世界線
つまり、ゲームの中。
ゾンビーゾンビーに登場するアルキオネを討伐しちゃうと、どういうカラクリかは解らないが、
【正解ですのん】
異世界放浪団のマスター、雪団子が答えた。
軟体生物のような動きが、また始まる。
面倒くせぇぇえ。
あの派手な女め、ゲームはゲーム、リアルはリアルで区別しろっての!
あ……でも、アイツならやりそう。
変にプライド高くて、そういう事に命賭けてそう。
《でも、僕達には関係ないかもね》
タクヤに言われて思い出した。
いつまでも、あやつの憂さ晴らしに仲良く付き合う必要はないのだ。
どうせ次の金曜日に、アルキオネと殺り合う予定なんだから、それで、お仕舞いにしてやればいい。
【俺達は、リアルでアルキオネと戦う予定だから、サクッとクエストだけでも終わらせとくよ】
【どういう事ですのん?】
露出狂の雪団子が食いついてくる。
薄い布がヒラヒラするので、落ち着いて欲しい。
【コハルちゃん、刻印されてるの。アルキオネに】
【刻印?】
レベルが二十二の雪団子でさえ、刻印については知らなかった。
そうだよな。大体見えないし、刻印された人は短命だろうし。
簡単に刻印について説明した後、代わりにアルキオネの城の
【手伝おうか?】
雪団子が声をかけてくれるが、丁重に断る。
【俺達がアルキオネを無事に倒せたら、その時は、色々手伝って貰うよ】
【分かったのん。この世界にはアルキオネ以外にも、城や砦を構えている吸血鬼がいるようなのん。次回は共闘させてねん】
【ああ、もちろん!】
街の出口で、異世界放浪団の面々が手を振ってくれている。俺達がこれから巻き起こす結果に期待を寄せているのだ。俺もサヨナラのエモーションを送る。
いい奴らだった。
宮前街での滞在時間は十分。
もはやスルーと言っていいレベル。
自然な話の流れで、即効で旅立ってしまった。
今更戻って、ポーションとか補充し出したら、大勢で見送ってくれている奴等に申し訳ない。
ここは進むしかない。
物凄く振り返りたいけど、進むしかない。
深い森に差し掛かり、新種のゾンビと遭遇したが、
きっとコハルちゃんは、ゾンビが大嫌いなんだろう。生理的に受け付けないのかも知れない。ポップした瞬間に必死で雷をぶつけている。
金曜日には、もっと生々しい草原ゾンビさん達が大勢で歓迎してくれるけど、大丈夫だろうか? 心配になってきた……。
そもそも、この雷。
晴れだろうが、森の中だろうが、ところ構わず降り注ぐ。コハルちゃんは、大きな十字架のような武器を振り回しているが、反則みたいな雷は、その武器の効果なのだろうか?
《違いますね。別のアイテムの効果みたいです。ステータス画面を見ていて気が付いたんですが、この雷は
《
タクヤとハモってしまった。
音程もリズムもばっちりだった。
俺達の方がゲーム歴は長いのに、知らないことばかりだ。
《使える回数が決められているアイテムのようですね。ちなみに守護天使はあと二回だそうです。効果時間は、あと五十時間もないかな》
ふむふむ。
そんなアイテムが存在するのか。
どうせ、課金だろうな。
五十時間という事は、金曜日の二十二時頃に守護天使の効果が切れてしまうのか。
予定では、アルキオネと滅茶苦茶殺り合っている最中じゃないか。不味いな、それは。
《それってギリギリだなぁ……。切れた瞬間に、また使うって出来るの?》
俺が言うと、確認しますとコハルちゃんは答えて暫く制止する。
《駄目ですね。守護天使は、もう無いです》
《ああ……、そうなんだ。それは残念》
あまりにも、俺の落胆具合が大きかったのだろう。タクヤが咳払いをした。
いけない、いけない。
年上の俺達が落ち込んでいたら、コハルちゃんが不安になってしまう。ここは見栄をはる。胃がキリキリ痛くなってきたが見栄をはる。これ以上、おんぶに抱っこしてちゃ駄目だ。
森を抜けると湖が広がっており、湖の中央に洋風の城が確認出来た。立派な城である。石造りで、外敵に対して鉄壁の守りをみせそうな実用的な城。湖には橋がかけられており、大きな門へと続いていた。城内に進むには、この橋を渡る以外になさそうである。
《ええっと……たしか……》
雪団子が教えてくれた城の
なんて出来る子なんでしょう。
《それからですね、橋の中央まで進むと、左右から魚型のゾンビが飛び出し――――ピ――ガ――ピ――!!》
コハルちゃんが話している途中でノイズが入る。
大きく鋭い音なので、苦痛に顔を歪めてヘッドフォンを投げ捨てた。そのまま立ち上がってパソコンの画面を見詰めると、砂嵐が発生している。
アナログ時代に戻ったみたいだ。
番組の放送予定を全て終えた、深夜のテレビのように何も映らない。
「やばい、俺のパソコンか?」
デスクトップ型のディスプレイを軽く何度か叩いてみる。
反動で、たまに映るが砂嵐は直らない。
「おいおい、頼むよ~!」
最近パソコンを酷使していたせいか、本体を触ると異常に熱くなっていた。
「うああ……。今からアルキオネ討伐なのに……」
出されたデザートを、いきなり下げられたよう。
絵に描いたような御預けに、情けない声が出る。
時計を見ると二十二時を過ぎたところ、この時間にパソコンを修理してくれる場所など、思い当たらない。
仕方なく、スマホを取り出して電話をする。
数回のコール後、タクヤと繋がった。
『ごめん、俺のパソコン調子悪いわ』
『いやいや、こっちもだよ』
『え? そうなの? 砂嵐? コハルちゃんもかな』
タクヤのパソコンにも砂嵐が発生しているようだ。
何かの通信トラブルか?
