コスプレイヤー 其の二
「なんというか、たくましいな」
夕暮れを迎えた電気街の路地で、俺とタクヤは、大きな荷物を抱えた
「うん。でも、なんかガラが悪いね。コハルちゃんには似合わないけど」
「だな~。どうみても一般人じゃないよな」
俺はつまらなそうに返事をした。
つい先程まで、【メイド喫茶 突貫工事】のデッドスペースに腰掛けて、
だけど、それだけだった。
絶望に暮れて自暴自棄になってしまうこともなく、クリアに向けて色々な打ち合わせをすることが出来た。強い女性だ。
自分で言うのも何だが、こんな頼りがいの無い男二人の話を聞いてくれて信用してくれたのだ。
必ず守らなければ。救世主に会わせる顔がない。
それに、何かあったら鉄蔵さんに工具で殴られてしまう。彼女は死守だ。第一優先だ。
今日の夜、もう一度ゲーム内で会う約束をしたが、その前に用事があるという。なんとバイトの掛け持ちだそうだ。
こんな時までバイトかよ、と正直思うのだが、前々からの約束で、断るのが難しいとの事だった。
彼女は自身でもコスプレイヤーとして活動しており、今からその撮影会があるという。
個人撮影のモデルだと言っていたが、一弦コハルを迎えに来た男が、非常にガラが悪かった。
乗ってきた黒いバンの窓は、全て濃いスクリーンが施され、まったく中が見えない。運転手と助手席の二人組のようだが、その助手席側の男が降りてきて一弦コハルと親しげに会話している。
男は金髪で派手なシャツを着ており、つり上がった細い目が、一弦コハルの身体を隅々まではっていくのが、少し離れた場所からでも分かった。
下心満々じゃないか。
一人で行かせて大丈夫なんだろうか?
可憐な
「俺らも帰るか」
ポツリと俺が言うと、タクヤも頷いた。
走り去るバンが小さくなっていくのを見届けながら、いつもお会いしているゾンビの姿を思い浮かべる。
「コハルちゃんとは、九時に待ち合わせだからな」
何の抑揚もない調子で俺は喋る。そんな俺を特にタクヤは気にしてはいない。
「じゃあ、それまでに用事を済ませておくね」
足を引き摺るようにして家に辿り着き、風呂と晩飯を適当に済ます。九時になるまでリビングでくつろいでいると、テレビから聞いたことのある声が流れた。
びっくりした。マリアさんだ。
《テンロ~♪ テンロ~♪ 街の暮らしを守る~♪ テンロ~……》
テンロー不動産のコマーシャル。
初めて観た。
電気街のビル郡が映し出され、その次に整理整頓されたオフィスの場面に変わる。有名人は誰も出てこないが、この時間帯にCMを流しているのだ。相当金がかかっているだろう。
それにしてもマリアさん。
やっぱり声きれい。
静寂な森に唯一響く、鳥のさえずりを聞いているようだ。目をつぶって、いつまでも聴いていたい……。だけど駄目だ。ここで眠ってはいけない。なぜなら俺は知っている。
貴女が
俺の棒を返してくれなかった事を。
それから、俺のほっぺをひっぱたいた事を!
九時になり、ゾンビーゾンビーにログインする。
タクヤはすでに来ていたが、
タクヤとだべりながら、ログインを待っていたが、十五分待っても姿を現さない。
その事実に俺はがっかりした。
君も駅のホームでお菓子を巻き散らかす、パッパカパーな女子高生の一味なのか? 知り合って間もないうちは、約束事の時間は特に守らなきゃ、信用してもらえないぞ。
タクヤがメールを送ったようだが、返信はないようだ。
「あと十分待っても来なかったら、先に狩りにいくか」
俺は提案する。
ずっとゲームの中の酒場で、出てこない酒を待っているわけにもいかない。それに、誰も居なかったら携帯に連絡をくれるだろう。
彼女は俺達と同じレベルながら、救世主の財産を引き継いでいるせいで、アホみたいに強い。頑張らないといけないのは、こっちの方なのだ。
「もう出発してもいいと思うよ。コハルちゃん追い付いてくるでしょ」
タクヤも待ちくたびれたのか、早くしろと言わんばかりに催促してくる。
そうだな。明日は出勤だしな。今日頑張っておかないと、また、寝不足な毎日を過ごさないといけなくなる。
小さな決断を下して酒場の外に出る。
ゾンビが街中に溢れて、NPCを襲いまくったイベントのせいで誰もいない。ゴーストタウンのようになっていた。
そろそろ、この街ともおさらばする時が来たのかも知れない。次のMAPを目指すには、少々レベルが足りない気はするが、三人で旅をすれば多少の無理はきくであろう。
――だが結局。
その日、一弦コハルはログインして来なかった。
俺達の方からも、メールを一度送ったのみ、それに対しての返信もなかった。
日付が変わった頃、ベッドに潜り込み、ふと可愛らしいメイド服姿の彼女を思い出す。
約束を一方的に破るような印象ではなかった。
急な用事でも出来たのだろう。
