後釜

 腰に魔法の鉄パイプが装着される。

 シュピーン!

 

「ありがとう、伝説の木の棒よ。君との冒険の日々、俺は忘れないよ」


 その舌が渇かぬ内に売却を押す。

 売値は十分の一の五百ゴールドだった。


 俺とタクヤは、ようやく初期武器から卒業出来た。

 救世主が言っていた、魔法の武器とやらを遂に購入したのだ。

 魔法の武器だけあって、お値段もファンタジー。

 鉄パイプの頭に魔法の文字が入るだけで十万ゴールドもする。詐欺じゃない事を祈りたい。

 

 ゴールドは一瞬で消えてしまったが、経験値は順調である。

 レベルは六になった。

 今日中にレベル七が達成できれば更に上出来。

 RPGの醍醐味を、今、まさに味わっているようで気分が良かった。課金しちゃうと、この辺の工程をすっ飛ばしちゃうもんな。


 意気揚々と武器屋を出て、フィールドに向かう途中で立ち止まる。目の前の光景が、何かのバグか、気のせいかと思ったのだが違うようだ。


《なにこれ? ゾンビ?》


 タクヤの投げ掛けに相槌を打ちながら、俺も起きていることを整理する。


《そうそう。NPCが襲われとるな》


《何かのイベントかな?》


《わからん。だけど心配だな。NPC大丈夫か?》


 街中にゾンビが溢れ、住人NPCに襲いかかっている。しばらく観察を続けていると、襲われた住人は倒れたあと、点滅したかと思いきや消えてしまった。

 不安げにタクヤが聞いてくる。


《これ街の人が居なくなっちゃうんじゃ?》


《それだと不味いな。店の中は安全か? 確認しよう》


 二人で慎重にゾンビをかわしながら、武器屋に道具屋、宿屋に酒場と順番に確認していく。この【かやぶき工場前】という街は色々な設備が整っていて、教会やアイテム合成屋など、まだ利用したことがない場所がある。

 取り敢えずは、馴染みの店を確認したが、外が阿鼻叫喚なのに、店内はとても平和。カウンターで暇そうにNPCが商売を続けていた。


《良かったね。買い物出来なくなる所だよ》


 安堵するタクヤの声が聞こえてきた。

 俺も同じ気持ちだ。装備をはじめ、消耗品が補充出来なくなったら、さすがにきつい。


《そうだな。ヒヤッとしたわ》


《どうする? ゾンビ退治する?》


《そうしよう。街からゾンビを一掃してくれるわ》


 この街には、冒険者は俺達しかいない。

 皆を守るのが俺達の使命であり誇りなんだ。

 とかは、言わない。

 買ったばかりの鉄パイプ。

 すぐに試したいだけなんです。


 鼻唄混じりに、手近なゾンビをコツいてやろうと思った時、俺は重大な見落としに気がついて凍りついた。


《うあ……。やっちまった……》


《え? なになに? 一体どうしたの?》


《あのおっさん外だ》


《お、おっさん?》


《黒いフードの、課金アイテム売ってるNPC!》


《ええええ! そうなの! 助けなきゃ!》


 しまった。タクヤは会った事がなかったんだ。

 アストラ討伐に必要な、課金アイテムを取り扱う特殊なNPC。アイツが消えたら非常に不味いぞ。


 黒いフードのNPCは、酒場の裏手、狭い路地に隠れるようにいる。そのままゾンビからも見付からなければいいのだが、現場に急行すると、そんな願いが儚いものだったと思い知らされる。


《ぱ、パオーンじゃないか……》


 情けない声を出した俺を許して欲しい。

 思い出したくない記憶が鮮明に蘇ったのだ。


 ツギハギの身体に頭が象。

 金曜日の夜、現実世界で、竜二さんとマリアさんがぶっ倒してくれた巨大なゾンビ。そのゲームバージョンが道を塞ぐように立ちはだかっている。

 パソコンの画面を通しているので、さすがに逃げ出そうという気にはならないが、それでも喉が渇き、背中に嫌な汗をかいた。


《くそ! 勝てるのかこれ? まあいいわ、突っ込む!》


 行くんだ【素敵なコウタ】。街の平和を守るんだ!

