アルキオネは逝く 其の一

 ――――衝突。

 一瞬で全ての情報が遮断された。




 俺はメリーゴーランドの白馬にまたがっていた。

 激しく回転するメリーゴーランド。

 やたらテンションの高い音楽と光の演出が、にぎやか過ぎて迷惑だった。

 乗客は俺しか見当たらない。

 最近は三半規管に衰えを感じていたので、お馬さんが上下運動を始めると、胃の中の物が根こそぎ出てきて気持ちが悪い。

 


 ふっ。

 俺、死んだな。

 この光景は、走馬灯というヤツだな。

 吸血鬼アルキオネにほっぽり出されて、天国に行く途中なのか?

 名探偵ばりに推理を続けていると、白馬は突如、メリーゴーランドから外れ、俺を乗せたまま明後日の方向に走り出した。

 オイオイ。

 俺の天国、こっちであってんの?


 



 ――――どれくらい経ったのだろう。

 目を覚ますと、タクヤの後頭部が見えた。

 ゆっさゆっさと俺をおぶって、どこかに運んでくれている。

 俺、助かったの?

 てっきり白馬に跨って、お花畑を縦断するかと思っていたのに違ったようだ。

 身体中のあちこちが痛むのは生きている証拠なんだろう。空から落ちてきた割には軽傷である。

 

「急いで下さい!」


 俺達を待ち構える白い甲冑から、コハルちゃんの声がした。何だか余裕のない緊張した声だ。

 横には虎夫さんの姿も見える。

 皆、元気そうだ。

 タクヤにしがみついたまま、辺りの様子を窺う。

 様変わりしているが、駅の中のようだった。


 電気街駅は中規模の駅であり、既設の四本のホームの内、両サイドのホームがかなり広い。立ち食い蕎麦屋だったり、コンビニなんかがホーム上に存在しているわけだが、俺達がいる南側の端だと思われるホームは、もうその機能を取り戻す事は出来ないだろうと思えるぐらい、破壊が進んでいた。


 と、ダメ押しとばかりに停車中の車両へ、お空から落ちてきた火の玉が衝突する。

 小さな小さなアルマゲドンだ。

 爆発が起こり、前後の連結された車両が跳ねた。

 お決まりのように俺達は吹き飛ばされる。


 ……悲惨だ。

 全幅の信頼を寄せて運搬されていたのに、いきなり放り出されたのである。受け身もそこそこに地面を転がる。ベンチに当たって、ようやくストップした。

 い、いかん。腰が逝ってしまったかも……。


「だ、大丈夫~?」


 タクヤめ。

 立ち上がってすぐに俺を見る。とぼけよって。

 見てたぞ俺は。

 ばっちり受け身をしていたな。

 速攻で俺を放り投げて、お前だけばっちり受け身をしていたな!

 俺がお前に感じていた感謝の気持ちを、返してもらおうか!


 爆発した車両から、火の粉をまとった吸血鬼アルキオネが険しい顔をして出てきた。

 薄々、かんづいてはいたが、火の玉の正体はこの女。鳥になったり、虫を出したりと多彩なもんだ。

 そんな器用な吸血鬼に、小太りな男性が無造作に近づく。元気一杯の虎夫さんだ。


「出よったな親玉! 我が必殺の虎馬トラウマを、喰らうがいいんだし!! 本気汁改! 九十パーセントだぁぁぁ!!」


 吸血鬼の正面に立って虎夫さんが叫ぶと、タクヤとコハルちゃんが、怯えるように悲鳴をあげた。

 何が始まるんだ?

 虎夫さんが素早く両手を掲げる。

 はずみで、白いゼリーのような物が空中を舞った。

 その刹那、世界がスローモーションになる。

 白いゼリーの為だけに、世界の時計が狂いそうになる。

 あれは何だ? ただのゼリーじゃない。


 虎夫さんの仕掛けに、すぐに吸血鬼アルキオネが反応した。

 スライディングと足払いを合わせたような突撃で虎夫さんの体制を崩すと、対象が倒れてしまう前に素早く立ち上がって肘打ちを背中に落とす。

 ――ここまで零コンマ五秒。


 「ぐえっ」


 大きなゴムボールが跳ねるように、虎夫さんはホームを転がった。苦しそうな呻き声をらして、端の方で動かなくなる。


 ――ジャストで一秒。

 ゼリーはどっかに飛んで行きました。


「ええええ! 虎夫さんが秒でやられちゃったよぉ!」


 俺の泣きそうな声がホームに響くと、まるで助けに来たと言わんばかりに、広場に停めてあった黒いバンが現れた。破壊されて燃えている改札機を乗り越えて、ホームに勢いよく入ってくる。

 物凄い蛇行運転だ。酔っ払いが運転しているような車両が、俺達目掛けて走ってくる。

 その背景が、何故か真っ黒に塗り潰されていた。

 壁のようにも見える津波のような物が、暗く、高く、うねりながら黒いバンを追いかけている。

 まるで生きているみたいだ。

 助手席から上半身を出して、男が、後方目掛けて短機関銃サブマシンガンを乱射し始めた。戦闘モードバリバリの竜二さんだ。

 銃撃音や、火災が起こす小さな爆発などで、辺りは騒然となる。戦場の最前線に迷い混んだかのようだ。

 今、ハンドルを握っているのはマリアさんのはず。

 危うい運転だ。

 ちゃんと免許持っているんだろうな?

