コスプレイヤー

 熱々のドリアを給仕したあと、一弦いちげんコハルはテーブルを挟んで、俺達の目の前に座った。

 伏し目がちに肩をすぼめて、少しおどおどしているようにも見える。さっきまで、鬼軍曹がごとく号令を飛ばしていた人物とは、とても思えなかった。


「あ、えっと、初めまして。俺がコウタ。で、こっちがタクヤね。あの、なんで、わざわざメイドさんの格好してたの?」


 それは……。と言って一弦コハルは顔をあげた。


「どんな人が来るのか、少し心配で……」


「なるほどね。じゃあ、今は安心したわけだ」


「はい。すいませんでした」


「いやいや、気にしないで」


 軽い挨拶を済ませたら、タクヤはドリアを片付ける作業に取り掛かった。ハフハフ言いながら、小量ずつ口に運んで味わっている。

 苦労して手にいれた食糧だ。五感の全てで堪能して欲しい。

 ところで、俺のオーダーは何も通っていないようだ。正式な注文をする前に、お祭り騒ぎになってしまったので仕方がないのだが、三人でテーブルを囲んでドリアだけってのも、なんだかなぁ……。


「あの、何か飲む? おごるよ俺が」


 財布には千円札が、二枚か三枚入っていたはずだ。給料日は来週の水曜。残りの日数をこの金でやりくりしないといけないが、流石に十六歳の娘を捕まえて、ここは割り勘で! とは言いづらい。

 本当は一千万円という額を口座に持つ男なのだが、これはゾンビーゾンビーの課金用にとってある金だ。不測の事態が起きない限り手を付けるつもりはない。


「あ、それじゃあ、アイスティを」


「うん。俺はコーヒーにしよう」


 と言ったら、目の前に出てきた。

 アイスティとコーヒーが……。

 相変わらず早い……。


「主任。ありがとう御座います」

 

 一弦コハルは頭を下げる。

 給仕をしてくれた人物に目を向けると、そこには主任と呼ばれたメイドさんが立っていた。十代後半に見える黒髪ロングのお姉さんだ。


「いえ。ごゆっくりおくつろぎ下さい」


 主任と呼ばれたメイドさんは、俺達を一瞥した後、深々とお辞儀をしてから引っ込んでいった。

 どうやらメイドさんも、どこぞの組織と同じように縦社会のようだ。役職に主任が存在していたとは……。係長とかもあるんだろうか? 興味がそそられる。


「さて、一弦いちげんって珍しい苗字だね。ゲームのキャラも同じ名前にしてるんだね」


 食事に夢中になっている相棒をよそに、俺は話を始める。聞かなくてはいけない事がいっぱいあるのだ。時間が惜しい。


「あ、そうですね。何を付けていいのか分からなくて……」


「でもコウタ、鉄蔵さんも一弦だよ」


 ドリアを堪能している筈のタクヤが、話しに割り込んでくる。

 そうだった。

 勤務先の大先輩。鬼と呼ばれた鉄蔵さんも確かに一弦だ。


「鉄蔵さんも一弦か……」


「鉄蔵? それ、おじいちゃんかも」


「え、そうなの?」


「はい。今は、かやぶき工場で警備の仕事をしてるって聞いてます」


「あああ、間違いないわ。じゃあ、鉄蔵さんのお孫さん? 俺達はそこの工場で働いてるんだ。未だにお世話になってます」


 恐縮しながら頭を下げて、改めて目の前の人物を見る。

 鉄蔵さんに、こんな大きな孫がいたとは。

 なるほど。先ほどの鬼軍曹がごとく振る舞いは、鉄蔵さんの血縁者故の迫力であったわけだ。

 鬼の鉄蔵と鬼軍曹か……。鬼でワンペア、出来てしまったな……。


「それじゃあ、本題に入るけど、救世主……。救世主が死んだときの状況を説明してくれるかい?」


「はい……」


 と言ってから、一弦コハルはアイスティを一口含んだ。タクヤも食べるのを止めて彼女の方を見ている。


 一騒動あったが、店内は、いつもの様子を取り戻していた。太った男どもは、何の用事があるのか分からないが、動き回っているし、ステージでは主任メイドさんがビンゴ大会を再開させたようだ。多少五月蝿いが問題はない。


「昨日の夜九時ぐらいです。バイト先から帰る途中でした」


 その時間に、俺は何をしていたであろう?

