後釜 其の二

 どこぞの神様のように、空からいきなり降ってきた白い全身甲冑フルプレートさんは、パオーン弟を秒でほふって、残りのパオーンに向き直る。レベルが四に上がっていた。

 経験値が山程入ったのだろう。

 この調子で残ったパオーンも倒したら、もう一つレベルアップするに違いない。

 

 まさに電光石火。


 戦闘中のBGMがサビに入り、突如現れた謎のヒーローは、否応なしに俺達の期待を集めてしまう。

 素晴らしい。

 雷がピカピカ鬱陶しいけど、その派手なエフェクトに負けない強さだ。


 大きな鉄槌を掲げた、その勇姿を眺めていると、背中に、にょきにょきと半透明の羽が生えた。


 なんで羽?


 素朴な疑問が湧いてくるが、その模様が揚羽蝶のようだと眺めていたら、急に羽ばたきが激しくなる。


 そして舞い上がった。

 重力に捕まっている俺達をあざけるように。

 

 …………。

 ……………………。

 ……………………………………。



《ちょっ! 待てぇぇぇーい!》


《どこいくのー? 待ってー!》


《もう一匹いるぞー! なんとかしろー!》


 【一弦コハル】は舞い上がり、一瞬で俺達の画面からドロップアウトした。


 何がしたかったのだろう。

 正義のヒーローが帰還してしまった。

 助けるなら最後まできちんと面倒みて欲しい。

 俺達と一緒に、パオーンさんも大空を見上げているではないか。


 ま、まあ、いっか……。


 もしかして、今のは横狩りというやつか?

 MMO なら美味しい獲物は奪い合い。

 さっきの全身甲冑フルプレートさんも、そんな連中の一人なのかも知れなかった。経験値やレアドロップ目当てに、俺達がやり合っているパオーンを殴っていったんだろう。

 

 だが、結果的には助かった。

 退路は確保出来たのだ。

 取り敢えずは、ありがとう。

 謎多き白い全身甲冑フルプレートさんよ。

 君とは、お話しする時間も無かったけど、全力で逃走させてもらうよ。


 そうしたら、画面がチカチカ明滅しだした。

 夏の夕立のような雷鳴が近づいてくる。


 まさか……、と思って佇んでいると、今度はキリモミしながら【一弦コハル】が頭から落ちてきた。

 凄いスピードで落下した先はパオーンさんの脳天。

 衝突の際に【一弦コハル】の首がぐにゃりと曲がって悲惨に見えた。


《か、帰ったんじゃないのか?》


《さっきから、行動が滅茶苦茶だね……》


 タクヤに滅茶苦茶だって言われとる。こりゃ、よっぽどのトラブルメーカーだぞ。操縦桿が取れてしまったセスナ機を見ているようだ。


 首が曲がったままの【一弦コハル】は、暫くの静止の後、パオーンが持っている巨大な斧で、おもいッきり殴られた。短いHPのバーが一瞬でゼロになり、よたよたと歩いた後に倒れる。


 なんで、敵前で固まっちゃうのか理解できない。

 ゲームしながら寝落ちでもしたんだろうか。


《タクヤくん。退散しようか? あの人殺られちゃったし。僕達いても何もできんでしょ……》


《う、うん……》


 挙動不審な輩をあっさりと切り捨てて、パオーン弟の残骸を乗り越えると、酒場の正面に回り店の中に飛び込む。

 画面が切り替わって、外の様子が分からなくなった。

 ここで待機だ。

 店内は安全な筈だから、パオーンが、どっかに行くまで隠れていよう。


 息を殺していると、ヘッドフォンから雷の音が聞こえてくる。近くにガンガン落ちまくってるような激しい音だ。

 いちいち五月蝿い奴だ。

 外で復活リスタートした白い全身甲冑フルプレートさんが、怒り狂って暴れているのかも知れなかった。

 

 やがて雷鳴が止む。暫くすると、【一弦コハル】が店の中に入ってきた。レベルが俺達と同じ五になっている。どうやら残りのパオーンも倒してきたようで、あっという間に追い付かれてしまった。


 なんだか、ちょっと悔しい。

 そして、この人がちょっと怖い。


 それはそうと、黒いフードのNPCはどうなったのだろうか? 後で確認するとして、もし無事だったんなら、この人に感謝しないといけない。それに、際限なくレベルダウンしてしまう危機から救って貰ったんだ。あのまま二匹のパオーンに殴られていたら、俺とタクヤは再起不能だった。

 このプレイヤーに別の意図があったにせよ、そこは、きちんとお礼を言わねば。


【助けてもらって、ありがとう】


 エンターキーを押して、チャットで話しかける。

 横狩り目的だったなら、相手にとっては意外な言葉だろう。別にそれでいい。俺の素直な気持ちなんだ。

 

 …………。


 しかし、この【一弦コハル】。

 俺のありがとうに、いつまで経っても返事がないので、不安になってきた。

 気付けば俺達の周りをウロウロしている。

 まったく行動が読めない奴だ。やっぱり危ない人なんじゃないか?


《この人、もしかして返事の仕方が分からないのかな?》


 タクヤがポツリと言うのだが、あんなに強い人がチャットが出来ないなんて、あるんだろうか?


【エンターキーを押すと、会話入力できるよ】


 お節介になってしまうだろうが、念のために伝えてみる。すると、すぐに返事が返ってきた。まさかの展開だ。本当に知らなかった。


【救世主さんが言っていた、コウタさんとタクヤさんですか?】


 謎多き人物から、知り合いの名前が出てきたので、少し警戒が解ける。


【そうそう。俺達は知り合いだけど】


【救世主さんが死にました】


 ――――え?

 こいつは突然何を言って来るんだ?

 救世主が死んだって……?


 まさか失敗したのか? 吸血鬼を怒らせたって言ってたけど、そいつに殺られてしまったのか?


【会って直接お話する事はできますか?】


 チャット欄に文字が流れている。

 タクヤがすかさずOKを出した。

 そうだ会おう。まどろっこしいキーボード入力は無しだ。

 椅子から立ち上がろうとした時、目眩がして、ドスンと尻餅をついてしまった。すぐに立ち上がれない。

 視界が急速に狭まっていく。


 人が死んだ……のか?

 俺達の世話を焼いてくれた、優しい人が居なくなってしまったのか?

 頭では理解していたんだ。

 いつかこんな時が来るんだって事を……。


 最悪だ。最悪の展開だ。

 まさか、アイツが一番先に逝ってしまうなんて、思っても見なかった。


 頭が重い……。

 立たなきゃ……。立って話を聞きに行かなくちゃ……。


《……コウタ! 大丈夫? コウタ返事してよ!》


《…………た、タク…や……》



 ―――寝たら死ぬぞ。

 どこかで女の声がした。

 いや、したような気がした……。

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