 あの完全包囲の中を、よくぞここまで……。


 ん? 

 俺の視力が急速に高まっていく。


「まさか! さっきの虫か!!」


 ヨダレを撒き散らしながら叫ぶ。

 黒いバンを飲み込まんと迫りくる高い波が、虫の集合体が作り出す巨大な芸術品アートだと、今更気が付いたからだ。

 あまりの非日常に背筋が伸びてしまう。

 竜二さんにマリアさん。

 会いに来てくれたのは嬉しいが、余計なお客さんまで連れて来ているよ! 


 短機関銃サブマシンガンの連射を喰らって、虫の勢いが止まる。

 その隙に、蛇行運転を続けながらも加速をやめない黒いバンが、俺達の鼻先を霞めて吸血鬼アルキオネに突撃した。燃え盛る車両に突っ込んでいく。

 吸血鬼アルキオネはその突撃を、翼をはためかせ上空へ避けた。その勢いで、虫達が集う元へ一気に移動する。


「鬱陶しい雑魚どもがぁぁ! さっさとくたばれよ!

 メローペとタイゲタが地獄で待っているぞ! キャハハハハ!!」


 どこか常軌を逸したように吸血鬼アルキオネが叫ぶと、呼応するかのごとく、無数の虫達が竜巻のようになって高さを増した。

 お前がくたばれと、生意気な吸血鬼に言い返してやりたいが、下手に刺激しちゃうと、虫さん達の注目を集めてしまいそうだ。

 ううう……。素人でも分かるぞ。

 この状況は非常にマズイ。


 電車に前半分が突っ込んだ、黒いバンの後の扉が跳ね上がる。車内を伝って、竜二さんとマリアさんが降りてきた。

 竜二さんは、両手に刀と短機関銃サブマシンガンを持っているが、マリアさんは、フラフラしながら拡声器だけを持って、こっちに歩いてくる。なんだか朦朧としているようだけど、どっか打っちゃったのか? 

 マリアさん! それ拡声器ですよ! 避難指示とか全校朝礼とかで使うやつ!


「お前ら、耳塞いどけ」


 竜二さんは俺達を庇うように立つと言った。


「耳? なんで?」


 反射的に問い返すが、返答はない。

 ただ、竜二さん越しに、俺達に背中を向けているマリアさんが、大きく大きく息を吸い込んでいるのが分かった。

 ガニ股で腰に左手を添えながら、下手すると銭湯で牛乳飲んでいるおっさんみたいなスタイルだが、そこはマリアさん。溢れ出る美の気品で、タオルを湯船につけちゃうおっさんには見えない。

 マリアさんは拡声器を口元に構えると息を止めた。

 次の瞬間――――!!


「テンロ――――!! テンロ――――!! 街の暮らしを守る――――!! テンロ――――!! テンロ――――!! テンロぅ不動産――――!!」


 溜め込んだ空気を一斉に吐いて、マリアさんが歌いだす。

 これはっ!!

 テンロー不動産のコマーシャルソングか!

 マリアさんが拡声器に向かって吠えている。

 なんという爆音!

 コハルちゃんの雷が霞んでしまうぐらいの音量だ。

 内蔵が揺さぶられている。

 耳を塞いでいても、お構いなしに鼓膜を刺激する。

 この状況で、何で歌っているのさ――!?


「テンロ――――! テンロ――――! 清潔で機能的なオフィスで――――! テンロ――――! テンロ――――! 貴方の仕事を強力にサポート――――!!」


 電気街の大地主。

 テンロー不動産の企業PRを真正面から受け止める形となった、吸血鬼アルキオネと沢山の虫の皆さん。

 まず始めに、虫が集まって渦高く積みあがっていた部分が、音の衝撃波を受けて崩壊した。

 虫の皆さんは、外骨格を破壊されて体液を撒き散らす。とてもグロい映像が暫く続きます。

 マリアさんが拡声器の角度を変える度に、その方向にいる虫の大群が、爆発して体液を撒き散らします。一部の火災がそのせいで鎮火するほどの量です。

 俺、タクヤ、コハルちゃんは、その都度、間違いなくオエオエ言っているのだが、マリアさんの歌声に全部かき消されてしまって、助けを求めるゼスチャーだけが虚しく目に映る。

 竜二さんは、五月蝿く無いのだろうか?

 あああ! 酷い!

 一人だけ耳栓している! 


「テンロ――――! テンロ――――! セキュリティも万全な――――!! テンロ――――! テンロ――――! 都会の一人暮らしも安心ね――――!!」


 低空をホバリングしていた吸血鬼アルキオネを、テレビでは流れていない三番目の歌詞が襲った。

 沢山の黒い羽毛をまき散らして、強大な怪鳥が地面に落ちる。

 体勢を低くして翼を前にやりながら、自身の身体を守るようにしていたが、やがて翼は粉々に千切れて遥か後方に吹き飛んでいった。

 舞い散る羽毛の中から、制服を着た小柄な女の子が出てきた。頭から血を流し、ブラウスが赤く染まっている。


 吸血鬼はつんのめっていたが、ふいに頭を上げニヤリと笑ってから、ゆっくりと仰向けに倒れた。

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