メイド喫茶 突貫工事

「うおおおお! 全快だぁぁぁ! 俺はやれる! まだまだやれるぞぉぉぉぉ!」


「そ、それは良かったねぇ……」


 タクヤがキョロキョロと周りの様子をうかがっている。俺が大声を出したから、人の目が気になるようだ。


 その辺は大丈夫。

 ちゃんと確かめて奇声を上げているから……。


 救世主の訃報ふほうを知らされて、ショックで倒れ込んでしまったが、持っていかれそうになる前に、なんとか踏みとどまれた。

 待ち合わせ場所をタクヤから聞いて、草原ゾンビさんがごとく部屋から這いずり出てきた一時間前に比べれば、随分と回復したものだ。

 やはりお日様は、ストレス解消にとてもいいらしい。もう大丈夫。気合いも充分だ。どんなに残酷な話を聞かされても耐え抜いてみせる。


 電気街の大通りから一本東に入った筋。古びた雑居ビルの一階に、その店はある。


『メイド喫茶 突貫工事』


 ここに来るのは二回目である。

 先週アストラさんに、散々脅された場所だ。

 相変わらず変な名前の店だが、実は『突貫』という所に、この店のメッセージが込められている。


 突貫=異常な速度でのサービス提供。


 こちらの注文が終わる頃には、目当ての品が目の前に出てくる。客がその提供スピードに驚いていると、メイドさんが親指を立てながら「突貫ですから!」と、どや顔で言うまでが一連の流れだ。

 なんで店のシステムが、そんな風になっているのか見当もつかないが、出てくるのが早いからといって、決して品質が悪い訳ではない。

 まだコーヒーしか飲んだことがないが、非常に旨かった。そこが、この店の凄い所である。


「じゃあ、いきますか」


 メルヘンチックな扉に手をかけて、勢い良く開けると、中は先週とまったく同じ状況であった。

 太った男どもが、縦横無尽に歩き回っている。

 もの凄い喧騒だ。繁盛している。

 右手の角に小さなステージが設けられていて、メイドさんが1人、大声を張り上げながら、何かを仕切っていた。

 なるほど。ビンゴ大会が開かれているらしい。

 一番にあがると、イチゴパフェをお口にあ~ん。参加費は千円と……。


 汚い商売をしている。

 ホワイトボードに小さく、パフェ代は別途と書かれているのが、参加者には見えているのだろうか……。


 見回すと奥の四人がけのテーブルが空いているのが確認できた。前に座った場所だ。いつもあそこだけは誰も近づかない。

 そのデッドスペースに座ってしまうと、アストラさんの恫喝がフラッシュバックしそうだが、他に席がない。我儘わがままは言えないようだ。

 歩き回る太った男どもをかわしながら、渋々席についた。


「どうやって、向こうを探すわけ?」


 メニューをパラパラとめくりながら、タクヤに問いかける。その辺の打ち合わせをしている時、俺は目眩めまいに襲われていたから、詳細がまるで分かっていない。


「制服を着て来るって言ってたから、すぐに分かると思うよ。」


「制服って、高校生?」


「十六って言ってたよ。高一じゃないかな」


「はあ……女子高生か……」


 女子高生。

 俺の苦手な生き物だ。

 以前、駅のベンチで電車を待っていたら、四人組が現れて俺の両脇に二組に別れて座った。そして鞄から一斉にお菓子を取り出すと、小さな宴会をやり始めた。

 ベラベラベラベラ、訳の分からないことを言い合っては、お菓子をつまみ馬鹿笑いをする。

 俺が真ん中に座っているのにお構い無しに……。


 アイツ等は俺が見えていない。


 電車が来るまでの十分間が、地獄の苦しみに耐える十分だった。ズボンに付いた菓子屑かしくずを払うことも出来ず、ただただスマホが割れそうなぐらい画面を見詰め続けた。

 あの時俺は誓ったのだ。

 こいつらには、二度と近づかないと。


「今日は学校休みだろ? わざわざ制服で?」


「うん。そう言ってたよ。目立つからじゃない?」


「ふ~ん……」


 びっくりするほどテンションが下がってしまった俺の前に、一人のメイドさんが近づいてくる。


「お帰りなさいませ旦那様。ご注文はお決まりですか?」


 見上げるとショートカットが良く似合う、目がくりっとした可愛らしい女性が立っていた。

 トレーで運んできた水のグラスを俺達のテーブルに並べ始める。

 俺は、前に頼んだコーヒーを頂く事にした。


「注文か。コーヒーでいいよな? タクヤ」


「僕は海老ドリアが食べたいな」


「え、海老ドリア?」


 そんなもんメニューにあるのかと、めくっていくと、フードリストの一番下に遠慮がちに書いてある。修正ペンで一度消したような跡があるのだが、これは気のせいなんだろうか……。


「ドリアって、もう腹が減ったのか?」


「ちょっと小腹がね。それに、ここのドリア美味しそうだし」


「そ、そうなんだ……」


 と言いつつ、チラリとメイドさんを見上げてみる。ひきつった笑顔を浮かべていた。眉間に深いシワが入っている。

 ドリアって作るのに何分かかるんだ?

