第二章 星の名を持つ吸血鬼

不毛な戦い

《タクヤくん。そこに座りなさい》


《はい。もう座ってます》


 日曜日の午前十一時。

 なにやら不穏な空気が立ち込めている。


《休憩は十分だと言いましたよね?》


《はい。そのように聞きました》


 ネット経由で会話をしているので、表情は確認出来ないが、タクヤはきっと渋い顔をしているのだろう。

 昨日から今日にかけて、ずっと我慢していた事を、ぶちまけるつもりでいる。その雰囲気が、伝わっているのだ。


《はじめは五分でした。その次は十分。タクヤくん。僕の家の時計が壊れているかもしれないから、ちょっと君の家の時計を確認して、今が何時か教えて貰えるかな?》


《じゅ、十一時でございます……》


《ですよね? ですよねぇぇぇえ?》


 言い逃れが出来ないように、自分が正しいと相手に認めさせる。さて、ここからが本番だ。

 タクヤはもう、俺という蜘蛛が張り巡らした糸に捕らわれているのだ。

 僕は君を逃がさない。

 ほけ~としながら待っていた無駄な時間を、返してもらおうじゃないか。


《あれあれあれ~。もう緩んでる? もう緩んじゃってるのかな~? 大の大人が、一日何も無かったからって、もう気を抜いちゃってるのかな~?》


《い、いえ……。そんなことは……》


《だったらどうしてだろうねぇ~? 五分、十分、三十分。段々段々、休憩が長くなってるけど?》


《た、大変申し訳ありません……》


《別に僕はね。謝って欲しくて言ってる訳じゃないんだ。分かってる? ちゃんとして欲しいだけ。そこは誤解しないでね》


 ネチネチネチネチと、無抵抗の者を苛める。

 ノッてきた。いい具合に波にのってきたぞ。

 俺の鼻息が荒くなる。伴って心臓の鼓動も速くなっていた。

 もう少しだ。彼を屈服させ俺の奴隷と化すまで、もう少しだ。お仕置きしてやる。たっぷりお仕置きしてやるぞぉ。


《一体休憩時間に、何をしているの? 飲み物とトイレに行くぐらいなら、充分時間は足りるよね?》


《は、はい……》


《僕は心配なんだ。あなたが現場復帰したんじゃないかって》


《現場復帰ですか?》


《そう。現場復帰。ちょこちょこちょこちょこ席を外すけど、まさか、この緊迫した状況でエッチな動画とか、スマホで観てたりしないよね?》


 一時はアソコの元気が無くなって、落ち込んでいたタクヤだが、もう全快しているはずである。

 最近やたら休憩が長いのは、タクヤがオナニストの本分を思い出し、汗水垂らしてノルマをこなしているからだと推測する。


《…………》


《え? 観てるの?》


《……………》


《うそ? まじで観てるの?》


《……………!!》


《タクヤくん。一昨日おとといえらい目にあったばかりなのに、よくそんな気になれるね。あなた死んじゃうの? エッチな動画観ないと死んじゃうの?》


《…………》


《違うよね~タクヤくん。本当に死んじゃうのはゾンビーゾンビーの方だよね~。だったら一分一秒でも惜しんでレベルアップしなきゃ。そうでしょ? タクヤくん》


《う、うう……。そんなに怒らなくてもいいじゃないか……》


《僕は怒ってなんかいないよ。ただちょっと信じられないというか、あり得ないというか……。だってほら、体力使うんでしょ? それって》


《ご、ごめんなさい……。ぐすっ……》


 あれ?

 タクヤ泣いてないか?

 ちょっと言い過ぎたかな。

 あまり追い詰めると、逆ギレしたタクヤは怖いんだよな~。


《ま、まあ、君が反省して真剣に取り組んでくれるならいいよ。僕も憎くて言ってる訳じゃない。ただちょっと今は控えようよ。君がスッキリして帰ってくるまで、待ってる僕の身にもなってよ》


《…………》


《あの……わかってくれた?》


《………ボケ》


《え?》


《コウタのボケぇぇぇぇぇえ!!》


 しまった。

 一手多かった。手前だ。手前で止めとくべきだった。

 こうなりゃ全力で行くしかない。

 先に力尽きた方が負けだ。


《ボケって言うなぁぁぁぁぁぁあ!》


《ボケはボケでしょぉぉぉぉぉお!》


 不毛な戦いは続く。

 一体どっちが本物のボケなのか。

 きっと神様も答えを知らないはずだ。

 だって神様は、こんなしょうもない事に首を突っ込まない。


《昼飯にするか》


 散々罵りあったあと、一時休戦の提案をする。

 不毛な戦いは腹が減る。失うことだらけだ。


《そうだね。なんだかお腹すいた》


《じゃあ一時で》


《うん。一時で》

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