 現実世界では到底出来ないような無謀な突撃を試みる。パオーンの股間辺りに鉄パイプがジャストミートしたのだが、すぐにでっかい斧が落ちてきて、俺のキャラは一撃でやられてしまった。


《うわ――! やっぱ駄目だ! タクヤ頼む!》


《えええ! 無理だよ! どうしたらいいの?》


 俺の殺られ具合を見ていたら、誰だって突撃しようなんて思わない。象に群がる蟻というやつか。やっぱりパオーン滅茶苦茶強い。普通に戦っても無理だぞ、これ。


《俺が戻るまで耐えてくれ!》


《そ、そんな……》


《無事か? フードのおっさん無事か?》


《え~と……。あ! 大丈夫。まだ生きてる!》


 どうやら間に合ったようだ。

 だけどもパオーンを何とかしないと、いずれ黒いフードのおっさんも他のNPCのように殺られてしまうだろう。

 復活リスタートの位置は近く、すぐに現場に復帰することが出来た。すると今度はタクヤのキャラ。【タクヤ0721】が目の前で潰された。


《ひえ~! 駄目だよ。歯が立たないよ!》


 ヘッドフォンの向こうから、タクヤがキーボードを激しく叩いている音がする。

 いくら巧みに操作しようと、レベル六では勝てない相手なのかも知れない。パオーンの存在感は圧倒的だった。破壊不能のオブジェクトのようだ。


《ええい! こうなりゃゾンビアタックだ!》


《ぞ、ゾンビアタック?》


 ―――説明しよう。ゾンビアタックとは?

 その名のごとく、ゾンビのように殺られては生き返り殺られては生き返りを繰り返し、少しずつダメージを与えながら、パオーンの股間が潰れて無くなる日が来るまで、延々と挑み続ける根気のいる作業である。


 まさかこんな所で、必殺のゾンビアタックを使う事になるとは。覚悟を決めろパオーン。一時間でも二時間でも、お前が泣いちゃうまで、延々とペチペチ続けてやるからな! 暇人を舐めるなよ!


《ゾンビにゾンビアタックてかー!》


 変なテンションでパオーンの股間に突っ込むと、ー100という表示がでた。流石は魔法の武器。見た目が鉄パイプでもちゃんと魔力が宿っているようだ。

 以前までの木の棒と比べるとダメージに十倍もの差が出ている。


《さっさと股間にグッバイしやがれ!》


 と言った瞬間に潰された。倒れた俺のキャラの上を【タクヤ0721】が乗り越えていく。

 これぞゾンビアタック!


《コウタの仇だ!》


 なんも意味が分かっていないタクヤも、とにかく突っ込んでいく。ゴンゴンと素早く脛の辺りを殴りつけて、ー200という表示を叩き出した。


《その調子だ! 待ってろすぐ戻る!》


 と言いながら復活リスタートする。

 そうして目を疑った。すぐには理解出来なかった。

【素敵なコウタ】の頭の上を見ると、レベルが五になっていた。おかしい。昨日二人揃って六にレベルアップしたはずだ。なのに下がっている。十時間もぶっ通しでプレイしたにも関わらずだ。


 考えられる事は一つ。

 デスペナだ。死亡すると経験値が下がるのだ。

 俺は今、何回死んだ?

 必死でかき集めた経験値をあっという間に失ってしまった。

 気を付けろ! と言いかけた目の前で、善戦を続けていたタクヤが吹き飛ばされた。

 遅かったようだ。起き上がってきた【タクヤ0721】もレベルダウンのデスペナルティーを喰らってしまっている。


《駄目だタクヤ! もう突っ込むな! 経験値が下がる!》


《ええええ! でもどうするの? あのおじさん殺られちゃうよ!》


《か~! どうすっかな~!》


 ゲームの中までは、天狼の二人も助けに来てくれない。必殺のゾンビアタックを封じられてしまったが、自分達でなんとかするしかないのだ。


 諦めるか?

