アルキオネは逝く 其の二

 電気街駅の全貌ぜんぼうが見渡せる位置。

 地上十五階、雑居ビルの屋上にその男は立っていた。

 肩まで伸びる髪をセンターで分けて、夜の闇に溶けていきそうな黒いスーツを着ている。

 よく観察すると、首に包帯を巻いているようだ。喉を痛めているのかも知れなかった。


 男の名は、アルデバラン。

 人ならざる者を統べる、一等星の吸血鬼である。


 屋上は、普段は立ち入り禁止区域なのだろう。

 落下防止のフェンスなどはなく、事故への配慮が感じられない。巨大な看板が設置されているだけのスペースである。

 暫くアルデバランが独占していたが、どうやら別の観覧者ゲストが現れたようだ。

 当たり前のことだろう。

 電気街駅を中心とした戦いを見物するのに、この場所は最適なのだから。


(……天狼シリウスか。ここは君の縄張りだったね。すまない、勝手に上がり込んでいるよ……)


 アルデバランの口元はまったく動いてはいない。

 だが、声だけが屋上に響いた。

 その声に反応するかのように、看板を支える骨組みの陰から、羽織を被った和装の者が出てくる。

 電気街の大地主。

 テンロー不動産のトップ、藤咲ノミである。


「昔のよしみだ。少々の無礼は許すよ」


 藤咲ノミはそう言いながら、アルデバランの横に並ぶ。細い目をしぼめると、その位置からは、斜め上から見下ろす感じで電気街駅のホームが良く見えた。

 もうもうと、至る所から煙が立ち上っているが、ホームの上で人が動いているのをしっかりと確認出来る。


「今なら、まだ間に合いそうじゃな。返してやらんのか?」


 藤咲ノミは言った。

 電気街駅のホームの上では、音の衝撃波を喰らった吸血鬼アルキオネが倒れて動かなくなっていた。

 天狼の構成員や、ゾンビーゾンビーのプレイヤーである面々が、徐々に包囲を狭め取り囲んでいく。

 無抵抗になった吸血鬼に、今から止めを刺す気なのは容易に想像できた。


(……返す? ああ、あの子の万能耐性オールレンジのことかい? ……)


「そうじゃ。それを返してやれば、戦況はひっくりかえるぞい」


(……ふむ。……そうだね。……)


 アルデバランは、横に立つ藤咲ノミを見下ろす。


(……返すと言ったら、君は邪魔をしないのかい? 君の子供たちが窮地に立つことになるが? ……)


「ふん。邪魔するに決まっておる。その為に来たようなもんだからな」


 当たりの前のことを聞くなと言わんばかりに、藤咲ノミは鼻で笑う。

 それを受けて、アルデバランの声は、わずかにうわずった。


(……なるほど。でも出来るのかい? 今の君に。随分と歳をとってしまったようだが……)


「手下を二人連れてきた。ワシも今日は調子がいい。おそらく余裕じゃろうて」


(……ほぉ? では、試してみるかい? ……)


「よかろう」 


 藤咲ノミはそう言って、腕をまくった。

 屋上の巨大な看板を支える金属の骨組みが、ミシミシと音を立てる。幾つかのボルトが外れて、あらぬ方向に高速で飛んで行った。


 アルデバランの口元が緩む。


(……冗談だよ天狼シリウス。あの子の万能耐性オールレンジは返さない……というか、実はね……)


 アルデバランは月を見上げた。

 細く長い髪が風になびく。

 

(……僕はあの子に、この戦いが始まる前に、万能耐性オールレンジを返すつもりだったんだよ。だけどね、要らないと。返さなくていいと言われてしまってね……)


「ほお……。それは何故?」


 それまで正面ばかりを見ていた藤咲ノミだが、初めてアルデバランの方を見る。


(……さあ? あの子は変わった子だったから、何を考えているのかは分からないよ。だけど……、もしかしたら、少々長く生き過ぎたのかも知れないね。あの子は三等星、第三世代だけど、もう五百年は生きているはずだから……)


「五百か……。おかしくなってしまうには十分な時間じゃな」


(……あの子が吸血鬼になってすぐに、願望がんぼう成就じょうじゅされた。だから、その後の五百年は惰性だせいだったのかも知れないね……。終わらせたくても、万能耐性オールレンジのせいで死ぬこともできない……)


「ふむ。そう聞いてしまうと、特別な力も呪いのように思えてしまうな」


(……そうだね。まさに呪い。もっと早く知っていれば、あの子が居なくなってしまう前に救ってやれたのかも……)


 屋上看板の隅に火花が散る。

 凛と大気が緊張した後、沢山の稲妻が発生して電気街駅のホームに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る