 一瞬そんな考えがよぎるが、すぐに頭を振る。目の前の女性の話を聞き逃す訳にはいかない。


「ええっと……。バイト先ってこの店かな? こっからどこまで帰ったの?」


「ヒノキ町です」


「あ、ヒノキ町か、鉄蔵さんと一緒に暮らしているんだね」


「はい」


 勤務先の工場から見て、俺の最寄り駅の三つ向こう。閑静な住宅が広がる、お金持ちが好んで住む街だ。でかい家ばかりが並んでいる記憶がある。


「それで? ヒノキ町に着いてどうしたの?」


「駅から歩いて帰ってたら、突然鐘の音が聞こえだして、目眩めまいに襲われました。暫く屈んで休んでいたんですけど、なんだか周りが静かになっているのに気が付いて……。おかしいんです。たくさん人が居るのに何も聞こえなくて……」


 そこまで聞いて、タクヤの方を見る。

 タクヤも気が付いているようだ。ゾンビーゾンビーが金曜日の夜に起こす現象が、一弦コハルを襲ったようだが、昨日は土曜日だ。曜日が違う。


「確認するけど、間違いなく昨日の事かな? 金曜日の間違いじゃない?」


 タクヤがスプーンを片手に問いかける。ドリアは半分程、平らげられていた。


「金曜日は学校だから間違いないです」


「そっか」


 とタクヤは答えて腕を組む。気が付いたら俺も同じように腕を組んでいた。だが、考えても何も分からない。間抜けな二人が並んでいるだけだ。


「一弦さんは、めちゃくちゃ強いけど、始めたのはいつ頃?」


 どうも話しぶりを聞いていると、リアルで吸血鬼やゾンビと鬼ごっこするはめになったのは初めてのようだ。だけども、俺達はその時間、それぞれの家で普通にプレイしていたんだ。あの嫌な鐘の音も聞いていないし、赤い数字のカウントダウンも見なかった。


「始めたのは、昨日の昼前ぐらいかな。少しだけ遊んで、バイトに行きました」


 なるほど。

 ゲームプレイ初日で、リアルでゾンビーゾンビーか……。可哀想に、相当恐かっただろうな。

 【一弦コハル】というキャラクターは、異常な強さであったが、レベルが三だったのを思い出す。


「ビックリしたでしょ? いきなり幽霊みたいになって」


「そうですね。人が私を通り抜けて行ったので驚きました」


「それについては、後で説明するよ。それで、救世主とはどうやって知り合ったの?」


「あ、はい。暫くしたら、人が争う声が聞こえて……。近づいていったら、白い鎧を着た人が、私と同じ制服を着た女の子を金属の棒で殴っていた所でした。恐くなって逃げ出そうとしたら、足がすくんで……足がすくんで……」


 そこまで言って、一弦コハルは下を向いた。膝にピタピタと大粒の涙が落ちていくのが見える。


 これは長くなりそうだな……。

 そんな様子を見詰めながら思う。

 だが強引に話を進めさせるわけにもいかない。落ち着くのを待つべきだ。

 今の話しに出てきた女の子というのが、恐らく吸血鬼なんだろう。同じ制服ってのがすごい引っ掛かるが、まずは救世主のあらましを聞かねば……。


 ビンゴ大会を仕切っている主任メイドさんが、先程からチラチラこっちを見ている。

 一応言っとくけど、泣かしたのは僕達じゃありません。彼女が勝手に泣いたんです。

 俺のアイコンタクト。伝わってますよね?


 一弦コハルは、鼻をすすると、すみません。と呟いた。


「はじめは、女の子が襲われているのだと思いました。でも違いました。あの子は人間じゃなかった……。恐ろしい化物でした。炎の中から立ち上がって、白い鎧の人に覆い被さったんです……」


「…………」


「それからは、あまりよく分かりません。暗い所に閉じ込められていました。だけど、外の声は聞こえていて、白い鎧の人……いえ、救世主さんは、私を守ってくれているようでした」


 救世主と吸血鬼が死闘を演じている現場に、フラフラと吸い寄せられてしまった訳か……。


 一弦コハルが言っているように、救世主はこの娘を守って戦ったんだろう。そして死んだ……。

 アイツらしいと言えばそうだ。まさに【救世主】の行いだ。

 だけど格好つけすぎじゃないか? 自分が死んでどうするんだよ。


「暗闇から抜け出した後、あの女の子は消えていました。目の前に救世主さんが倒れているだけ……。助けを呼ぼうとしたんですが、間に合いませんでした」


 そこまで話して、喉が辛くなったのだろう。一弦コハルは再びアイスティを飲んだ。


「救世主さんは、コウタとタクヤに会いに行けって、その人達が助けてくれるからと教えてくれました。その後、音が聞こえだしたと思ったら、救世主さんの姿は消えていました。これが全てです」


