を考えている。下手な真似はよせ」

「宮野木君は少しおとなしくしてればいいだけだから!」

「うわあ~」


「すいません遅れたっス」

 すっかり静かになった魔術準備室の戸を力也りきやが開いた。

「ヤア、オツカレ」

 晴人が挨拶を返すが、何か調子がおかしい。声もそうだが、西日の差し込む窓に向かって仁王立ち。何を見ているのだろうか。

「ブチョー? どうしたんスか?」

「ナニガオカシイトイウノダネ、タケイシクン」

 無理に低くしたような声。それに、武石君? 流石におかしいと近寄ろうとした時、ちょうど太陽に雲がかかり、逆光で見えなかった細部が見えるようになった。

 長い髪。パツパツになったワイシャツ。いつもより背も低いような……。

「って、センパイ? ブチョーの制服着て何してるんスか」

「やっぱり分かる?」

 振り向いた莉生は、上から下まで男子用の制服に身を包んでいた。それでもあまり違和感を覚えなかったのは、彼女だからだろう。

「サイズはちょっと合わないけど。宮野木君細いから」

 そういう問題だろうか。それはともかく。

「なんでそんな恰好してるんスか?」

「いやあ。宮野木君になりきればお姉さまの弟になれるかと思ったんだけど、冷静になってみたらそんなわけないよね」

 当たり前もいい所だ。莉生は「ノリで行動しちゃダメだね」とおちゃめなポーズを決めた。それはともかく。

 莉生の男子制服姿が似合っていたので忘れていたが、莉生がそれを着ているという事は、晴人はどうしているのだろうか。きょろきょろと辺りを見回していると、机の陰から人影が立ち上がった。

「お前……。実行する前に少しは考えてくれよ……」

 立ち上がった晴人の姿を見て、力也は思わず吹き出した。いや、予想はついてはいたのだが、いざスカートを翻す本人を見てしまうと如何ともし難い。

 しかし、第一印象を越えてまじまじ見てみると、何と言うか、似合っている。力也は頬を赤くして目線を逸らした。

「おい、その反応は何だ」

「あ、いや~。やっぱりブチョーってお姉さんと似てるっスね」

「ん!? なるほど、その手があったか」

「ねえよ!」

 結局、晴人がその服のまま家に帰らされたのは別の話。

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魔術部の日常 ユーカン @u-kan

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