 オーブンで焼かないとだから、最低十分? 二十分? そんなもん頼んだら、『突貫』出来ないんじゃないか? 見ろよ、メイドさんの顔。段々般若みたいに見えてきたぞ。


「なあタクヤ。ここはカレーにしておこう。グツグツ煮込んだカレーだ。秘伝のスパイスが効いて滅茶苦茶うまいぞ」


 メニューに書いてある事を、そのまま伝えながら、またもやチラリとメイドさんを見る。

 爽やかな笑顔を取り戻していた。

 なるほど。これで合ってるんですね。


「小腹が空いたらカレーだ。次点でクリームシチュー。ひょっとしたらサンドイッチも大丈夫かも知れない」


 そこまで言って再度確認する。

 満面の笑顔だ。俺は続け様に最適解を叩き出しているようだ。


「どうだタクヤ。カレーにするか? なんか俺も小腹が空いたな。俺も一緒に頼もうかな~」


 ショートカットのメイドさんの背後に、別のメイドさんが素早く身を隠すのが見えた。間違いない。トレーにカレーを載せていた。

 もう突貫は始まっている。

 あとは注文するだけなのだ。


「で、タクヤ。カレーでいいかな?」


「う~ん……。やっぱりドリアで!」


 それまで笑顔だったメイドさんが、急に険しい顔付きになる。般若を越えて、子供をさらう鬼子母神きしぼじんみたいだ。あの可愛らしい顔が、ここまで醜く歪むとは想像できなかった。


 タクヤ頼むよ。空気読んでくれよ。

 注文していいのは、カレーなんだ。

 海老ドリアは駄目なんだ!


 突然、大きな音を出してサイレンが鳴り始める。

 赤い光線が店内をぐるぐる回り、太った男どもが何事かと俺達を見ている。

 戦時下かこれは?

 空襲が始まったのか?

 仰々ぎょうぎょうしいにも程があるだろ!


 鬼ヅラのメイドさんは大きく息を吸い込んだ。


「新参者が禁忌タブーを犯したぞー! 総員出動せよ! 総員出動せよ! この難局を乗りきるのだ!!」


「イエッっサー!!」


「ドリンクの提供はストップだ! A班は厨房に戻れ! B班は休憩中の者を叩き起こすんだ! オーブンを温めろー!!」


「イエッっサー!!」


「ビンゴイベント中断後、速やかに入り口を封鎖せよ! 誰も通すな! まずは防御を固めるぞー!」


「イエッっサー!!」


 どこからともなく、夏の風物詩、祭りで使用されるお囃子はやしが聞こえてくる。覚えのある節だ。


「突貫かい~?」


「突貫だ!」


「突貫かい~?」


「突貫だ!」


 一体何を見せられているのだろう……。

 交互に突貫、突貫言いながら、メイドさん達は奥に消えていく。盆踊りを軽やかに舞いながら……。

 間違いない。

 夏が今、目の前を通り過ぎていった……。


 この店は変人が集まっている。

 俺のようなノーマルアタマが来てはいけない場所なんだ。どうして二回も来る羽目になってしまった?

 ん? タクヤか? この店がタクヤを呼んだのか!

だったら俺は解放してくれよ! 今すぐ封鎖をといてくれー!


「おい! 今すぐ取り消せ! ドリア取り消せ!」


 帰りたい一心で、タクヤの襟首を掴みながら力の限り揺さぶる。

 ぐわんぐわん、されるがままになっていたタクヤだが、急に瞳に強力な光を宿して、強引に俺の拘束を振り払った。


「ドリア食べたって、別にいいだろ!」


 タクヤが俺の襟首を掴み返してくる。


「いいや駄目だね! ドリアだけは絶対駄目だ! まだ分からんのかー!!」


「僕はドリアが食べたいんだー!!」


 二人で揉み合っている内に椅子から転げ落ちる。 太った男どもは俺達を遠巻きにしながら、突貫コールを続けていた。


「もう嫌だあぁぁ! 家に帰りたいんだよぉぉ!」


「ふへへへ! 二度と帰さないぞぉぉぉぉ!」


 悪のりが過ぎる。

 タクヤがあっち側の設定になっている。

 あれ? 何で俺達床に転がっているんだ?

 服がホコリだらけだ。

 もう、訳がわからなくなってきたぞ。


 急に周りが静かになって、暴れている俺達の音しかしなくなった。それに気が付いて、争うのを止める。

 テーブルの下から細い足が見えたので起き上がると、一旦退場していたショートカットのメイドさんが現場復帰をはたしていた。


「お待たせ致しました。海老ドリアで御座います」


 目の前に差し出されたのは、湯気がたっぷりと立ち上がった禁断の海老ドリアだ。


 早い。

 流石にドリンク並みと迄はいかないが、充分に早い。

 なるほど。先程の大騒ぎは、時間稼ぎだったんだな。演出に度肝を抜かれたが、そのせいで待たされている気が全然しなかった。

 計算ずく。シナリオ通り? とにかく、この店の術中に見事に嵌まってしまったようだ。

 完敗だ。

 普段なかなか負けを認めない俺でも、素直になりたくなる。


 突貫工事。成功です。(俺。親指を立てる)


 ところでだ。

 なんでメイドさん。着替えているんだろうか?

 さっき迄の、フリフリのメイド服を着ていない。どっかの学校の制服を着ている。

 せっかくドリアが熱々なのに、俺もタクヤも、そのイメチェンが気になって仕方がなかった。


「初めまして。私が一弦いちげんコハルです」


 ※この後、メイドさん達でカレーを美味しく頂きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る