ゾンビーゾンビーに接続中のパソコンが、一斉に切断されたのか?
とにかく、俺のパソコンのせいではないようだ。
『ちょっとコハルちゃんにも、電話してみるわ』
そう言って通話を切ると、足元がぐらりと揺れた気がした。
地震か?
スマホを右手に持ったまま、部屋の様子をうかがう。次の揺れに備えていると、やはり来た。大きな揺れだ。
「ううう、うあああ!」
部屋の本棚が倒れんばかりに揺れている。何冊かのコミックが訳もなく床に落ちた。壁にすがり付いて天井を仰ぐ。ミシミシとした音と共に、埃が空中に舞っていた。
うああ! でかい! しかも長い!
小さなパニックを起こしながら、収まるのを待つ。
パソコンのディスプレイが、机の
押さえなくては、と思った瞬間、砂嵐だけしか映っていなかった画面に何かが表示された。
俺が住んでいる宮前町には、昔、有名な貴族の館があったそうだ。なので宮前。今は跡形もないが、この辺に建っていたであろう場所に石碑がある。貴族の名前までは知らないが、この町に越して来た時に、その話を聞いた。
石碑は、宮前駅から、かやぶき工場前に電車で向かう途中に窓から見ることが出来る。広い空き地と溜め池の間に、ぽつんと建っていた。
パソコンの画面を信じられない気持ちで眺める。
嘘だろ? あの石碑だ。
時折、砂嵐が混じるが、いつも電車から見ているあの石碑がディスプレイに表示されている。
揺れが収まった。
倒れている椅子を起こして、パソコンの前に座る。
画面には、電車の窓から見えているような感じで、石碑と、その周辺が映し出されている。
目を凝らしてみると、石碑の前を何かが通り過ぎて行くようだ。
遠くに街灯があるようだが、辺りは暗く、通り過ぎて行く物の正体が分からない。だが、人影だ。随分と猫背でフラフラと歩いているようだが、人影で間違いないだろう。
画面を気にしながら、スマホを操作する。一弦コハルと書かれた連絡先をタップしようとしたら、その相手から先に着信があった。
『もしもし、コハルちゃん。大丈夫だった?』
『はい、平気です。コウタさんも大丈夫ですか?』
言葉通り、コハルちゃんの声は、ちゃんと元気そうだ。
『うん。大丈夫。ところでパソコンおかしくなってない?』
『はい、何か変です。砂嵐の後、どこかの風景が映っています』
マジか……、コハルちゃんも同じ症状か。
もう、ここまで来たら、マシントラブルの線は消えた。
俺達の知らない、何かが今起こっているのだ。
『あれ、さっき森の中で倒したゾンビに似てないですか?』
コハルちゃんの質問に耳を疑う。
『今、画面を見てるの? 石碑の前を通っていったやつの事?』
想像力を膨らますと、確かにそのように見えるかも知れない。
だが、石碑があるのは現実世界だ。ゾンビがいるのはゲームの世界。大方、酔っぱらいか、少し腰の曲がったお婆さんが、散歩でもしていたと考える方が妥当だ。
いや、そういう事にしておきたい。
金曜日以外に、ゾンビが歩き回っている筈がない。
沈黙していると、画面が切り替わって城と湖、長い一本の橋が表示された。
続いてタクヤ0721と白い甲冑を着た一弦コハルが現れる。慌ててヘッドフォンをつけると、タクヤの声が聞こえた。
《びっくりした~。皆大丈夫?》
何だったんだ今のは?
何かが始まったような嫌な予感がする。
作戦をたてて進もうとすると、いちいち邪魔が入るような感覚だ。
勘弁してくれ。
とにかくアルキオネだ。その目標が達成出来るまで、もう少し待ってくれ。
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