ゾンビの世界
かやぶき工場前駅は、最北にある神代駅を起点とした環状線内の一つの駅である。
環状線は二十一の駅で構成されており、かやぶき工場前は一番東に位置している。電気街は、その更に東。環状線からは外れている。
二番目の街が、かやぶき工場前と設定されており、そこから北上するか南下するかのルート選択を迫られる。
真西。つまり環状線の円の中心に向かうルートには高い山々が存在しており、侵入禁止領域となっているからだ。
【世界地図】を画面の右上に表示させながら、タクヤは前を並んであるく【素敵なコウタ】と【一弦コハル】を追いかけている。
画面内には北に向かって伸びる街道が延々と続いており、恐らくこの道を行けば、次の宮前街に辿り着くのであろう。
時間は夜の九時半。
三十分ほど歩いているが、目的の街はまだ見えてこない。
ゾンビがポップする気配も無いので、タクヤは宮町街の先の先。地図上最北にある神代街に目を向けた。
(何もない。
地図上にある神代街を西に行くと、奈落と表示されている崖にぶつかる。そこから先は何もない。まさに奈落。真っ黒に塗り潰されている。
(そこまで辿り着くのは、いつになるのか?)
やっと三番目の街を、目指している途中だ。
そんなに先の事は、考えても仕方がないのかも知れない。もし、情報が必要なら、コウタが確認してくるだろう。
《見えてきたぞ》
明るいコウタの声が、ネットの海を通り抜けて聞こえてくる。木製の高い柵に囲まれた街が見えてきた。
ようやく宮前街に着いたのだ。
―――◼️□◼️□◼️□
十分後。(コウタ視点)
宮前街を囲む木戸を潜り抜けた一行は、感動の喜びを隠しきれなかった。
《居たんだ。僕たち以外にも……。う、うううっ……》
目立った建物は見当たらない。
だが、噴水がある広場に、NPCではないプレイヤーの姿が十数人は確認できる。
それを見て、タクヤは感極まって泣き出してしまった。
男なら我慢しろと言ってやりたいが、俺もなんだか熱い物が込み上げて、うるうるしてしまう。
ずっとずっと、ゾンビーゾンビーには俺達だけしか居ないのかと不安だった。救世主に会うことも出来なくなって、この広い電子の世界を三人で旅しながら、時折、耐え難い孤独に
俺達と同じ境遇の仲間が、ついに現れた。
ついに、ついに――――!
レベル22
雪団子
〈異世界放浪団〉
【こんのにちは?】
う、なんだ?
【こんのにちは?】
なんだこいつは。
街に入って早々に変な奴に絡まれる。
女性の姿をしたプレイヤーだが、非常に薄い衣類しかまとっていない。現実世界で友達に紹介するなら、痴女の○○さんです~と形容しながら引き合わせるのがしっくり来る。
女子高生連れのパーティーには刺激が強すぎるし、なにより聞こえてしまうのでタクヤと悪ふざけで助平な事も言えない。さっきまでの感動が早くも消え失せて、いきなり大ピンチだ。
《タクヤ。こういうの得意だろ?》
俺の親友のタクヤ君は、誰とでもすぐに仲良くなれる友達ハンター。いまこそ、その腕前を惜しむことなく発揮する時!
【こんのにちは~?】
結局それかい!
タクヤが打った文字を見て力が抜ける。
いや、待てよ。
相手の文化を尊重し
《コハルちゃん。聞こえるかい?》
俺が神妙な口振りで告げると、《はい》と返事があった。
《色々と思う事はあるだろう。だけど君はまだ若い。世の中には一見、無駄に思えるような事でも死力を尽くさないといけない時がある。なので、今は何も聞かずに、このコウタおじさんに
【こんのにちは!】
コハルちゃん、早い!
併せてって言ったよね!
雪団子という名前のキャラが踊り出す。
ネグリジェみたいな衣装が揺れて、ついでに、たわわな胸も勢いよく弾む。変にリアルな3D描写だから、目のやり場に困ってしまうが、ファーストコンタクトは成功したのか?
【私はここのボス、雪団子。異世界放浪団のキャンプ地へようこそなのん】
やはり成功している。
タクヤの友達ハンターとしての実力は相当なものだ。
【初めまして、僕はタクヤ。後の二人は友達です】
【こんのにちは! よろしくです】
すかさず俺も挨拶をかます。
【こんのにちは】と言っていないのは自分だけだと気がついたからだ。ここまで来て、俺だけ除け者にされたらかなわない。
【君達は、アルキオネの討伐に来たのん?】
軟体動物のようにクネクネしながら、雪団子はチャットを続けている。この人は止まったら死んでしまう病にでもかかっているのだろうか。
俺は、遅いながらも頑張ってキーボードを叩いた。
【そのつもり。雪団子さん達も?】
【そうなのん。だけど今は待機中。作戦会議中なのん】
【なんでまた? こんだけプレイヤーが居るのに、アルキオネってやっぱり強いの?】
【そうでもないのん。救世主というプレイヤーがソロ討伐に成功してるもん。討伐後に城の
救世主の名前が出てきて、急に集中力が増した。色々と、あっちこっちに貢献していたようだ。序盤に救世主と出会えた幸運をまた噛み締めてしまう。
【救世主の知り合いだよ、俺達】
チャット欄に文字を打って、エンターキーを押す。雪団子さんの動きがピタリと止まった。
【一弦コハルさんの装備を見たら分かるのん。その甲冑はアルキオネの甲冑。すっごいレアな代物なのん。救世主の装備を引き継いだのは貴女だったのねん】
え? 何で、そんな事を知っているんだ?
【どうしてそれを?】
俺が考えていると、先にコハルちゃんが雪団子さんに尋ねた。
【一定以上のレア装備はね、敵からドロップしたり、持ち主が変わると、全プレイヤーにシステム告知されるのん】
《へぇ……。そうなんだ》
としか反応できない俺。
俺達には、何の通知も来なかったような気がするが……。
【あの時、大量のシステム告知が流れたから、救世主が死んだんだと、みんな分かったと思うのん。プレイヤーリストからも削除されてたのん】
【そうです。その通りです】
コハルちゃんは、そう入力する。
救世主と死に別れた時の事を思い出したのかも知れない。
【その装備類は、入手が難しい物ばかり。救世主は死んでしまったけど、装備だけでも引き継ぎ出来て良かったのん】
確かにそうだ。
死んだ後、持ち主と一緒に消えてしまったら、せっかく集めた装備達が無駄になってしまう。
誰か一人でいいはずなんだ。
一人でもラスボスのアストラにまで辿り着き、倒す事が出来たのなら、俺達は皆、解放されるんだ。
託していったんだな。
救世主は、コハルちゃんや俺達に自分の想いを。
【じゃあ、何故皆さんは待機中なんですか?】
おお、そうだった。
タクヤが入力した内容で、話が脱線したことに気がつく。皆で協力して、どんどん攻略を進めようじゃないか。
【アルキオネ討伐に成功した救世主と他の三名。先週の金曜と土曜に死亡しているのん。どうやらアルキオネを討伐すると、リアルのアルキオネがぶちギレるみたいなのん】
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