 次の街に行けば、違うNPCが課金アイテムを売っているかもしれない。その確率は高いだろう。課金NPCが、この街にしか居ないのなら、他のプレイヤーが利用しにやって来ている筈だ。

 それに、ゲーム内のレベルは、そのまま現実世界での俺達の強さに直結する。次の金曜までに、可能な限り上げておきたいのだ。軽い気持ちで、下げてしまっていい数字ではない。


 小さな決断をして、その場を離れる事にする。

 レベルダウンは痛手だ。元に戻すために、また、何百匹ものゾンビを相手にしなくてはいけない。


《撤退だ。そいつは諦める》


《オッケィ。取り敢えず店の中に避難しない?》


《そうしよう。酒場だ。酒場に逃げ込もう……って、駄目だ無理だ》


 画面の端にチラチラ見えていた正体を確かめると、それはパオーンの長い鼻の先っちょだった。

 しかも別のパオーン。このパオーン弟が、俺達の退路を塞ぐように陣取っている。いつのまに近づいて来たのか分からなかったが、素晴らしい連携プレイだ。反吐へどが出るよ。


 このパオーン弟は、どこかに誘導しないとまずい。俺達の復活地点に非常に近いからだ。このままだと復活リスタートした瞬間に襲われて、リスキル(復活した瞬間に殺される)を起こしてしまう。そのループに入ってしまえば経験値は下がり放題だ。

 だけども、どこにも行けない。狭い通路の前後を挟み撃ちにされていて、二体のパオーンは徐々に距離を詰めてくる。


 咄嗟に俺は、パソコンの電源を長押ししてみる。

 システム上、戦闘中はログアウトは出来ないが、電源を落としてしまえば、強制的にログアウトするはずだ。

 こんな無茶なやり方は、パソコンが不調になる原因となってしまうが、レベルダウンよりマシだ。

 壊れたら壊れたで金貨を交換した一千万円で、新しいのを買ってしまおう。

 しかし落ちない。いくらスイッチを長押ししても、電源は落ちなかった。

 じゃあ今度はケーブルだ、とばかりにおもいっきり引っ張る。体重をかけてグイグイやろうが、壁から引き抜く事は出来なかった。コンクリートで固定された鎖の端を掴まされている気分だ。


《さ、さすがですな。ゾンビーゾンビー》


《コウタ! 近づいてくるよ!》


《くそ~。あともう一回だけ死んで、リスタートして逃げるか?》


 殺られるならなるべく惹き付けてからだ。

 少しでも復活地点から遠ざけて、生き返った瞬間に襲われるのを回避しなくてはいけない。

 パソコン画面を食い入るように見詰めて、距離を測る。目一杯惹き付けても、充分な距離は難しそうだ。殺られるのを待って、一か八かで逃げるしかない。

 捕まればレベルダウンのお祭りが延々と始まって、今までやってきた事が、全部無駄になってしまう。


 遠くで雷鳴が聞こえた。

 それも連続で。画面が白く明滅を繰り返し、微かだが地面が震えた。


《次から次へと。もう! 今度は何なんだ!》


 まばたきするのも我慢して、必死で距離を測っているのだ。チカチカチカチカ目が痛いわ!


 音が近づいてくる。

 すぐ近くに落雷があったと感じたとき、閃光の中から白い影が降ってきた。

 稲妻と共に落ちてきたそれは、俺達の前に立つと、白銀に光輝く武器を振り上げて、パオーン弟に突撃していった。


 一瞬の出来事だった。

 白い影が武器を振るうと、それに呼応するかのように空から雷が落ちてきた。雷はパオーン弟の身体を真っ二つに分断したあと、巨大な身体を原型が無くなるまで破壊していく。


 勘違いしてしまいそうだ。その後ろ姿に。

 いざという時しか現れない、その勿体もったいぶった演出に。

 救世主が助けに来てくれたのだと、俺達は信じてしまいそうだ。

 でも違った。まったく同じ姿をしているが、別のプレイヤーだ。


《え? 救世主さんじゃないの?》


 俺もタクヤと同意見だ。

 だけど違う。救世主ではない。


《頭の上の表示を見てみ。別人だわ》


 ゾンビーゾンビーのプレイヤーには、頭の上にレベルとキャラの名前が表示される。それでNPCと見分けるわけだが、救世主と同じ姿をした、このプレイヤーは……。


 レベル3

 一弦いちげんコハル

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