 ゾンビーゾンビーの意地悪設定が終わって、元の世界に戻ったんだな。

 死んだ後、救世主はどこにいってしまったのか? それは俺達にも謎だ。

 幽霊みたいに扱われるあの空間に、置き去りになってしまったのだろうか……。


「そっか、ありがとな一弦さん。アイツの最後を教えてくれて……。他に何か言ってなかった? 会ったら、その後どうしろとか」


 まだ、信じられないが、理解はしなくてはいけない。救世主はもういない。この世のどこにもいないのだ。


「具体的には何も……。救世主さんが最後に言ってくれたのは、君を救う事が出来たかな? でした」


 ふいに涙が頬を伝った。別に高ぶった訳でもなく、どちらかと言えば、落ち着いている。なのに目から熱いものが流れ出していた。

 タクヤもうつむいている。その肩が震えていた。

 なんでだろう。知り合って間もない、ほんの少しの時間しか共有しなかった相手の事なのに……。彼の本名も、彼の声も俺達は知らない。なのになんでだろう? 酷く寂しい。


「よし……。一弦さん。俺達は今から仲間だ。この狂ったゲームをクリアしよう。そして自分達の生活を取り戻すんだ」


 腕で涙を拭いながら俺は宣言する。

 泣いたらスッキリした。救世主が俺達に託した命を全ての不条理から守り抜いてやる。


「そ、その前に色々と教えてくれませんか?」


「え?」


 あはは、と笑ってタクヤが言う。


「そうだよね。コウタもきちんと説明しなきゃ。一弦さん戸惑ってるよ」


「あ~。そうだった……。何から話すかな~」


 頭をかきながら考える。一弦コハルが話した内容には、俺達の知らない事も含まれていたが、大まかな説明は充分できるだろう。

 特に、今の彼女にとっては、どれもが新鮮で有益な情報になるはず……。


「よし! それじゃあ、ゾンビーゾンビーからだ。何でまた、女子高生がゾンビなんか始めたの?」


「コウタ。説明するって言いながら、質問になってるよ?」


「うるせえなぁ。いいだろ、少しぐらい。ちゃんと説明するわい」


 タクヤとお馴染みの口論をしていると、おじいちゃんです、と一弦コハルが小さな声で言った。


「誕生日プレゼントに、おじいちゃんにおねだりしたんです。DVDが欲しいって」


「ん? DVD?」


 俺とタクヤは聞き返す。DVDってなんだ。アイドルか何かのライブ映像とかか? 配信が主流になってきている昨今で、そんなコレクター魂を持っているって事は、この娘は何かの追っかけなのかもしれない。


「はい。コスプレイヤーバンビちゃんの初DVDです」


「ば、バンビちゃん? ち、ちなみに、そのDVDのお名前は?」


「バンビーバンビーです!」


 一弦コハルは胸を張りながらいう。思ったより豊かな胸元に一瞬目が奪われてしまった。好きな物の話をする時は、瞳がキラキラしている。


「おじいちゃんが買ってきたのは?」


「ゾンビーゾンビー!」


「コハルちゃんが欲しかったのは?」


「バンビーバンビー!」


「な、なんだと……」


 やってくれたな……。やってくれたよ鉄蔵じいちゃん! とてつもない間違いだ。ただのアホだ。孫が一大事だ。生命の危機だ。うっかりにも程があるだろ!


「あの、コハルちゃん。今から君の家にお邪魔して、鈍器で鉄蔵じいちゃんを殴らせてもらえないかな? 俺、そうしないと気が済まない」


「えええ……。ど、どうしてですか……?」


 一弦コハルは祈るように指を結んでいる。突然怒りだした男の真意が、分かりかねているようだ。


「君のお爺ちゃんがアホだからだよ! とてつもないアホだ! いつもお世話になっているけど、今回だけは許せん! 殴って気絶した後に延々と説教してやる!」


「お、お爺ちゃんを悪く言わないで下さい!」


 一弦コハルが口を尖らせて抗議してくる。だけど駄目だ。過失が大き過ぎる。ごめんなさいで済む筈がない。

 興奮している俺を、タクヤが必死になだめてくる。


「まずは説明しよ? 何でコウタがキレまくっているのかも伝わらないよ?」


 ふん。冷静だなタクヤ。お前は俺より、お爺ちゃん想いの女子高生を選ぶんだな。

 だったら教えてあげようじゃないか。簡潔に分かりやすく。ああ、それなら仕方がないですね~って、彼女が漏らしてしまうぐらい衝撃の事実を。


「えっとね、コハルちゃん」


「はい、何でしょう?」


 大好きなお爺ちゃんを罵倒されたせいで、一弦コハルは、いくらか硬い表情をしている。

 もう、構うもんか。女子高生に、気なんて遣ってやらないぞ。

 すーっと息を吸い込んで俺は続ける。


「僕達は、吸血鬼のエサです」


「……はい?」

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