ブッチは良くないが、相手は年下の女の子だ。今回は不問にしておこう。
第一声は、「心配したよ。大丈夫? 何かあった?」に決めて、俺は
月曜日。
週の一発目というのは身体がだるい。
本来なら、もう少し遅くまで寝ていられるのだが、タクヤを迎えにいくという、無賃金労働を強いられている為、睡眠時間が削られている。
嗚呼。タクヤと静ちゃん。別々に通勤してもらえないかなぁ……。俺が交じっても、三人とも話さないんじゃ意味がないじゃないか。このままじゃ、俺の体力が先に尽きてしまうわ。
ぼやきながら、瓦町駅のホームを歩く。
もう見慣れた光景だが、相変わらず人の多い駅だ。便利な乗継が出来るという訳でもないのに、混雑しているのは、大学や高校が幾つかあるからだろう。朝練かと思われるバッグを抱えた学生服のグループをよく見かける。
それに、この駅から出発する人達も多いので、タクヤや静ちゃんと同じように、働き盛りの年代が、沢山住んでいる町かも知れなかった。
おや? と思って俺は足を止める。
視線の先の、ホームの隅っこで、タクヤと静ちゃんを捕らえているが、いつもと様子が違うのだ。
嘘だろ? 笑顔で会話している。
それを見て、驚きと共に、一瞬ほっとしたような気持ちになったのは何故だろうか。俺の周りの世界だけが止まって、電車が巻き起こす風と共に、懐かしい故郷に帰って来たような感覚だ。
それは物凄く近い、「昔」を思い出したからであろうと思う。つい最近まで、あんな感じで二人で仲良く通勤していたのだ。誰からも妬まれる事もなく、お似合いのカップルだと皆が認めていた。
だから最近だけど、「昔」の話だ。
色々と、良からぬ事を知ってしまった俺達は、あの頃とまったく同じようには、もう戻れないのだ。
俺の中に芽生えた、温かくはがゆい気持ちが消えない内に、二人に話しかける。その輪の中に入れて欲しい。
「おっはよ~。何話してんの?」
声をかけた途端に、景色が赤く染まっていくような錯覚がした。
急に溢れ出した不穏な空気の中心に静ちゃんがいる。ゆっくりとこっちを振り向くと、その瞳には肉食獣が獲物を狙うような、底冷えた光が佇んでいた。横にいるタクヤは俺の方を向いているので気づかない。
「うっ!」
心臓を鷲掴みにされたような感覚がして、呻いてしまう。強烈な睨みだ。挨拶しただけなのに、殺されてしまいそうだ。
「コウタよ。お前は、つくづく空気というものが読めない男だな。せっかくの良い雰囲気をぶち壊しに来たのか?」
さっきまで、楽しそうだった静ちゃんが、俺に対してお怒りになっている。駄目だ、こいつもスイッチが分からない。挨拶しただけだ、俺は挨拶しただけだぁぁ!
「ちょっ、そ、そんなぁ! 勘弁してよ! ていうか静ちゃん? 口調がアストラになっちゃってるけど、いいのかな~? タクヤ君がビックリしているぞ?」
「ぐっ! 貴様、覚えておけ。この借りは必ず返すぞ!」
そう吐き捨てて、急いで静ちゃんは下を向いた。わなわなと肩が震えていたが、すぐに顔を上げて、可愛い声で「おはよ。コウタくん」と言った。清楚で可憐な、いつもの静ちゃんだ。
なんという理不尽。
俺に迎えに来いと命令したのは、あんたじゃないか。人によってコロコロ態度を変える、この吸血鬼をまったく信用できない。
「俺のお迎え、もう要らないんじゃない? タクヤも、もう慣れたでしょ?」
「そ、そうだね。コウタも毎日大変だろうから、そろそろいいかな……。ね? 静ちゃん」
遠慮がちにタクヤが声をかける。静ちゃんの演技を完璧にこなす吸血鬼はこう答えた。
「タクヤくんが、いいのなら私は大丈夫だよ。でも、体調が優れないのなら、すぐに言ってね」
付き合っていられない。
この吸血鬼は、タクヤには危害を加えないであろう。物事の判断基準が、全てタクヤ基準だ。ここ数日行動を共にしていたせいで、よく分かってきた。
何故そうなのかは、まったく分からない。
分からないけど、これが恋というやつだと言われれば、あ、そうなんですね。と答えるしかない。
あとは好きにしてください。
俺は、このおままごとから外れます。
やりきれない気分で歩いていると、俺達の工場が見えてきた。身体に知らぬ間に貯まっていた緊張を、大きな息と共に吐き出す。
正門を潜りながら、鉄蔵さんの姿を探すと、代わりに詰所には、休日対応を専門に勤務しているお爺さんが腰掛けていた。
「あれ? 鉄蔵さんお休みですか?」
珍しいなと思いつつ、俺はお爺さんに声をかける。朝に突然呼び出されたのであろう。白髪頭の寝癖が酷く、なんだか眠たそうだ。
「うん? ああ、何でも、お孫さんが家に戻らないとかで、大騒ぎになってるようじゃぞ。今日は休ませてくれと、ワシの所に電話があった」
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